5 「アンドルド」
シーララ・アンドルドと冒険を始めて、1か月ほどが過ぎた。未だに新たな町は見えず、目的地もない。正直に言おう。この一か月、すごく楽しかった。目的地がないと言ったが、それは目的がないとイコールではない。その時その時で目的は往々にして変化するだけのこと。ただただ南に進んだ。
かなりの実戦を積んだ。かつてゴブリンから奪った棍棒片手に、シーララさんの指導の下、一日に一回、多ければ三回ほど俺一人でモンスターと戦った。俺はかなり強く成った。スキルの使い方にも慣れてきたし、戦い方だって月並みにはできるようになった。
「あら」ある日、シーララさんの愛剣がポキリと折れた。「劣化ですかね」どうやらあの剣は、彼女が冒険者を始めたころから使い続けてきたらしい。時間にして、およそ2か月間。彼女は砥石を持っていなかったため、充分な手入れができなかったそう。だから折れたのかもしれない。
「まぁこのままでも、特に問題はないわ。もう少しで町に着くだろうし、それまで武器なしでも平気でしょう。」彼女は淡々とした様子で、折れた剣を『無底の革袋』に入れた。それはゴミ箱にもなるのか。
再び歩き出す。強く成ったとはいっても、まだ彼女の実力には程遠い。
しかし、俺にも進化はあった。魔法を使えるようになったのだ。とは言っても、初級の回復魔法だけだが。彼女のアドバイスは的確だった。どうやら魔法を発動するために必要なのは、魔力ではないらしい。そもそも魔力という概念が存在しないんだとか。魔道具はあるのに、変なの。
要するに、気だそうだ。例えばある戦闘民族の頭髪が黒色から金色になるように、俺たちの身体には気という概念がある。気とは無尽蔵に湧き出るものであるため、異世界テンプレでよくある「魔力切れ」ならぬ「気力切れ」はないそうだ。
しかし必要なのは「イメージ」である。傷を治す時、水を出す時、炎を出す時。傷が治るビジョンを的確にイメージできたら、それは「魔法」という形を伴って現実となるらしい。
よって、高度な魔法はべらぼうにイメージが難しいんだとか。まあなんというか、想像力豊かであれってことだな。
今日もいつも通り魔物を倒した。シーララさん曰く、「かなり戦えるようになった」そうだ。褒められると嬉しい。だから頑張っちゃうっ!
草原にいる低級モンスターの一体、「グルードウルフ」の最後の一頭を叩き伏せる。
「今日はここまでにするわ。そろそろ安心して寝られる寝床を探すよ。」シーララさんの言葉に従うように、俺は棍棒を背中に背負いなおした。お楽しみ、夜ご飯の時間だ。わくわく。
「今日は、さっき倒したグルードウルフを食べるわよ」...モンスターを食べるのにも、慣れてきた。
ちなみに、スキルが《健啖家》のヤツだとなんでも美味しく食べられるそうだ。なんとも羨ましい。
俺は確率で、この魔物肉に危険性がないか確認することぐらいしかできない。
シーララさんは、「それも必要な仕事よ。私にはできないから。」と言う。人の愚痴を素直に肯定できるところは、彼女の美徳だと思う。
彼女の火魔法によって、グルードウルフの切り身が音を立てて焼ける。ちなみに、グルードウルフは魔物の中でもかなり食えるそうだ。たしかに、ちょっと硬い豚肉みたいな食感だ。油は乗っていないが、それでもマズいと言うほどではない。え?ゴブリンはどうだったか、って?
