7 未来視
フェイン・ルルシアン。《帝戒位》、序列九位。突然の情報公開に、脳がオーバーヒートしそうだ。
いち早く我に返ったのは、やはりシーララさんだった。
「帝戒位なら、帝印があるはずよ」
フェイン・ルルシアンは、悠々と長袖をまくり上げた。
そこにあったのは、とある刻印だった。円があり、その内部に十本の柱が描かれている。その頂点に王冠があり、全体的に威圧感を放つ紋章。
紛れもない、《帝印》と呼ばれるそれだった。
「俺のスキルは、《万視の変装》っていう外れ枠でね。一度視認した相手の姿になることができるんだ」
頼んでもないのに、自分から公開してくれている。ありがたいことだ。
「でも、あなたは昨日、《帝印》を切らしてるって言ってたじゃない!」
混乱した様子で、シーララさんは問い詰める。
「ああ、俺のスキルの発動中、身体は完全に他の人のものになるから、帝印も消えるんだよ。だからアレだね、タイミングがよろしくなかった、っていう」
聞きたいことが山ほどある。
「いくつか、質問していいか?」 「うん?いいよ」
許可を得られた。わあい。
「あんた、どうして自分のことを《帝戒位》って喧伝してたんだ?《帝戒位》は皆、秘密主義者じゃないのかよ。あと、なんであのチンピラに囲まれてたとき反撃しなかったんだよ?反撃できたはずだろう?」
矢継ぎ早の質問。自覚はあるが、俺だって混乱しているんだ。仕方がないだろう。
「なるほどなるほど、納得できないと。」そう呟くと、フェイン・ルルシアンは事の顛末を話し始めた。
「俺は、ある人の命令を受けてこの町に来たんだよ。「シーララ・アンドルド」と、「メルト・ロジック」に接触しろ、ってね」
ある人?誰だ?...シーララさんは、唇を引き結んで話の続きを待っている。
「その人こそが、ゾルダート・アンドルド。ご存じ、《帝戒位》の序列四位だ。」
ゾルダート・アンドルド。長耳族で唯一の《帝戒位》。100年に一度の天才。
シーララさんは、ヒュッと息を飲んだようだった。兄への劣等感が名前を聞いだけで噴出したのだろう。
フェイン・ルルシアンは続ける。
「あの人のスキルのうち一つは、《未来視》。文字通り、未来を視る力。」
未来視!?チートが過ぎるだろう。異世界転生系では、チートなのは俺であるはずなのに...どうやらこの世界では、俺tueeは期待できないらしい。...薄々そんな気はしていたが。
まぁ、無いものを悔やんでも始まらない。今は静かに聞くとしよう。
「俺は彼に、「南の町で自らを《帝戒位》だと言いふらし、町の人間に広めるのだ」と言われたんだ。
実際、そうだったろう?君らは町の住民から俺の噂を聞いて、それに興味を持っただろう。」
そうだ、確かにその通りだ。俺たちはそれを知ろうとした。最適解を、見ようともしていなかった。
「そして、何としても俺が『誰かに絡まれる』ことを前提としなければいけなかったんだよ。だから俺は警戒されないように《万視の変装》で平凡な人間に化け、適当な作り話であの不良二人組を怒らせたのさ。そうすれば必ず君たちと接触できる、そう言われたからね。」
未来視、恐るべし。
シーララさんが口を開いた。
「な、なんで兄様が私たちと接触しようとあなたを向かわせたの!?」
そうだそうだ、言ってやれシーララさん!
「それは、魔道具がないと君らがこの後死ぬからだよ」
0,00025%。俺がスキルをゲットした初日に見えた、俺のこの世界での生存確率。
急にそれが、現実味を帯びて俺の前に迫って来た。そんな感覚だった。
確率という、風前の灯火に支えられた不明瞭な存在、それが俺なんだ。再確認した。
「...それはそうとして、なんで兄様が私たちが死ぬのを防ぐような真似するの?」
素直な問い。なぜ家を出た人間と、それと一緒にいる馬の骨の生存を助けるのか。
しかしフェイン・ルルシアンは首を傾げた。
「んー、なんでだろうね?なにかしてほしいことでもあるんじゃない?」
不確定だ。
分からないなら、これ以上聞いても分からないままだろう。不毛なやり取りを止めにして、さっさと冒険を再出発すべきだ。
「まぁ、俺から言えることはこのくらいかな。そろそろ行くよ」
あっという間に姿が消えた。《帝戒位》のヤツは瞬間移動でも使うのか?
...何にせよ、不思議な男だった...。
シーララさんは、まだ疑問を解消できてない顔で口を開いた。
「...まぁ、行きましょうか」「はい...」
町を抜けると、そろそろ気温が上がって来た。この大陸の南端まで行くつもりか、シーララさんは。
「シーララさん、目的地はどこにしますか?」答えは期待していなかった。始めたときからずっと、当てのない旅だったからだ。だから、「特にないわ」という答えを無意識に予測していたのかもしれない。
「兄様は、私たちの行動を知っているのよね」 ゾルダート・アンドルドのスキルは未来視。知っていてもおかしくない。
「知っているうえで、フェインさんに魔道具を渡すよう指示した、ってことは、私たちにはするべきことがあるはず。」
そうだろう、きっと。聞くところによると、ゾルダート・アンドルドは善意で人に武器を渡すようなヤツではない。
「兄様に、会いに行くわよ」 ...え?
