初対面
4月。
今日に相応しい8分咲きの桜が、祝福するように風に揺れている。
「あった。……4組か」
4枚目の名簿表で上から6番目に自分の名前を見つけた。つまり、4組ということだ。
「では、教室で待機していてくださいね。
時間になったら担任の先生がいらっしゃいますから」
校門から少し歩いた所にある受付の生徒(生徒会とかだろうたぶん)に言われ、茶色の階段を登る。
この学校は2階に下駄箱がある。
4組の下駄箱集団から“6”と書かれた場所を見つけ、新しいリュックから出したスリッパに履き換えた。この学年は赤茶色だ。
これから3年間履くであろうスリッパの履き心地を確かめながら、階上へと歩く。
1年生は最上階である4階に教室が集まっていて、2年生は3階、3年生は2階と徐々に降りる仕組みだ。
ひんやりした空気が漂う階段を登りきると、左右には富士山が見えるという屋上が広がっている。
出入りは自由なので、ぜひ行きたい。
教室は西に4つ、中央に教科室と多目的室を挟み、東に4つある。
要するに1学年に8クラス。
最上階から見える遠くの景色を眺めながら教科室で左へ折れると、すぐに自分の教室があった。
少し緊張しながらドアを左へスライドさせて中に入るが、集合時間に大分早いためか誰もいなかった。
取りあえず安堵し、黒板に目を向けると
『ようこそ北山野高校へ。入学おめでとうございます!』
と白いチョークで書かれたものと、席順が印刷された紙が貼ってあった。
「んー……。1番右の1番後ろだ」
“お”の名前にしては珍しい場所だなあと思いつつ席につく。前を向いてもほぼ教室全体を見渡せるので、最後列は嫌いではない。
ただ、プリント回収は面倒極まりない。特に入学直後は回収物が多いし。
さてこれから何をして担任が来るまでの約40分間過ごそうかと考えていると、教室前方のドアがゆっくり開いた。その隙間から、大人しそうな男子の顔が出てきた。明らかに新入生である。
目が合うと、彼は人がいたことにびっくりしたようで
「あっ、どうも……えっと、おはようございます」
何故か敬語だった。
「お、おはよう……」
変わったやつだ。同年齢なのに敬語なんて。
その男子が教室へ入り暫く黒板をじっと見たあと、くるっと体をこちらに向けた。
「お、大森くんですか?」
少しぎこちない笑顔でそう聞いてきた。
「あ、うん。」
「ぼく、長田誠です。1年間、よろしくお願いします。」
「こちらこそ……」
長田と名乗った彼は、挨拶が出来たことに安心したような顔で自分の席へ歩きはじめ、ちょうど剣人の3つ隣の席に座った。
そのまま椅子を引く音と机に荷物を置く音が続き、静かになった。
カチ、カチ、カチ、カチ、
今までこんなに秒針がうるさく感じたことはないだろう。
初対面なうえ、相手がものすごく緊張しているのがよく分かる。
いつまでこの沈黙……なんだかこの状況に笑いそうになって、必死に我慢する。
「あのっ」
と、彼が話しかけてきた。笑っちゃいけないゲーム終了。
「ふっ、ふふふ……あははは!」
いきなり笑い出した剣人に慌てて、その顔がおもしろくて余計に笑ってしまう。
どんな人がいるのか、登校初日だから自覚はなくても緊張していたのかもしれない。その糸が切れたようだった。
「ごめん、沈黙が長くて笑うの我慢してた」
素直にそう謝ると、一瞬ぽかんとして、でもすぐニッコリ笑って
「なんだ、ぼく変なことやらかしたのかと思った!」
それから少し話をした。
中学はどこだとか、兄弟はいるかとか、初めて会う人に聞く典型的なものだけれど、距離が縮まったような気がした。
「大森くんとはうまく付き合っていけそうだなあ」
「おれもそう思うよ。」
「……あのさ」
笑顔から一転真剣な顔になったので、何だと思ったら
「け、剣人って呼んでいいかな?」
「……は?」
え、そんな真面目な顔して言う事か?
「え、え、だだダメだった? ごめんなさい!」
即座に否定するのが面白くて、また笑い出してしまった。
「よろしく、誠」
誠の顔がパッと輝いた瞬間だった。