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虎ノ門の銃声

 翌朝、伊月は仮眠室で笠木に呼び起こされた。

「起きな。六本木オフィスの出動支援だってさ…… まったく人員不足もいいとこだ……」

既に笠木はスーツを着込み、ショットガンへ弾の装填も終えていた。伊月が腕時計を覗くと時刻は朝七時だった。まだ目が開ききらないまま素早く、ネクタイを締め、スーツを着込むとオフィスへと出てきた。

「相手と場所は?」

「虎ノ門にある新中央警備株式会社・本社。ターゲットは企画部長・香取淳二。他三名」

それを聞いた伊月の顔が変わった。

「経済部の連中が新中央警備の関係者の懐を洗い出したら、その男が浮かんだ。べらぼうな額の金を動かしていたらしい。まぁ、今回は数合わせのお手伝いだから、持っていくのはショットガンでもルガーでも何でもいいと思うよ」

伊月はうなずき、ロッカーからイサカのショットガンを取り出した。

「じゃあ急ごう」

 廊下へ出た二人は、巡回から戻ってきたハワード・楊とすれ違った。

「おはよう、ハワード。あ、そうそう、警備関連の株、今すぐ売ッ払った方がいいよ」

「なに?」

「今すぐだぞ!」

振り向いて言いながら足早に去って行く笠木に、楊も困惑して振り返った。

「おい、あれはインサイダーだ」

セドリックの運転席に座るなり伊月が咎めると、助手席に座った笠木は苦笑いした。

「大丈夫だっって、きっと売らないよ。それに、あれくらい言ってあげなきゃ次に顔合わせた時に心が痛むからね……」

伊月は返答に困り、無言でイグニッションキーを捻った。



 午前九時三十分、虎ノ門。通勤中の会社員が歩道を足早に行き交う中、無数のサイレン音がビル街の空に反響した。屋根に青い回転灯を光らせた黒塗りのセダンとSUV、十数台がとある高層複合ビルのエントランス前を塞ぐように停車した。数台はスピードを緩めずに地下駐車場へ。更に数台はビルの側面出入り口、裏手の業務搬入口の前を塞いだ。車の中からサブマシンガンとアサルトライフルで完全武装した制服保安官補の一団が一斉に駆け下り、エントランスへと駆け込んだ。

「おい、止まって。一体何の騒ぎで……」

ビルを警備していた新中央警備の警備員がとんできて事情を聞こうと制止したが、すぐさまウージー・サブマシンガンの銃口を向けられ凍りついた。

「連合保安局だ! 動くな!」

拳銃で武装したコート姿の保安官が、司法局の発行した令状を掲げて怒鳴る。

「強制捜査だ! 制圧しろ!」

エントランスの警備員達は瞬く間に手錠をかけられ無力化されてしまった。保安官補達はエレベーターのコントロールを確保し、五階から十二階にテナントとして入っている新中央警備株式会社の本社に突入した。

 正面エントランスの確保の為、ショットガンを手に車外に出た伊月と笠木は高層ビルを見上げた。

「コンダクターXの確保、決まりかな?」

笠木の独り言のような問いに伊月はうなずいた。

「だが、この人数では、ビルの側面の確保が不安だ。様子を見てくる」

伊月の言葉に笠木はうなずいた。

「了解、じゃあ僕はここを確保してるよ」

 正面の警備を笠木に委ね、伊月はビルの左側にある公園となっている一角へ向けて歩き出した。


 執務室の窓の下に見える保安局の車両を前に、香取淳二は恐怖と混乱の底にいた。

「クソ! まずいぞ!」

香取は怒鳴りながら、もしもの時の為に用意していた逃走用の手提げスーツケースをクローゼットから引っ張り出した。机の引出しからレジ袋の包みを取り出すと、狼狽する部下達の前に放り投げた。ガタっと音立てた包みの中には数丁のフィリピン製リボルバーが入っていた。

「これで食い止めろ!」

「部長! そりゃ、あんまりですよ! 相手は保安局ですよ」

人事部係長の遠藤が泣き叫んで首を振った。警備職の部下二人も同様だ。

「黙れ! 撃ち合いをしろ、とは言わん! 時間を稼げ、その間に車の準備をする」

「そ、そんなぁぁぁ!」

遠藤は逃げ腰になってソファーから転げ落ちたが、他の二人は観念してレジ袋を解き、リボルバーを手にするとシリンダー内の銃弾を確認した。

 フロアの入口の方で何かが激しく打ち壊される音がした。それと同時に怒号と叫び声がフロア中に響いた。保安局が八階に突入してきたのだ。

「まずい…… すぐに呼ぶから行け!」

香取はそう怒鳴ると、執務室奥の防火扉を開けて非常階段へと飛び出し、一階を目指した。とにかく、この場から逃げなければ。その事しか脳裏には浮かばなかった。

 保安官補の一団が突入してきたので、遠藤と警備職の二人は廊下へ出てリボルバーを手にオフィスの方角へ中腰で進んだ。勇気を振り絞り、一人が廊下のドア陰から、突入してきた保安局員へ銃を向けた。それが命取りとなった。

