9 メルト・ロジック&シーララ・アンドルド VS 『不死戒将』ブラッデッド・コスモ
朝。今日は曇天。気分はやや下降気味だが、よく考えれば好都合だ。決戦場所は森林。薄暗ければ薄暗いほど、奇襲効果が増す。
シーララさんも、今日はいつになく早起きだ。最大限のパフォーマンスを発揮できる、イイ感じの緊張だ。最適解、打てる手はすべて打った。
この一戦、この一戦だ。俺が間違えなければ、ここで俺の真価が問われる。
シーララさんと無言のアイコンタクトを交わし、それぞれ所定の位置につく。互いが互いを視認できなくなるが、行動は前もって示し合わせてある。
《無底の革袋》から、《前借の鴻鵠》を取り出す。透き通るような蒼色のそれを、地面に叩きつける。そこから出てくるミストを吸気によって体内に取り込む。
すると、力がみなぎってきた。五感がより研ぎ澄まされ、視界が曇天、薄暗い中でも明瞭になる。
即効性のエナジードリンクに近いかもしれない。それも超がつくほど高性能の。
回復系の魔道具も、お互い半々にわけて《無底の革袋》に入れてある。
準備は整った。さぁ来い、『不死戒将』ブラッデッド・コスモ。
森の様子に変化が起きたのは、雲に隠れた太陽が真上に来たときだった。ガサッ、ガサッと木々が揺れ、気配が訪れる。相手は焦る様子はない。よし、まずはバレて無さそうだ。
今は少し離れたところにいるシーララさんが、気力測定魔法で相手の気力を測る。その気力がブラッデッド・コスモのそれだったら、シーララさんが火魔法で空に狼煙を上げる。
それが開戦の合図。
ガサッ、ガサッと木の葉が擦れる音が近づいてくる。草木の間から姿を見せたそれは、今まであったどんな魔物よりも威圧感があった。
第一印象は、ダンプカーと恐竜のハイブリッドみたいなヤツだった。
身長はバカでかい。そしていかつい。俺の身長が178cmだから、やつの身長は200cm以上だろう。しかしひょろっとしてるわけではなく、その身長に見合った体格をしている。全身黒装束に身を固めており、背中には大剣を背負っている。アレを大剣という言葉で済ませていいものか。例えるならそう、ベル〇ルクに出てくる、ガ〇ツの大剣。たしかあれの全長が190cmだっけか、まさにそれを思わせた。
ヒュ~~...と軽い音が響く。ブラッデッド・コスモが音のした方に目を向ける。一時的に、こちらへの注意が逸れる。
今だ!
俺はバッと草むらから飛び出て、コスモの死角から《不死の刀》での急襲を図った。
ガキィン!鈍い音を立てて、剣がへし折れた。...肌に当たっただけなのに。
ブラッデッド・コスモが、無表情でぐるりと俺を見下ろす。
...ははっ。第一フェーズ、失敗だってばよ。
俺は素早く飛びさがる。
ブラッデッド・コスモの低くも威圧的な声が、薄暗い森に響く。
「成程...貴様、ゾルダートの手駒か...未来視で...俺の行動も読まれていた、か...」
俺は動かなった。否、動けなかった。今起こる現象に、戸惑いが隠せなかった。
確率が視えない。
「ならば...致し方あるまい...かような若年者...いたぶるのは気が引けるが...」
背負っていた大剣を、その両の腕で構える。
大剣だけで、俺の身長を軽く越す。
「覚えておくがよい。我が名は《帝戒位》が一角、序列六位にして《不死戒将》の称号を冠する者。
ブラッデッド・コスモなり。」
周りの空気がビリビリと震える。まるで空気さえもが逃げ場を探しているかのように。
「死して知れ、無知の蛮勇、強者にとってはその勇気など、蟻一匹にも満たんことを。」
まだ、だ。シーララさんという切り札を出すのは、もっと後だ。
「じゃあ俺も名乗ってやるよ。俺はメルト・ロジック。あんたを倒す者だ。」
ブラッデッド・コスモが構えをとる。そして冷たく言い放つ。
「身の程知らず、愚かなりや。」
戦いが始まった。
ブオン!空気を割くような轟音と共に、最初の一撃が繰り出された。《前借の鴻鵠》によってステータスにバフがかかっているためギリギリ避けることができた。巨体の割にはええ!
