三語のおもちゃばこ1
一時、某サイトの三語即興文にはまっていた。
ぱっと思いついた東寺の私が懐かしい。今ではさっぱり、何がなにやら。またそのうち挑戦してみたいものだと思いました。
【テンプル】【ディンプル】【トムヤンクン】で、課題「作中で魔法を使って下さい
アパレル関係の仕事といえば聞こえはいいが、ファッション通販の会社から受注を受けて、このプラチナムセンターで検品作業をするのが、主な仕事だ。今日も百五十着のワンピースのうち、三五着もの欠陥商品が混じっている。
同じ型紙、同じ生地で違うものが出来上がってくるのか、理解に苦しむがそんなことで腹を立てていてはタイでは暮らせない。
川の方から涼しい風が吹き込んできた。夕方のタイの風は甘くて、辛くて心地いい。この風と一緒にいつもタカシは現れる。
「飲みに行こうぜ」
わたしは、服の山から顔をだして頷く。決まってタカシは小さな寺院脇にある屋台「テンプル」にわたしを連れて行く。店名はタカシが勝手に決めたもので、「テンプルの脇にあるから、テンプル」ということらしい。実際には簡易テーブルとイスがいくつか並ぶ名も無い屋台だ。
「俺は、何でブローカーなんだ・・・」
メコンウイスキーを飲みすぎると涙ぐみながら、毎回同じ話。
「写真を撮りたいんだよぉ」
写真家を目指して日本を出たタカシは、サッカーのユニフォームを日本へ販売する仕事をしている。ヨーロッパなどのクラブがチャリティの一環としてアジア諸国に送ったユニフォームを、日本のコレクターに流すのだ。先日もラオスから大量に選手のサイン入りのユニフォームを持って帰ってきた。そんな自分が本当に情けなくなるという。そして実入りが増えるほどにカメラから遠ざかってゆく。
「困っている奴には~、服より飯だろ? だから俺みたいな駄目人間が取り入っちゃうんだよ!」
怒り口調になると、相当酔いが回った合図だ。そろそろ帰ろう。
「元気になる魔法をかけましょう。立って、ほら」
立ち上がるために、ヨッコラショという掛け声と一緒にテーブルに手を置くと、トムヤンクンがこぼれた。あれ、海老なんて入っていたかしらん。と酔った頭で考える。
「いくよ~、クルンテープ~ディンプル~トムヤンクン!」
「なんだそれ、なんとか~ディンプル~って、・・・ディンプルって何だよ」
「最近お目にかかりませんが、タカシの顔には笑うとえくぼができるでしょ? えくぼってこと」
小さくばかばかしいと吐き捨てたタカシの横顔に可愛いえくぼが見えた。
「おれ、写真撮るよ。マジだよ。成功したら結婚しよう」
わたしは、小さく「はいはい」と返事をする。幾度と無く聞いた言葉。酒の匂いに混じって私の耳元をクスグル結婚の二文字。
こんな酒飲みを、夢追い人を待っている自分をバカだと思う。
でもいつまでもそんなバカでいられるように自分で自分に呪文をかける。
「クルンテープ、ディンプル・・・」
「自作自演」「婚活」「白桃」、課題はなし
白桃が六つ送られてきた。添えられた手紙には、達筆だと勘違いしている読みにくい崩し字で命令が書かれている。
一つ、結婚してくれない男とは別れなさい。
二つ、婚活しなさい。
以上、両親より
母より、ではなく両親が同じ意見です、ということで大きなプレッシャーを与えようとしているのが見え見えで思わず噴き出す。
先日、マンションの契約更新のために父の実印をもらう為に実家に戻った。父は黙って捺印すると他愛のない世間話をした。しかし母は、麦茶を出しては小言。コーヒーを淹れては見合いの話。ついに、定年した親に保証人を求めるような自立できない生活をしているなら、帰ってきなさいというキツイ一言が飛び出した。そして私は自作自演したのだった。
「三年付き合っている男性がいる」と。
具体的に彼は私より三つ年上で四〇歳になるだとか、彼がいかに優しく頼れる人か、私がどれだけ彼に愛情を持っているか、面白いくらいに嘘が滑らかに母の耳へと届けられた。