「動くな! 武器を捨てろ!」

警告の声と共に一斉にサブマシンガンが火を噴いた。一秒足らずの間に、その男は血飛沫をあげてぼろ屑のようになって廊下に倒れた。残された二人の足元へ塗装の剥げたリボルバーが転がってきた。遠藤ともう一人の男は仲間の血を頭からかぶり、完全に抵抗する意志を失った。

「撃たないでぇ! 撃たないでくれぇ!」

遠藤は泣きながら慌ててオフィスへ飛び出し手を上げた。

「撃つな! この通りだ! 降伏する! 降伏する!」

保安官補達は素早く二人を拘束すると、香取の執務室になだれ込んだ。

「こちらチーム3。香取淳二は発見できず。捜索を継続します」

 香取は息を荒げて、肺が潰れそうになりながら階段を転がるように降りていた。階上で銃の連射音が響いたので、部下はもう駄目だと悟った。香取は息も絶え絶えに一階までたどり着き、非常口の鉄製の扉を体重をかけて押し開けた。

 暗い非常階段から一気に朝日のさす外に飛び出したので一瞬、目が眩んだ。目当ての清掃業者用のライトバンがすぐ近くに止まっていた。まだ追っ手はここまで来ていない。目が外の明るさに慣れた香取は、ライトバンの横にバイクに跨った黒い革のジャンパーを着た男がいる事に気がついた。ジェットタイプのヘルメット下の顔を見たとき、香取は少し驚いた。既に東京を発ったはずの山口と名乗る例の客の男だった。見慣れた口髭はきれいに剃られていたが、間違いなかった。山口は軽く笑ったかと思うと背中に手を回し、小型のサブマシンガンを構えた。素早かった。信じられないという表情の香取が何の反応をする間もなく、セカンドバッグくらいの大きさしかない小型のVz61スコーピオン・サブマシンガンから発射されたホローポイント弾が香取の胸にめり込んで炸裂した。最後に男はセミオートにセレクターを変えて、香取の喉に二発銃弾を撃ち込んだ。香取は目を見開いたまま緩慢な動きで地面に伏す。

「ご苦労、香取部長……」

男はサブマシンガンを放り投げると、一気にバイクのスロットルを捻った。


 伊月はビルの角から響く銃声を聞いた。公園になっているスペースを突っ切ろうとした時、横に設けられた細い車道を大排気量のバイクが走ってきた。バイクへ注意を向けた瞬間、伊月は足を止めた。見覚えのあるその顔に思わず目を見開いた。反射的にショットガンのセイフティを解除する。バイクの男も伊月を一瞥し、警戒するように目を細めた。男は一気にバイクのスロットルを捻って加速する。

「待て! 止まれ!」

伊月は一挙動でショットガンの構えの姿勢を取ると、警告の声ももどかしく引き金を引く。放たれた散弾は加速したバイクを捕らえられず、背後のコンクリの壁を抉る。伊月はポンプアクションで二発目を準備したが、バイクは巧みに通勤の人々の側を抜けて、ビルとビルの谷間の路地へと姿を消した。

「クッ!」

バイクを追って思わず通行中の民間人へ銃口を向けてしまったので、伊月はあわてて銃身を頭上へ逸らした。

「伊月!」

銃声を聞いた笠木がショットガンを構えてビルの陰から走ってきた。

「大丈夫か?」

笠木は緊張した面持ちで周囲を見回しながら尋ねた。

「……奴だ。軍閥の……正井武幸」

伊月は悔しさを飲み込むかのように口を歪ませてつぶやいた。

「え? 正井? こんなところに?」

それを聞いた笠木は目を丸くした。

―――奴は北海道に帰ったんじゃなかったのか?

その時、無線機から急を告げる通信が発せられた。

『こちらチーム四。香取が撃たれた! なんてこった! 至急、救急車を! 繰り返す、香取淳二が撃たれた!』

「ど、どういうこと……」

笠木は驚いてビルを振り返った。無線通信が慌しく行き交うその真中で、二人の保安官は公園に立ち尽くした。

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