私、このままでは死ねない
「このままでは死ねない」
連行される馬車の中で、カチカチと歯を鳴らしながら私は呟く。
「たとえ死は避けられないとしても、このまま死ぬわけにはいかないわ。誇りのために、絶対に……」
平民の方は中々理解出来ないみたいだけれど、貴族というのは自分の命よりも、誇りを大切にする生き物である。
誇りを重視しすぎた結果、屋敷や庭や調度品にバンバンお金を使い借金を重ねた貴族が破滅したという話もよく聞く。
え、それは誇りというよりも見栄じゃないかって?
私も今、それちょっと思った。
とまあ、私もそんなどこにでもいる見栄っぱり貴族の一人娘なんだけど、ある日お父様が捕まって私も連座になってしまった。
お父様は否定していたけれど、憲兵隊が言うにはどうやら裏で散々悪どい事をしていたらしい。
まさか、という気持ちになった。
私にとっては優しく素敵なお父様だったから。
しかし心のどこかで、やっぱりね、と腹落ちしたこともまた否定出来ない。
お母様を亡くした後、後妻を迎えることもなく、私を溺愛してくれていたお父様。
彼の「プティはお嫁になんて行かなくていいからね、ずっと家にいていいんだよ」という言葉に甘えて、長年引きこもり&脛齧り生活をしていた私だからこそわかる。
我が家は長年、男爵家には分不相応すぎる絢爛豪華な生活をしていたのに、全然お金に困った様子がなかった。
それこそ、幼い頃に一度だけお邪魔した、王城のそれ並の調度品を揃え、毎食高価な物ばかり食べていたのにである。
しかし現在、そのツケで私はとっても困っている。
なにせ、一族連座として私も一年間の懲役の後、広場で衆目監視のもとギロチンにかけられる事が決まってしまったのだから。
非常にまずい。
貴族の誇り的な意味で、非常にまずい事態になってしまった。
罪人として処刑される事が?ノンノン。
命惜しさこそあるが、処刑される事自体は貴族の誇り的にはセーフ案件。なにせ、かって上手く最後を飾った令嬢などは逆に『悪の華』とか持て囃され、語り草になっていたりもするのだから。
問題はそこではない。
問題は、貴族の女はもれなくミスコン強制参加のルッキズム全盛のこのご時世に、「でもそんなの関係ねぇ!」とデビュタントもせず毎日美食や絶品スイーツを心ゆくまで堪能していた今の私の外見である。
勿論私とて年頃の乙女。
鏡で、美形の両親から受け継いだパーツの良さを台無しにする、瞼の皮下脂肪が垂れて目つきの悪くなった顔や雪だるまのような体型をみてヤバいと思ったことはある。
毎日目の前にあるものを、たらふくお腹に詰め込んで血糖値スパイクで酩酊するのが身体に悪いことも分かっていた。
だが敢えて言おう
止まれなかったのは私のせいじゃない。
あるのがいけない!
あるのがいけない!
大事なので2回言いました。
そんなドカ食い大好き腹ペコお脛齧り虫の歴史を物語るのが、現在の私の体型。このまま処刑されたらきっと『あの太っていた人』として、語り草になってしまう!
それだけは絶対に嫌だ!
デビュタントならぬデブ担当……ってやかましいわ!
「でも大丈夫、監獄に絶品スイーツはないもの。そうよ、処刑台に登るまでの間に痩せることが出来れば……」
私が処刑されるまで後一年。
しかし逆に言えば残り365日もある!
「やってやる、絶対に痩せてみせるわ。」
決意を込めて唇をぺろりと舐めると、口の端についていたチョコレートの味がした。甘い。
◇
ゾディアック帝国において重罪を犯した貴族は一族連座で処刑される。しかし、その前に一年間の禁錮が課される決まりだ。
その理由は二つある。
一つは、処刑の段取りや事業及び領地の引き継ぎに時間がかかるため。
そしてもう一つは、冤罪の可能性がある案件に対して聖騎士団が再調査を行う時間を確保するためである。
短く刈り込んだ黒髪と鋭い藍色の瞳をもつ美貌の男がいた。すらりとした長躯だが線の細さはない。着崩すことなく、かっちりと騎士服をまとった体は筋肉質で凜と引き締まっている。
「巧妙に隠されていたが、やはりポーク・ロースター男爵の一件は仕組まれていたものだった」
苦々しい顔で部下に告げた男の名はリブラ・ゾディアック。この国の第三王子だ。
聖騎士団の団長でもある彼は半年を超える緻密な調査の末、ロースター男爵が捕まったのは冤罪だった事を突き止めていた。
「なるほど、嫉妬した高位貴族が結託して憲兵も買収し……おお怖!豪華な生活をするのも考え物ですなぁ、いくら自分で稼いだ金とはいえ。」
「いいや、問題はそこではない。『貴族の誇り』を勘違いした連中が多すぎるのだ。」
叩き上げの副団長をやんわりと諭す。
本来貴族の誇りというのは、人を導く立場を自覚して襟を正し、国や民のために尽くす事を言う。