ゲ〇の味だよ。二度と食べたくねぇ。
そしてそれを、さも当然のように食すシーララさんに戦慄を覚えたのは、また別の話だ。
がじがじがじ。俺は豪快にグルードウルフにかじりつく。シーララさんはちびちびと食べる。育ちの良さがうかがえる。
育ちの良さ、か...。彼女の家柄は、どんな感じなんだろう。確か出会ったばっかの頃、彼女のことをフルネームで呼んだら思いっきり睨まれた気がする。
「あの、シーララさん...一つ、聞いていいですか?」
グルードウルフに目を落としたまま、シーララさんはポツリと応じる。
「どうしたの?」
「あの...シーララさんの、家って、どんな感じなんですか...?」
シーララさんの身体が、ほんの一瞬だけ硬直したのを、俺は見逃さなかった。
「確か、アンドルドでしたよね。...どういった家なんですか?」
俺はスキルを発動する。『シーララが不機嫌になる確率:100%』どうせ不機嫌にさせるんだ。聞いてしまった方がいい。これが最適解だ。
「...メルト君は、《帝戒位》って知ってる?」
「知りません」俺の返答に、シーララさんは「やっぱそうだよね」という表情で俯いた。
焚火の残り火がちらちらと風に揺られるのを眺めながら、彼女は話し始めた。アンドルド。その名に込められた意味を。
「私の家...アンドルド家は、大昔から造船業で栄えた一族なの。今は貴族なんだけどね。で、さっきメルト君に聞いた《帝戒位》っていうのは、今世界に存在する冒険者のランクの中での強さのランキング...上位10人の人たちに与えられる、特別な称号なの。私の兄さま...ゾルダート・アンドルドは一族の天才児、100年に一度の傑物、と呼ばれているわ。兄さまは、長耳族で唯一《帝戒位》の位についている人物で、序列は4位。使えるスキルも、5個以上ある。それはもう、周囲から向けられる目なんて私の比じゃなかった。
...私も、そんな兄の妹だと期待されて、昔っから英才教育を施されてきた。ゾルダートさんの妹だから、きっと彼女も天才だ。そんな期待の目を向けられていたの。
でも、私には才能がなかった。むしろ、他のアンドルド家の人たちよりも、決定的に劣るものが一つあった。私には、《アンドルドの紋章》が、生まれつきなかったの。」
そう言ってシーララさんは、腹をまくり上げた。いつもの俺なら興奮するところだが、さすがに時と場合による。どうやらアンドルド家には、生まれつき腹にライオンを模した紋章があるらしい。
「そうと発覚してからは、酷いものだった。私に向けられていた期待の目や信頼は、一瞬にして消え失せた。兄と比較され続けた日々。誰にも必要とされずに朽ちていくだけの私。私自身が私の価値を否定し続ける。そんな毎日だった。だから、私は悪あがきをしたの。反抗として、家を出て行った。...一番哀しかったのが、誰も止めようとしなかったことだった。兄はそのとき任務でいなかったから、私は父と母と、使用人の反対を押し切って家を出たの。一人だけで生きる、そのつもりだった。」
でもね、と彼女は続ける。美しい目が、少し潤んでいるような気がする。
「家から出て独立して...一人で生きる覚悟をしたのに、君に会ってしまったね。」
ああそういうことか、と俺は合点がいった。彼女が乗っていた馬は、先日モンスターによって殺されてしまったのだ。なのに彼女は、なぜかすっきりしていた顔をした。そうだったのか。
あの馬は、与えられたものだったから。
「君は私に頼ってくれた。誰にも必要とされなかった私を、必要としてくれた。君にとっては生きるために必死だったんだろうけど、私にとっては、すごく、すごく嬉しかった。」
柔らかい笑みを俺に向けてくる。前世で、俺にこんな笑みを向けてきた人がいただろうか。...妹しか思い浮かばないのがつらいところだ。
「だから、この名前を名乗りたくないの。でも、アンドルドの名はいろいろなところで優位に働くから...」
そうか。俺は理解した。彼女のように強い人間が、優位だなんだの気にするはずがない。彼女は、俺のためにアンドルドでいてくれたのだ。弱い俺を、その名の力で守るために。それともただの思い上がりだろうか。
だから彼女は...そう考えると、いくつも辻褄が合うことがある。彼女はなぜ剣を捨てたのか。
簡単だ。それはアンドルド家のものだからだ。アンドルドから逃げ出して、その流れで俺に会ったということは、そのあと俺と一緒に行った町が、彼女にとって最初の町だったのだ。
だから手入れをしなかった。砥石なんてなくても、道端の石で何とかなるだろうに。だから折れても気にしなかった。なぜなら望み通りだったから。
「...シーララさんは、どうしたいんですか?」
あえて、俺のスキルは発動させない。今この瞬間だけは、俺はただの「メルト・ロジック」として接したかった。
「分からない」自嘲気味に、彼女はフッと笑った。そうか、分からない。それも一つの答えだ。
今の彼女は、前世の俺と一緒だ。家族関連のことで家から追い出されて、何もかも分からなくなって。
でも、彼女と俺では、決定的に違うことがある。
俺は、自殺することで逃げた。彼女は、踏ん張ったんだ。
彼女は逃げなかった。
「分からなくても、いいんじゃないですかね」
彼女は、驚いたように顔を上げる。
「分からなくちゃいけないことなんてないんですよ。人が分からなくちゃいけないことなんて、飯の食い方と子供の作り方だけですから」俺の持論だ。
これが最適解かどうかは分からない。しかし彼女は笑った。疲れた笑みじゃない。笑いたいから彼女は笑ったのだ。憑き物がちょっとだけ落ちたような、そんな笑顔で。
「それもそっか!」
不意に、見惚れてしまった。
彼女は少し元気を取り戻した様子で言った。「さ、もう寝るよ。明日も早いんだから。」
「はい、おやすみなさい」
横になりながら、ふと思う。彼女の「だわよ」言葉が消えている。これはいい変化、かな。
少なくとも、壁が薄くなったことは間違いない。
どうやら最適解だったようだ。スキルを使うまでもなかったな。
アンドルド豆知識
アンドルド家のみんなはゾルダート・アンドルドの言いなりになるそう。
ちなみにゾルダート・アンドルドは家のことは特に何も思ってない。




