勝利のVサインです
「じゃあ、ナデシコ。僕はそろそろ行くよ」
「はい、義兄さん。……次はいつ来てくれる?」
「うーん……」
少年は天井を見上げて少し考える。
「近いうちにね」
「義兄さん、すぐそうやってはぐらかす……」
「本当に近いうちに来るさ。今度はユウラとゴウも一緒にさ」
やや強引だったが、なんとか納得させて少年は、白いその部屋を後にする。
何人かの人を避けるようにして、外に出ると暑いぐらいの日差しが少年を照らしつけた。
「よぉ、タケル! 用事は終わったか?」
タケルと呼ばれる少年が白い建物から出てくると、口調の悪い声で一人の少女が呼びかける。
「ユウラ……ちょっとは静かにしなよ。ここ、病院だよ?」
「あ、悪い悪い。オレも気をつけようとは思ってんだけどさぁ!」
悪気はないのだろうが、ユウラという少女の声は全く変わらずである。ショートカットをスポーティになびかせ、左の頬には絆創膏が貼ってある。体格は小柄な方だが、パワフルな印象を与える少女である。
「ゴウは?」
「ゴウ? 小便じゃねぇか?」
「ユウラ……仮にも女の子なんだから、公の場で大きな声で小便なんて言うなよ」
「ったく、タケルはいちいち細かいんだよ。言いやすいんだから良いじゃねぇか」
全く悪びれもせずに話すユウラに、苦笑いで返すタケル。
「それに名前が泣くぜ、大和タケルって名前がよ」
「あははは……返す言葉もない」
「それぐらいにしておいてやれよ、ユウラ」
遠くの方から、声が聞こえる。とても渋い、貫禄のある声だ。
「おう、ゴウ! 長かったな、大きい方か!?」
「あぁ、ちょっとギュルっときてな……スッキリしてきたところだ」
渋く硬派なイメージがあるが、ユウラの下品な会話にもついていけるゴウ。タケルと比べても体格は至って良く、スポーツマンといった言葉が最も似合う男である。髪の毛も短髪であり、清潔感がある。そして白いシャツが似合う。
「それより……タケルの用事は済んだのか?」
「うん。それでユウラとゴウに一つ頼みがあるんだ」
ユウラとゴウは顔を見合わせ、タケルの言葉を待つ。何よりもタケル自らが二人に頼み事するというのがめずらしいのだ。
――そしてタケルはナデシコの病室で起きた事を二人に話した。
「……なるほどな。ナデシコちゃんに手術を受けさせる勇気をあげる為に、リトルウォーズに参加、そして優勝、か」
「お前は馬鹿か! 去年オレ達が参加した時の成績を忘れたわけじゃないんだろ!?」
「予選……一回戦、敗退……」
「そうだろ、予選一回戦敗退だぜ? それがいきなり優勝って無理に決まってるだろ!」
ユウラに攻められるように言われて、初めてリトルウォーズ優勝というものの重さを実感してくるタケル。
「…………でも、でもさ」
「バカッ! そんな顔すんなって、何も協力しないって言ってるんじゃねぇんだ。そうだろ、ゴウ?」
「あぁ、タケル。俺達はいつも一緒にやってきただろ?」
「……ユウラ、ゴウ」
暗く沈んでいた、タケルの表情が明るくなる。
「だがタケル。優勝の二文字は俺達三人が力を合わせても、全く手が届かない位置にある事も覚悟しておいてくれ。特に去年に引き続き優勝候補といわれている西の大将、絶対王者や現代の怪物の名をほしいままにしている、T,O,テイカーの松原要がいる」
「あっちゃぁ、松原か。ありゃアイツを倒すのはしんどいぞ……それにトーキョーモンの天才とか言ってる三崎清純もいるじゃねぇか!」
二人の優勝候補の存在に、再びタケルの表情が沈んでいく。
「やっぱし、無理かな……?」
「フッ……、無理かもしれないが、挑戦する事に意味があるんじゃないか? ナデシコちゃんも勢いで優勝と言ってしまったんだろう。お前のがんばりを見れば、きっと手術を受けてくれるさ」
「ゴウ……ありがとう」
ゴウの言葉にタケルはうっすらと涙を浮かべる。ゴウはいつもクールに物事を見ている。
「どうでも良いけど、チーム名はどうすんだよ?」
質問をしたのはユウラ。ユウラの質問は最もな話である。チーム名は一種の顔であり、チームの士気を高める上で重要といっても良いのではないだろうか。
「チーム名は前回と同じで良いんじゃないかな?」
「同じかよ!? でも、ま、オレは好きなチーム名だから構わねぇけどさ!」
「俺も構わない。何よりもそういう事を決めるのは苦手な性分だしな」
「よし、決まりだね!」
タケルは二人に向かってVサインを作る。
「チーム名は……勝利のVサイン(ピース)!」
――七月十二日。チーム名ピースとして活動を再開する。前大会では一回戦敗退のチームが、はたして優勝はできるのだろうか。
リトルウォーズ開幕まで、あと五日。