ゾルダート・アンドルドに会いに行く。それがどういう意味を示すのか分からない。ただ一つ分かるのは、《すべきこと》が決められるだけだ。
それがいい変化かどうかは、確率には現れない。よって、何を示すのか聞くのは最適解ではない。
「ゾ、ゾルダートさんはどこにおられるので?」場所が分からなければ行く意味がないだろ?
「私が家を出る前に、兄様は南の端っこの島に任務に行ったと聞いたわ」
なるほど。方角的にも、そう無理な距離じゃああるまい。南端の島か。
「じゃあそこに行きましょう!」俺が賛成の意を示すと、彼女はほっとしたように微笑んだ。
まさか断られるのかも、と心配に思っていたのかもしらん。断るわけないのに。
というわけで引き続き、南に向かって進む。
目的地を南端の島と決めてから、二か月が過ぎた。まだ辿り着きそうにない。入れ違いでゾルダート・アンドルドはすでにいない可能性もあるのだろうが、シーララさん曰くゾルダート・アンドルドは一つの場所に長く居座る性質らしい。なんとご都合主義な性質。今はそれがありがたい。それを全面的に信用するわけにはいくまいが、一応今はそれを信じて歩き続けるしかない。
俺たちは今、森の中を進んでいる。「沼の森」と呼ばれる森で、その名の通り足場がドロドロヌルヌルだ。シーララさんも不機嫌そうに森を歩く。彼女の白い脚は、すでに下半分が泥に染まっていた。
しかし、さすがは泥もしたたるいい女。その美貌には一切の汚れがついていない。
「あの...あとどれくらいしたら、この森を抜けられるんですか?」うんざりした俺が聞く。
「そうね、もう少しよ。今日中には、ここを抜けられるわ」今日中か。よかった、もう三日も歩き続けてヘトヘトのヘトだ。
「この森にはかなり強い魔物がいるらしいから、気を付けてね」
強い魔物か。俺も冒険を始めてすでに4か月ほどが過ぎたが、大して強い魔物とは戦っていない。
シーララさんが言っていた「この世界では魔物よりも人間が強い」という事実に目を奪われ過ぎていた。
それから30分ほど歩いただろうか。森の雰囲気が一層気味悪くなってきた。なんというか、臭い。
腐臭がそのあたりを漂っているのだ。生き物の死骸の匂い、死の匂い。
この先に、間違いなく何かがいる。
森の中でも少し開けたところに、それはいた。その周辺にだけ木が存在しておらず、代わりに魔物の死骨が散乱している。おぞましい光景だ。
「デスネーク。この森の主ね。」シーララさんが、いつも通りの平静な声で述べる。
それは大きかった。今まで見たどんな魔物よりも、桁外れの大きさをしていた。
大きなとぐろを巻いて、堂々と森の中心部に鎮座している。紫色の肉体からは腐臭が漂い、近づくだけで嘔吐してしまいそうだ。
シーララさんが、覚えたての魔法、『気力探知』を使う。
「かなりの気力量ね...手強いでしょうね...」
俺は、いつも通り《不死の刀》を正眼に構えた。そしてスキルを発動する。
《不死の刀使用時の攻撃成功率:2%》
え。
次の瞬間、俺の身体は宙を舞った。血反吐を吐きながら、みっともなく空中でくるくる回転する。防御が薄くなった俺に、デスネークの尾が振り下ろされる。
クリティカルヒット。俺の身体は地面に叩きつけられた。
意識はある。ある、が身体が動かない。全身の骨をくまなく持っていかれた。軟体動物の気分だ。
シーララさんが慌てた様子で駆け寄ってくる。ああ、ダメだ。今俺に気をとられては。今はヤツを...
ブンッ!空気を割く音が響き、デスネークのぶっとい尾がシーララさんに振り下ろされる。
シーララさんは魔道具を持っていない。だから防げない!
その瞬間、ブチュン、という肉が潰れる音が響いた。ああ、何ということだ。まさかシーララさんは潰されたのか。絶望をその身に感じながら目を開けると...衝撃の光景が広がっていた。
目の前には、薄っぺらい肉塊。デスネークの姿が見えないが、まさかコレがデスネークだったものなのか。そしてその前に、我らがシーララ・アンドルド。いつもの長い銀髪の先っぽが、ふわりと持ち上がっている。
口をあんぐりと開けたままの俺に、シーララが近づいてきて、微笑んで言った。
「私のスキルは、《重力操作》よ。メルト君には、初めて見せちゃったね。」
えへへ、と笑うシーララさん。それを見た俺は、一つのことを悟った。
女は怖い。
「助けてくれて、ありがとうございました...」 全身バッキバキに折れた俺に、シーララさんは迅速な措置を施した。中級回復魔法で回復した俺は、まず彼女にお礼を言った。
「気にしないで」いつも通り淡々と応じるシーララさん。
「行きましょ」俺たちは、森を脱出した。
この森を抜けたら、あとは平野だ。見晴らしのいい平野に向かうと、自然と足取りが軽くなる。
シーララさんの後を追い、俺も平野に向かって走る。
そこは平野というより、小高い丘だった。眼下に見える自然100%の風景に、俺は感動した。
いや、それよりも。シーララさんは俺を見て、ぱぁっと笑って、言った。
「綺麗!」
ああ。綺麗だ。
名前:シーララ・アンドルド
スキル:重力操作
信頼する人:メルト・ロジック




