幕間 シーララ・アンドルドの孤独 中
当初の予定で、到着まで二か月。私は、眼下に広がる活気のある町を眺めて、感慨深い気分に浸っていた。一か月でついた。
やはり空を自由に飛べるのはいいもので、なにせ敵が少ない。龍系の魔物はこの辺りでは見ないし、いたとしても無害なカラス型モンスターのようなものばかりだ。
まるで私は、空の覇者のように滑空してここまで来た。
さて、今日から本格的にここで修行だ。目的はもちろん忘れていない。
もっと強く成って、努力した人と同じ土俵に立つためだ。
私は最北端の町、《シオ町》に足を踏み入れた。
さすがは最北端、みんなは厚着を羽織ってぬくぬくとしている。私は未だに鎧とかなんやらでガチャガチャしている。
まずは衣服の調達だ。
そこまで考えて、ふと立ち止まる。別に、修行するためにここに来たんだから、わざわざ楽な服装なんてしなくていいんじゃない?と。だったら宿で泊まるなよという思考に行きつきそうになった。
第一に、宿に泊まるのは安全確保のためだ。誰か一人いるなら野宿でも構わないけど、生憎一人だと身の危険があった際に大変なことになる。
厚着はいらないのではないか。実際、外にいるときは常に修行に励むためだし、夜冷え込むときにはもう、私は宿のベッドの中でぬくぬくだ。
私は衣服商店へと向きかけた足を止め、代わりに宿へと歩く。長期間滞在する旨を、早めに説明しておくのだ。
「半年ほど滞在する…?え、ええ。もちろん構いませんが…」 宿の主人は仰天した様子ながらも、私の要望を受けてくれた。
半年滞在。必要なタルタ銀貨はとんでもない量だが、生憎敵がいない空路を通ってきたために所持金はゼロ。ちなみにその所持金を食い荒らした犯人である魔道具たちは、コスモの前で塵と消えた。
だから交渉した。半年間、この町の安全を守る代わりに宿代を無料にしてもらうように。
彼にとって、冒険者がこの町にいることはそれだけで有難いことらしい。
というわけで、快く無料宿泊を許してもらえた。今日はもう外が暗いので、さっさと宿で夕ご飯を頂いて、お風呂に入って寝るに限る。
夕ご飯は、宿が出してもらえる。宿泊費がタダ、それ即ち食費もタダ、ということ。
ここで遠慮するのは得策でないことを私は知っている。
夕ご飯は、焼いた魚とよく分からない麦で作られたパンだった。
魚が出る宿は珍しい。どこの宿もパンだけを出していた。この町は海が近いためか、魚介類が豊富なのかもしれない。覚えておこう。
ああそうだ、今度メルトも一緒に連れていきたいなぁ。メルトは魚食べたことあるのかな。メルトはいつも美味しそうにご飯を食べるから、見ているとこっちもお腹がすく。
…ダメだ、今日は何するにしてもメルトの顔が頭にちらついて離れない。どうした、私。
よく効いた塩魚、とても美味しかった。
お腹いっぱいとはいかないまでも、腹八分目。この後は、私がいつも密かに楽しみにしているお風呂の時間だった。いつもは自分の魔法で生成した水をため、火魔法で温めてから入浴するのが普通だったから、誰かが入れてくれたお風呂というのはなかなかに新鮮だ。
…ちなみに、メルトと冒険したときも毎日お風呂は欠かさなかった。
さすがに覗かれはしなかった…いや、いいことなんだけど。
身体を桶で軽く流す。メルトはいつも、しゃわー?とか言っていたけど、私にはよく分からない。
何か特別な機械なのだろうか。
湯舟に身体を沈める。
「ふゆぅ~…」 腑抜けきった声が、誰かから発せられる。うん、私だ。
暖かいお風呂。あぁ、至福だわ。
ぶくぶくと泡を出しながら、顔の下半分まで沈める。目がだらしなく緩むのを、止められない。
そのまま百の数ほど数え、私はお風呂から腰を上げる。
お風呂から上がったら、寝よう。
ベッドは普通だった。…普通に寝心地がいい。
天井を眺め睡魔を待つ間、私はここ一か月、ずっと胸中に渦巻いていた感情を口に出すことにした。
「なんか、寂、しい…?」 どうしたのだろう、と。
寂しい。そう、寂しいのだ。何が?言ってしまおう、メルト・ロジックがいないことだ。
「どうしてかな…」 メルトと出会う前は、こんなことなかった。こんなに、胸が潰されるような寂しさを感じたことなんて、なかった。
こんな感情を、私はまだ知らない。私が知らない私自身がいることを、どうにも受け入れられない。
でも。でも。知識をフル動員する。頭の中に、知識としてこれと類似する感情が存在するかどうか、考える。
ベッドの上でゴロゴロ転がったり、寝たままの姿勢でビョンビョン飛び跳ねたり。自分でも理解しがたい行動をおよそ5分弱ほど続けたのち、唐突にその答えを見つけた私は、その動きを止めた。
「好き、なのかな...」
確証と言うにはあまりに弱い、根拠なき疑惑。
シーララ・アンドルド、もしかしたらメルト・ロジックに恋しちゃってる疑惑。
まさか。自分で自分の思考に嘲笑を向ける。私だって、忘れているわけではない。《重力操作》は、私のどういった性格を精霊に見抜かれた際に与えられたスキルなのか。
「重たい愛」だ。
私は生まれた時から独占欲が強く、これと決めたものは誰にも渡さない、そんな性質の人間だった。
もしこれが、私と同じく意思を持つ、「人」に向けられてしまったら。
相手は傷つくだろう。重たい女と一緒にいたい酔狂な男なんて、きっとこの大陸どこを探してもいない。
だから、好きになるなんて許されない…。
いやいや、ちょっと待ちなさいシーララ。好きになっちゃいけないわけじゃないの。
好きだってことがバレなきゃいいのよ!