俺は前日に木の皮を剥いで削ってつくった即席ナイフを5本取り出し、周囲の木々に向かって投げた。
「吹っ飛べ!」
ナイフは的確に木と木の間に張り巡らされていたロープを破り、その反動で木の中に仕込んでいた大小さまざまな石礫が、コスモを襲った。
コスモは大剣で薙ぎ払うことさえせず、ただ俺の方に前進してきた。石礫が彼の屈強な身体に傷をつけると同時に再生する。キリがない。...が、想定内だった。
俺とて、この程度でコスモが倒れるなんて思っちゃいない。
コスモという標的から外れた石礫は、地面に勢いそのままに落下する。その落下の反動を利用した原始的トラップが作動する。
落とし穴だ。
コスモの巨体が消える。深さ3mの穴に落下したのだ。
「罠ばかりとは...小癪だな、若造」
「これが最適解なもんで。」
ここだ。この状態を待っていた。あとは、俺がトリガーを引くだけだ。俺は大声で叫んだ。
「今だ!シーララさん!」
シーララさんが空中から姿を現す。彼女も《前借の鴻鵠》であらゆる身体機能が飛躍的に向上している。
「《重力操作》!最大出力!」
効果範囲は落とし穴全域。標的範囲が狭い分、出力も上がる。
ズンッ、と鈍い音が響き、最大過重の重力が落とし穴に、ひいては落とし穴の中に立っているコスモに降り注ぐ。
「中級火魔法、《モアファイア》!中級水魔法、《モアスプラッシュ》!」考え得る、最大出力の魔法をシーララさんが放出する。水と炎の柱が、落とし穴に立ち昇る。
魔法による連続攻撃が止み、シーララさんは俺の近くに着地する。
「はぁっ、はぁっ、メルト君...」魔法を使い過ぎたか、彼女は息が荒い。
「お疲れ様です。これで大分、ダメージを与えられたはずです...」
ズン。ズン。ズン。突然、落とし穴から音が響いてきた。
ズン、ズン、ズン!それは足音だった。見上げるほどの巨体が、落とし穴から出てきた。
「だ、ダメージを...ほとんど受けてない...」 気分はリクーム戦のベジ〇タだ。
身体にちょっと火傷がある程度か、コスモが再び俺たちと相対した。その火傷も、みるみるうちに完治している。《不死と再生》、思った以上に厄介だ。
「もう終わりか?」心底つまらなさそうに、コスモは吐き捨てた。そして、おもむろに大剣を水平斬りの位置に構える。俺たちとの距離は、すでに5mほど。このまま一気に接近して斬る気だろう。
そう思っていた。
コスモが剣を振るう。
何かが目の前まで迫って来た。
ふと横を見ると、シーララさんの身体が水平に両断されていた。
「ーーっ、シーララさん!!」すかさず彼女の《再鼓動の恩寵》と《超高度回復魔法》のロップスクロールが作動する。胴体が再びつながり、一安心した瞬間、コスモはすでに次の攻撃の構えをとっていた。
俺は無我夢中でコスモに向かって立ち向かう。完全復活してないシーララさんに向けられるヘイトを俺が請け負うのだ。
「愚か」
俺の右腕が消し飛ぶ。ロップスクロール自動発動、右腕程度ならすぐ回復する。あと9回しか欠損は許されない。
「うわああああっ!」俺は《視認式最適解》を発動する。相変わらず、確率はノイズのかかったように見えないままだ。
コスモの攻撃を間一髪で躱す。彼の大剣が頭上を一閃、数本の髪の毛が持っていかれる。
そのまま前に飛び込み、《不死の刀》で彼の腹を貫こうとする。
「ああああっ!」みっともなく叫び散らかしながら、刃を突き出す。
「邪魔だ」鬱陶し気な声、それと同時に蹴り飛ばされ、俺は背後の木に思いっきり激突した。
「がぁ...はっ...」口から、ごぽりと血が噴き出る。内臓が潰れたようだ、折れたあばらが肺に突き刺さり、身もだえするほどの痛みに七転八倒する。
再び発動するロップスクロール。肺が癒え、骨が再生する。
あと8回。
「がああああっ!」必死の叫び声が、コスモの背後から響く。まだ血が口から垂れているシーララさんが、炎を拳に纏わせて攻撃する。あんなに必死なシーララさんを見るのは、初めてだ。
しかし、コスモはそれをちらりと一瞥し、腕を後ろへ振るった。
彼女の魔法がかき消され、腕が変な方向に曲がる。
「あがっ...!」苦悶の声も一瞬、コスモに蹴り飛ばされあっけなく転がっていった。だ、大丈夫だ、自動再生にはまだ余裕がある。
