表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆめうつつ

作者: 榎茸

「アナタ、ちょっと聞いてよ。今日の夢は面白かったんだからぁ」

 長年連れ添ってきた妻の口から言葉が溢れる。

 心底楽しそうに今朝までに見た夢の話をする彼女を見るだけで、今日の朝は何かが違う気がしてくるのだから、僕という存在は思っているよりも単純なものなのだろう。

「ちょっと、聞いてるの?」

「あぁ、聞いているともさ。で、どんな夢だったんだい?」

 面白ければ次の作品の題材にさせてもらってもいいかな? と一言付け加えて彼女の言葉の先を促す。

「えぇと、ね。夢の中ではアナタが外の会社で働いてて、私が作家業をしてたのよ」

「ふぅん、つまりこの現実とは真逆ってことだね」

 そう言えば、最近の彼女は仕事詰めで疲れていたようだから、夢の中ででも休みたかったのかもしれない、と思う僕を他所に話は続く。

「そうなのよ。それでお話はここからなのよ。夢の私は実は吸血鬼でね、それをどうしてかアナタに当てられちゃって、焦った私はあなたの血を吸っちゃうの」

「……へぇ、僕はどうやって君が吸血鬼だって言い当てたんだい?」

 震えそうになる手を押さえて問いかける。

 背中に、嫌な汗が走る。

「それが……わからないのよ。もう忘れちゃったわ」

「……そうかい」

 喉が渇いたわ、なんて言う彼女が立つよりも先に、僕はキッチンへ足を運ぶ。

「喋っていたし、君は休んでなよ。コーヒーはミルクだけだったよね?」

「あら、アナタが私の為に淹れてくれるなんて今日は雨でも降るのかしら」

「茶化すなよ」

 僕は今、しっかりと笑えているのだろうか。

「……君は、どうやって僕の血を吸ったんだろうね」

「なぁに? どうかしたの?」

 目の前の黒と白が渦を巻く様を見て口の端から零れた言葉は、上手いことに彼女の耳には入らなかったようで、

「いいや、なんでもないよ」

「? 変な人」

 手にそれぞれカップを持つ。自分の分と彼女の分。

 片手の白く濁った方を彼女の手前に差し出して置く。

「ん、良い香り。いつもこうやって淹れてくれればいいのに」

「こういうことはたまにするからこそ価値が出るんだよ」

 口元へカップを寄せ、香りを楽しむ彼女を見やる。

 そして、一口。

 それからはお互いに言葉もなく、ただカップを傾ける。


 彼女のコーヒーが半分ほどまで量を減らしたころに、急に彼女が声を上げた。

「そうだ、思い出したわ!」

「思い出したって……何をだい?」

「アナタが私を吸血鬼って当てた理由よ!」

 カップを、音を立ててテーブルに置いて得意げに彼女は唇を走らせる。

「確か、そう! こんな感じの朝で、朝ごはんの時に急に『君は吸血鬼だったりしないかい?』って聞かれたのよ」

「……へぇ」

「それでね、吸血鬼ってことがばらされたら困るから私はあなたを眠らせて血を吸っちゃうの。そうすればアナタも吸血鬼だから他の人に言いふらしたりしないわ、って」

「……なんとまぁ、どうやら僕は信用がないみたいだね」

 カップを身体越しに傾け、黒い液体を流し込む。

 そんな僕を見てからからと笑う彼女は相変わらず嬉しそうだ。

「そんなこと言わないで。夢の中のお話なんだから」

 でも、と一つ置いて

「アナタ、ホントは吸血鬼だったりしない?」

 猫のような笑みを浮かべ問うてくる彼女は言いきる前にテーブルへとくずおれた。

 先ほどまで忙しなく動いていた唇からは静かな寝息が洩れている。



「危ないなぁ、まったく」

 僕は、こんなことでばれるとは思っていなかった。

 人としての生活に紛れ込むのは慣れたものだったし、ボロを出したことなんか今まで一度も無いと胸を張って言える。

「まさか夢なんてもので知られるなんて」

 予想外にも程がある。想定外なんてものじゃぁない。思考の外ですら持ちだしたことは無かった。

 呆けていても仕方がないため、活を入れて身体を動かす。

 彼女を寝室へ移動させるために抱え上げる。

 僕の目の前に映るのは白く透き通った女の首筋。

「ばらされちゃ、困るんだよね」

 寝かせた彼女に馬乗りになり、首筋に牙を突き立てて――




 目が覚めた。

 何やら、碌でもない夢を見た気がする。

「やぁ、おはよう」

「あら、おはようございますアナタ」

 コーヒーを挽く香ばしい香りと、焼けた食パンの匂いが僕の頭に覚醒を促せる。

 見たところ会社への出勤にはまだ時間いっぱいに余裕があるみたいで。

 どうやら早く起きすぎてしまったようだ。

「今日はいつもよりも早いのね」

 クスクス笑いながら彼女は僕を見る。

「そんなときだってあるよ」

 テーブルの自分の席について、ふと思い出した。

「そういえばさ、今日は面白い夢を見たんだよ。ちょっと聞いてくれないかな」

「あら、アナタが見た夢の話? 面白かったら次回作の参考にしてもいいかしら?」

「あぁ、構わないよ。話を戻すけど、夢の中では僕が作家、君が会社勤めでね……」



あらすじの通り、一年前の部誌に出した作品です

「これってどうなんだろう?」と今更ながらに評価が気になって投稿した次第でござい

ご意見、ご感想共に募集中です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