九.ヴァーラ
「あ、リオナ。おかえりー」
「た、ただいま……?」
カレーらしきスパイシーな香りに包まれながらあまりに普通に出迎えられて、つい普通に返事をしてしまった。
魔女といえば気難しい皺の老婆か、気まぐれな妖艶な美女というイメージで、もし機嫌を損ねてカエルにされたらどうしようかと道中気が気ではなかったのだが、どこにでも居る主婦といった感じの、わたしと同じくらいふっくらした中年女性が現れた。
薄ピンクの小花柄エプロンをつけ、カレールー(?)の付着したお玉を持って出てきたので拍子抜けも良いところだ。
(たしかに、夕食の準備をする時間帯だけど……これが強大な魔女??)
人違いかとも思い、隣に立つファレスを見上げたが「こちらがヴァーラ殿です」と言うので間違いないようだ。
ちなみに、今更だがこの世界とあちらでは服装にそう大差がない。色遣いや形状がややシンプルで素材が木綿や絹などでの天然素材で化繊ではなさそうだというくらい。
王子たちも「どこかの大会社の社長さんの休日」といった雰囲気でファンタジー要素は特になかった。
ヴァーラは片手をエプロンの端で拭いながら、その鼻をわたしの鼻と触れ合うかという程に近寄ると少し難しい顔をした。
「あー、まだダメみたいだねぇ。一緒に晩ご飯でも食べようかと思ってたけど、とりあえず今日は帰りな。かーちゃんが心配してる。また迎えに行かせるから」
「え? ……ってえええええ!?」
あっという間に日本の自分の部屋。
「な、なんだったんだ?」
呆然とするわたしの独り言に、間髪を入れず部屋と廊下を仕切る薄い扉の外から気遣わしげな声が応える。
「里緒、いるの? どうかした?」
「……え、あ、なんでもない」
『かーちゃんが心配してる』か。なるほど。さすが強大な魔女さまだ。
「そう? もうすぐご飯だからね」
どうやら我が家の献立もカレーらしい。あちらとこちらの時間差はないようだ。
そして何事もなく一週間が経過した。
アルディアでの一件は妄想トリップ若しくは白昼夢だったのかもしれない。
現実だろうと妄想だろうとどちらでも構わないのだが、今後何かのネタになるかもしれないのであの貴重な体験(妄想)をノートにまとめて思考する日々を送っている。
(余談だが、ネットでの収入は継続して入るようにしている。僅かの稼ぎだが、できるだけ親のお荷物にはなりたくない。)
一.わたしは前世でヴァーラの妹「リオナ」だった?
これは確かめる手段が分からないので保留。
二.ヴァーラの要求は行方不明だったわたしを見つけだし、いずれかの王子と結婚させること。
見つけだすのはともかく結婚させる理由は? よくあるパターンは妹が玉の輿になれば姉にも財産や地位が手に入るなどか。
三.わたしは何かが『まだダメ』らしい。
そもそも当初は「行方不明の妹」だったはずだが、おそらくヴァーラはわたしの所在を知っていたのではないだろうか。「かーちゃんが心配してる」とか「まだダメ」とか、以前からのわたしの生活や家族構成等を知っていたように思える。
四.ヴァーラは何かを企んでいるが、攻撃的ではないようだ。
友達のおばさんみたいに「ご飯食べていきな」的なヒトが国を滅ぼすとか気に入らない奴をカエルにするとか、そういった攻撃はしないだろうと思う。あくまで第一印象のみでの判断だが。
今でこそラノベ専門のわたしだが、小学校にあがった辺りからは推理小説を好んで読んでいた。習っていない漢字も特に意識せず読めた。今思えば、周りの子が大きな字でイラストばかりの年相応の本を読んでいる中で異質だったのだろうが、ともかくこういった推理をするのは意外と楽しいものだ(アルディアの事情を考えれば楽しんでいる場合ではないのだろうが)。
けれどいくら考えても確実なことなど何もない気がする。あるとすれば王子三人が皆違ったタイプのイケメンだった、ということ位だろうか。
あの王子たち、見てるだけなら眼福だが実際に触れ合いたいとは全く思えないのが悲しい。このまま結婚できずに一人寂しい人生を送るのが目に見えているのに、目の前にぶら下がった金持ちのイケメンを見逃すとは、我ながらもったいないことだ―――乙女ゲームなら即攻略対象なのに。