様々な事業を大成功させ真っ当に稼ぎ、またその金をよく使う事で経済を回すロースター家は貴族として正しい行いをしていた。悪いのはあくまでも冤罪をふっかけた貴族連中である。
「とはいえ、再審判決が出るまでもう少しの間、ポーク殿もプティ嬢も監獄暮らしが続いてしまうわけですか。」
副団長の言葉に、かって王城で一度だけみたプティ・ロースターを思い出す。
たしか当時、自分は十歳で、母親を亡くしたばかりのプティは五歳だった。うろ覚えだが、ほっそりした姿の可憐な女の子だった記憶がある。
騎士道精神に溢れるリブラは、二度も理不尽な運命に巻き込まれることになった彼女を哀れに思った。
「特にプティ嬢はデビュタント前の淑女でしょう?監獄内で理不尽な扱いを受けてなければ良いのですが。」
「……よし、変化の魔術を使える私が覆面捜査官として様子を見にいってみよう。」
監獄内までは高位貴族連中の息はかかっていないようだったが、刑務官の言葉はリブラにとって以外な物であった。
「プティ?ああ、彼女は看守からも一目置かれているよ。何せやって来た当初から模範囚だったからね。親の連座で捕まった貴族令嬢とは思えないくらいさ。」
驚きに目を見開く。
貴族は刑に服すことになっても選民意識が抜けず、監獄内で不貞腐れて問題行動を起こす者が多いことを知っていたからだ。
しかも彼女の場合は冤罪の連座。
つまり完全なとばっちりだと言いうのに……
「男も嫌がる大変な刑務作業も率先して引き受けるし、ただでさえ少ない食事を子供に分けてあげるのも見たな。今では『監獄の聖女』なんて噂になっているよ」
「それは凄いですね」
無事を確認できればそれで良いと思っていたリブラだが、その言葉をきいて一目見ておこうかと思うくらいにはプティ・ロースターに興味が湧いた。
どうやら彼女は、貴族にふさわしい高潔な魂の持ち主の様だ。
勿論そんな事はない。
全ては痩せるためである。
「あら、新任の看守様ですか?お仕事お疲れ様です」
記憶の中では可憐なドレスを着ていたプティ・ロースターは現在、野暮ったい囚人服を着て、刑務作業で薄汚れていた。
だが、そんな彼女をみてリブラは
(美しい……)
そんな事を思った。
桜色の豊かな髪に良い唇。それらを際立たせる、すらっとしたフェイスラインに大きな瞳。そしてメリハリあるボディーライン。
元々両親が美形だったプティ。
監獄ダイエットにバッチリ成功した結果、子豚令嬢から絶世の美人にクラスチェンジしていたのである。
なお、監獄に鏡なんて高級品はない。もしも今プティが自分の姿をみたら「どちら様!?」と声をあげるだろう。
(化粧をして着飾れば間違いなく、国で一、二を争う美姫となる。それこそ、高位貴族からみそめられる程に……彼女の父親が下級貴族の集まりに出すのを渋っていたのもわかるな。)
ちなみにポーク・ロースター男爵は娘に関してはただのバカ親で、デビュタントを渋ることに政治的な思惑など何もない。
しかしリブラがその事実と、監獄ダイエット前の彼女の容姿について知ることはなかった。
「ああ……ところで君は模範囚らしいね。連座でつれてこられて理不尽な思いをしているだろうに、何故そこまで立派なふるまいができるのかな?」
「それは……『だらしない姿』は見せられないからですわ。」
(なるほど……不貞腐れるのはだらしない事だと。たとえどんな理不尽を受けようとも己を律し、襟を正した行動をするという意思がこの娘にはあるだな。立派な事だ。)
プティの言葉に、リブラは本当の意味での貴族の誇りを見た気がした。
勿論、ただの誤解である。
彼女は処刑される時の体型的な意味で言っているだけなのだから。
「ところで、食事は足りているかい?子供の囚人に分け与えているときいているが……君は模範囚だし、多少は便宜をはかれるよ。周囲も、君が食べる姿は『癒し』と笑っていたしね」
その言葉に頬を染めるプティ。
なんと純情で可愛らしいのだと思った。
「い、『卑しい』だなんて……お恥ずかしい限りですわ……」
ちなみに本人は、そんなにがっついて見えてたのかと誤解して、内心で羞恥に悶えていた。
その後、プティが「と、特別扱いは結構です……私、もっと淑女らしくならなくては……」なんて呟きはじめた様子をみながら、リブラは皮算用をはじめる。
潜入調査中の身なので伝えてやる事は出来ないが、彼女は、おそらく近いうちに自由の身となるだろう。
そして冤罪をふっかけた高位貴族のポストがいくつか空き、ロースター家はそこに陞爵されるはずだ。
そうなれば彼女は伯爵令嬢。
王族の伴侶としても釣り合いが取れる身分になる。
その時がきたら……真っ先に彼女に求婚しようと決意するリブラ・ゾルディック第三王子であった。