再び俺は連撃を繰り出す。
「ああっ!はっ!があっ!」決死の表情で攻撃を繰り出す俺と、それを大剣で軽々といなす余裕のコスモ。
「ふん」彼の大剣が、俺を袈裟斬りの刑に処す。身体が斜めに割け、血がぶしゅうと噴出した。
《再鼓動の恩寵》を作動、再び全快して攻撃を繰り返す。
しかし、俺はうすうす勘づいていた。
今の俺たちじゃあ、どう転んだってこいつに勝てない。
このまま無意味な攻撃を続け、無意味にロップスクロールと恩寵を使うなんて、それこそ無駄だ。
だったらこの流れを変えたい。
「ふっ!」再度復活したシーララさんが、後ろからコスモに《重力操作》をかける。
少しだけ、コスモの巨体が揺らぐ。
俺はその隙をついて、《不死の刀》で全身全霊の突きを放った。
コスモの肉体に刃が掠り、彼の血が飛び散る。しかし傷はみるみるうちにふさがり、また新品に。
シーララさんの腹がコスモによって貫通され、彼女の血が噴き出る。
ぽいっと投げ捨てられると同時に、彼女の《恩寵》が働く。
「若造。貴様ら、ゾルダートからどのような命を授かっている」
恐怖に震えるが、俺だって男だ。必死に声を振り絞る。
「お前の侵攻を、この森で断念させろと...言われている」
「そうか...それは無理な話だ」
だと思ったよ!俺はまた剣を振り上げる。シーララさんも参戦する。
数分も戦っただろうか。本格的にマズい状況になった。
再鼓動の恩寵:残り所持数6(シーララ2、メルト4)
超高度回復魔法のロップスクロール:残り所持数1(シーララ0、メルト1)
前借の鴻鵠:残り所持数0
そして俺もシーララさんも、多重使用した《前借の鴻鵠》のツケが回ってきている。疲労も倦怠感も限界に近い。特にシーララさんは一番危険だ。ロップスクロールももう無いし、恩寵も2個しかない。
もう、彼女を戦わせない方がいい。
俺は最後の罠を起動し、鉄のロープでコスモを拘束する。効果時間は1分にも満たないだろうが、作戦会議には十分だ。
俺はズタボロのシーララさんを呼んだ。
「メ、メルト...」俺は落ち着く。落ち着かなければならない。
「シーララさん、控えめに言っても、このまま戦ったら死んでしまいます」
シーララさんの目に涙が浮かぶ...が、そこは冒険者の矜持、グッとこらえる様子がたまらなく愛おしかった。
「でも、このまま逃げてもゾルダートさんの命令に反する」
だから、俺は最後の作戦を用意した。勝敗全て帳消しにする、最大の切り札を。
「シーララさん、《転移魔法・零式》のロップスクロールを出してください」
「これで...逃げるの?」シーララさんが、震える手で差し出す。視界の端で、コスモがロープを破る様子が見える。時間がない。
「いいですか、これを使って、俺とコスモを強制転移させてください。世界のどこでもいいです。しかし、できるだけここから離れたところに」
シーララさんの顔が青ざめる。
「い、いやっ!絶対に、いやっ!」 ぶんぶんと首を振る。
「早くしてください!コスモが完全に自由になるまであと10秒もない!」
「いやだからっ!絶対に!」 クソッ…最終手段だ。
「つべこべ言わず、さっさと言うとおりにしろ!死にたいのか!」
シーララさんがビクッと身体を硬直させる。怖がらせてしまった。でもしょうがないだろう?
「さっさとやれ!」
俺の圧に押されたのか、渋々彼女は頷いた。顔を上げた彼女の瞳には、恐怖と哀しみが混在していた。
コスモが完全に自由になり、こちらに歩いてくる。
「そろそろ終いだ。」その大剣が、ギラリと輝きを放つ。
「メルト君...せめてこれだけは」 彼女は俺に、彼女自身の《再鼓動の恩寵》2つを渡した。
「ありがとうございます、シーララさん」 俺は彼女に頭を下げる。
コスモがこちらに飛び掛かってくる。その瞬間、シーララさんは叫んだ。
「《転移魔法・零式》を発動!対象は...メルト・ロジック、ブラッデッド・コスモ!転移先、西端の地、《フラウンド大陸》!」
俺とコスモの周りに、複雑な魔法陣が展開される。コスモが初めて驚いたような顔を見せる。
周りの空間が変化する。
俺が南の大陸で最後に見たのは、地面にへたり込み泣き叫ぶシーララ・アンドルドさんの姿だった。
ちゃんとしたバトルシーン書くのって初めて!