というかまだ好きだって決まったわけじゃないしぃ!
ぴゃー、と訳の分からない奇声を発しながら、ベッドの上でビョンビョンビョンビョン。
「明日ゆっくり考える」という結論を以て、興奮冷めやらぬ私は眠りについた。
翌朝。朝というか、まだ夜だけど。私はむっくりとベッドから起き上がり、初級回復魔法で眠気を飛ばした。水魔法で水を出し、そのまま飲む。
「ふぅ...」 私はベッドから完全に降り、そして宿のドアから出ることすら厭って、窓を開けて飛び降りる。もうすっかり慣れっこの重力操作で、地面にふわりと着地する。
修行場所は、北の荒野。的に最適な岩がゴロゴロ転がっている、まさに修行のためだけに作られたかのような場所だ。
早速重力操作の特訓を始める。
重力の起点の制御は、ほぼ完璧に近い。でも、重力の操作そのものはまだ慣れない。
「ふっ!」どれだけ優しく発動したとしても、岩はズン、と圧し潰されてしまう。
うーむ、としばし悩む。重力操作は、力自体はどれだけ弱めても潰してしまう。だったら思い切って、攻撃の手法を変えてみる。
今までの私の攻撃パターンは、「反発する重力」と「吸着する重力」。それと「圧し潰す重力」と「持ち上げる重力」の4種類。
反発は、掌から押し出す形で重力を射出、それによって相手を後方に吹き飛ばすもの。吸着は、逆に掌に向かう形の重力を放つもの。噛み砕くと、掌を地面と見立てる、みたいな。
圧し潰す重力は、まんま。ただただ質量でゴリ押す、私の得意攻撃。
持ち上げる重力は、空を地面と見立てたようなもの。つまり、相手が空へと引きずられるのだ。
そこで重力操作を解除、相手は地面に激突してお亡くなり、みたいな感じ。
そのどれもが、ブラッデッド・コスモにはあまり通じなかった。これは哀しいかな、「持ち上げる重力」と「吸着する重力」は、自分よりも体重が軽い相手じゃないと効果が薄い。
そろそろ新しい攻撃パターンを考えたい。威力が制御できないなら、私は威力を制御しない。
その代わり、攻撃範囲を狭める。
コスモ戦で一度、落とし穴の下りでやった。重力操作の有効範囲を落とし穴全体にまで絞って重力をかけた。そう、有効範囲が狭いと、その分圧縮された重力によって威力が増すのだ。
そこから、毎日毎日特訓に没頭した。重力の有効範囲を狭める特訓。しかもそれだけじゃなく、ちゃんと魔法の練習とかもしないといけない。
毎日結構辛いものだったが、努力をする、という明確な目標があった分、私は頑張れた。ように思う。
そして、4か月が過ぎた。
「はっ!」 指先から放たれた押し出す重力の塊が、2mほど離れた岩に直撃する。岩は物凄い音をたてて、ガラガラと崩れ落ちた。
「できた…」 私は茫然と呟いた。
極限まで有効範囲を狭めた重力を射出。勢い、威力共に4か月前とは比べ物にならない。
重力弾丸。そう名付けた。
遅ればせながら、メルトが修行で得た魔法一覧をここに。
中級回復魔法(改) 強化魔法・一式 強化魔法・二式 強化魔法・三式 初級火魔法(改) 中級水魔法
中級風魔法(改) 上級隠密魔法
この世界において、魔法は主に 初級→中級→上級→超高度 に分けられます。
超高度魔法を使えるのは、《帝戒位》の人たちか、またはその魔法だけを究めた人だけです。
そしてそれぞれの級ごとに、(改式)というグレードがあります。
例えば中級魔法(改)の場合、本来の中級よりも威力または効果が増えています。




