1 努力は余裕で裏切った
結局、妹は死んでしまった。あれほど祈ったのに。
我が最愛の妹の命を奪った病、膵臓がん。調べたところ、ステージ4の段階での5年生存率は5%に満たないらしい。
最適解を選び続けたハズだ。効率的、効果的な対処。その場その場での迅速な処置。俺は頑張った。唯一悔やまれるのは、最適解を重視しすぎたあまり、妹の最期に立ち会ってやれなかったことだ。家族は俺を、非難の眼差しで見てきた。誰一人として、報われなかった。
歴史上の、誰かが言った言葉がある。その言葉は使い古され過ぎたあまり、今はただ空虚な安心感を持って人々に届いている。
「努力は必ず報われる」
嘘をつけ。努力は余裕で裏切った。
そして俺は、一文無しとなった。
家からは追い出された。家族皆、心が参っていたのだろう。何かに苛立ちをぶつけたかったのだろう。
それを実の息子にするのはどうかと思うが。
反論はしなかった。なぜなら、それは今の状況では無駄なことだと知っているからだ。
もちろん着の身着のままであるため、金はない。今すぐ警察に通報すればよいのだろうが、生憎スマートフォンは家で充電中である。
という訳で、俺は最も合理的な解決策の実行が、不可能となった。
このまま死んでしまうのだろうか。まぁ金もないし、寝床もなければ当然の帰結と言えるだろう。
泣いたり叫んだりは、しない。それはエネルギーの無駄な消耗であり、今行うにして最も不毛な行為だからだ。
そしてこのままゆったりと、死の気配を感じ続け、苦しみ続けるのも些か頷けない。
まるでゲームの毒状態のようなスリップダメージは、死の痛みを喰らい続けるようなものだ。
しかし、野宿もダメだ。身近なモノには危険が多い。いつ何時、どこに人の命を奪いかねない寄生虫やらがいるか分からないのだ。そして、俺のすむ町はお世辞にも、治安がいいとは言えない。よって、それは最適とは言えまい。
では、何が最適だろうか。死の苦痛をできるだけ短時間で済ませられ、自分一人で解決できる最適解。
夜空から、ぽつりぽつりと降り始めた雨が、俺の決断を助長しようとしてくる。それに応えるように、俺は雨雲に向かってポツリと呟いた。
「自殺だ」
これが最適解だ。
雨はやはり降りやまない。苦しまない自殺方法なんて知らない。肝なのは、「一瞬であること」だ。
最適解と信じた以上、迷いはない。いや、迷いはないと思いたい。
道端で収集したガラスの欠片を見つめる。キラリと輝く鋭利なそれは、俺のひ弱な手首なんて、いとも容易く切裂くだろう。先ほど実験したところ、一発で小指が逝った。ならばいける。
成功例は、確定要素に繋がるのだ。
「フーーッ...」息を吸い、覚悟を今一度固める。腋に汗がにじむ。雨脚が強まり、身体を濡らしていく。
震える手を叱咤し、えいやっと振り下ろす。
チカッと痛みが走る。急激に意識が薄れる。
そのとき、全身に言いようもない感情が走った。背筋の凍るような恐怖。人の本能が警告を告げる。
何でだ。最適解だったはずだ。
意識が完全に途切れるころには、俺は一つの確定要素を見つけていた。
俺は間違えた。
目を開ける。なぜ、死んだはずなのに「目を開ける」という生命的動作が行えるのか戸惑う。
まさか、生きているのか?「失敗した」という敗北感と、なぜか「よかった」という安堵が交錯する。薄い望みが見えてきた。しかし。
「残念だけど、君は死んでるよ。」
感覚も何もない、しかし真っ暗な空間のど真ん中に、それはいた。佇まいは人間そのものだ。しかし、何というか、雰囲気というものが人間離れしている。
「...」声を出そうとしたが、出ない。まぁそうか。死んだんだもんな。
「大丈夫大丈夫、君には発言権はないから、喋ることはできない」
何が大丈夫というのか、強く問いたい。
「君は、一番重い罪を犯したね」
聞いたことはある。自らの手で自らを終わらせる行為は、とても罪深いものだと。しかしこちらとしても、そろそろ目の前のヤツが誰なのか教えていただきたいところ。
「ああ、自己紹介してなかったね。私はヨークシャ。人間の言葉で言うところの、閻魔様だ。」
なるほど。俺の思い描いている閻魔は、ひげもじゃの強面親父であるため、即座に理解は及ばない。
こんなナイスボディの女だなんて、聞いてないぜ。しかし、いいことが一つある。喋る必要がない。
それはつまり、自称閻魔様は俺の心が読めるという訳だ。
「正解!」わあい。...で、閻魔様は俺をどうしたいのだろうか。死者を地獄行、天国行と裁いていくのが閻魔の仕事と伺っている。
「正解!」わあい。...まぁ、やるなら早くやってほしい。どうせ地獄行だろう。
「そんな早くに決めつけないでよね。せっかく便宜をはかってやろうというのに。」
便宜?
「ああそうさ、便宜。君は確かに罪を犯したけど、周りの環境も少なからず影響していると思うんだ。特別な情状酌量だと思って貰えればいいよ。」
...仕方がない理由で自殺した奴なんて、ごまんといるはずだろう。俺だけ特別扱いなんて筋が通ってない。こう言っちゃあ何だが、不公平だ。
「バレた?建前よ、建前。シンプルに顔が好み。なんか、死なすには惜しいって感じがするんだよねぇ」
...その言葉も、本当かどうか怪しい。いいさ、仕方がない。今感じた疑問点は無視してやろう。
で、便宜って、どんな便宜なんだ?
「異世界に転生してもらおうと思って」
...はい?
「異世界に、転生、してもろて」 拒否権は?
「ない」 だと思いましたー。...まぁ強制されたものだし、転生するに越したことはないだろう。
よく異世界テンプレートにある問題を解決させたい。前世の記憶はどうなる?年齢は?
「記憶は保持してもらうことにするよ。年齢は、今の君の年齢から。悪いけど、家族系統の存在はないものとするよ。君が作る分には自由だけどね。」
なるほどな。確かに、記憶を持ったまま生まれたまんまで転生してしまった場合、特に授乳とかに拒否反応を起こしてしまうだろうしな。子供だから許されるあんなことやこんなことを体験したい気持ちもあるが、それは贅沢というもの。反抗することは合理的でない。
分かった。転生しよう。そして、今度こそ間違えないように生きるのだ。最適解を常に弾き出すために。
妹の姿が脳裏にちらつく。もう、失わないために。
「君の名前は、『メルト・ロジック』にする。君の前世に鑑みて、ね。」ロジックか。俺の好きな英語だ。
「それじゃあ、そろそろ時間だ。君を飛ばすよ。死んだらまた会おう、メルト君」
その言葉を皮切りに、意識がどんどん薄れていく。薄れて、薄れて...瞼の向こうから、暖かい光が差してきた。
俺は異世界に転生した。
人生をガチ勢で生きている者です。なろうは今まで読んだことが、数回しかねぇですわ。
というわけで、今までと毛色が違うものに取り組んでみました。