それなのに、その架空の男性は娘の恋人というよりは、「結婚してくれない男」という立場で母の脳内に住むことになったようだ。いや、それよりも嘘を見抜かれていたのかもしれない。その苦しい嘘を見抜いた母は、お見合いよりもせめてソフトな物言いをしようと、婚活などという言葉をどこからか探してきたのではないだろうか。
ガラスの器に移された白桃は甘くいい香りを部屋中に漂わせている。
一つ取り上げて指で強くつついてみる。あっという間に茶色に変色してしまった。本当にナイーブな果物だ。わたしは全体が茶色になるまで人差し指で皮を押して押して…。手が密でべたべたになっても、構わず押し続ける。ぐずぐずになった桃の上を溢れ出した涙が伝い落ちて、床の上に甘しょっぱい水たまりができる。
男性との性行為に興味がないことを自覚したのは、大学進学のために親元を離れてすぐのことだった。男性特有のゴツゴツした腕も、足も、小さなお尻も、すべてが私の求めているものではないと気付いてしまった。彼に対し愛情に近い感情を持ってはいたけれど、体は拒絶するばかりだった。
水溜りに最初で最後の彼氏の顔が映る。その上に涙で小さな波紋が広がり歪んで消えた。
同居人が長い髪を揺らしながら帰ってきた。床の水溜まりと、テーブルの上に置かれた手紙に交互に目をやると、何も言わずに白桃を剥いて一口サイズに切り分け、私の口元へと運ぶ。口の中に広がる柔らかい甘さと、みずみずしさが私を攻め立てる。
それでも、彼女の手入れの行き届いた綺麗な指が、私の唇に触れるたびに体感する体中を駆け巡る緩い電流の心地よさに、酔いしれるのだ。
「嘘発見器」「ウォッチング」「啖呵」
架空の有名人を主人公にしてください。
「大王スベテシリオ」
放送作家の台本に書かれた通りに番組を進行すればいい。
所詮有名人だなんていっても、ブームつくりに利用される捨て駒なのだ。そう言い聞かせながらこなしてきたこの仕事も、小学生からの絶大なる信頼と憧れの集中砲火を浴びていると、いっその事、本物の炎で焼き殺してくれと、叫びだしたくなってしまう。
「はい、スベテシリオさん、スタジオ入りします!」
拍手でスタジオに迎え入れられた俺は、今日の流れの説明を受ける。
「まず、いつものように啖呵から子供を引き付けてください。何を言っているのかわからないようなものが、ベターです。その後、番組タイトル「丸ごと~ウオッチング!」のウォッチングの部分だけご唱和いただきます。そして、メインなのですが、最近、クイズ大王スベテさんがやらせではないか、と週刊誌が騒ぎはじめていますよね」
俺もそれは知っていた。スベテシリオはクイズの答えをすべて事前に知らされているという事実を、誰かが突き止めてくれれば、一切を失うが、すべてから解放されるという嘘からの脱却を真剣に願っているからだ。
「そこでですね、嘘発見器を用意しました。すべての質問に大王は「知ってる」と答えてください。心配は無用ですよ。針は遠隔操作で動きます。大王は何でも知っていると、堂々と全国民の前で、証明できますからね」
ニヤニヤしながら続ける。
「もう少し、大王のグッズが売れてくれないと、今消えちゃうとさ、ねっ?」
と耳打ちして、去って行った。
「はい、本番スタート!」
小学生が50人詰めかけたスタジオで、俺は自棄気味に
「テキ屋殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい 」
と早口でまくし立てながら、登場した。
何を言っているのか理解できない小学生たちは、
「なんか、わかんないけど、物知りだなぁ」
と囁きあっている。
嘘発見器に座り、質問が始まる
「ひらがなで表記する市が4つある県は?」
間髪をいれずに大王である俺は答える。
「それ、知ってる」
「火星の衛星はフェボスとなに?」
「それも、知ってる」
オオオッとどよめきが起こる。司会者は叫ぶ。
「やはり大王は本当に何でも知っているのですね。針が、それを証明しています!」
悪夢のような収録が終わった。有名になりたいと、のし上がってきたが、こんなに苦しむのなら田舎に帰り畑でも耕していたい。
ひらがな表記の市が4つある県は、本当に知っている。
その答え、茨木県は俺の生まれ育った土地だからだ。