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 朝、伊月が出勤しエントランスのセキュリティゲートを越えると、後ろから自分の名を呼ぶ声がした。

「おおい! イヅキ、ちょっと待った!」

振り向くと、寒さで顔を紅潮させた楊が鞄を手に走ってきた。

「うちのセクションで調べてみた。やっぱ出た出た。殺された銀行の支店長も宝石屋もちょっと前まで借金地獄だったよ」

 保安局では、事件の背後関係を追及するために経済犯罪対策部も捜査に加わり、連続強盗事件に関連のありそうな者のなかで、借金のあるものや急に不自然な収入を得た者の洗い出しを進めていた。

 二人は足早にオフィスに入ると着ていたコートを放り出し、急いで情報端末を広げた。

「少なくとも銀行の支店長だった織田は、高級クラブの女に貢ぐため消費者金融をはしごして破産寸前だった。貢いだ金額を考えると支店長の立場を利用して銀行の金にも手をつけていた可能性が大きい。破産確定でもう万事休すかと思われた三ヶ月前に銀行が襲われ、搬出直前の現金が奪われた。その一週間後、全ての借金を全て返済している。金の出所は不明」

楊はさらにマウスを手繰ってディスプレイ上に新しいファイルを展開した。

「次に宝石屋だけど、この不況で店の売上はここ五年の間右肩下がり、銀行からも融資を凍結されようとしていた。主な融資元である北総銀行上野支店で三年前まで査定係やってたのが、実は殺された織田だったりしたんだけど」

「二人は繋がるな……」

「他人じゃないね。で、この宝石屋の店頭のショーウィンドウに並んでた商品の半分が、イミテーションだったというのは知ってるでしょ?」

 殺されたモリタ経営者である三塚の自宅からは、本来店頭で売られるべきジュエリーやアクセサリーが多数梱包された状態で見つかり、総督府領外に密輸しようとしていたのではないかと見られている。一方、店頭には偽物の商品が売り物のように多数並べられ、三塚の個人の金庫からは多額の出所不明金が見つかっていた。

「つまり金に困った者同士が手を組み、都合の良い時に見せかけの強盗に入ってもらう。台湾人達の話を信じるならば納得がいく」

楊は一度画面のウィンドウを閉じ、別のウィンドウを開いた。

「襲われた先に内通者がいたという前提で、借金と不自然な収入の有無を調べたてみた。サラ金、クレジットローン、信用取引、その他…… 銀行二つ、宝石店、電器屋、倉庫…… あの台湾人の襲ったの関係者を可能な限り洗ってみたら、借金のある奴は判っただけで二十三人。うち、金返す目処が立たない者が五人。そのうちの一人は株の信用取引で損して百万以上の額だが返済できる様子は依然無し。他の四人は、額自体は小額だったりして、とりたてて無茶なケースは見当たらない。一方、不自然な収入のあった者だけど、該当者は三人。最高額を得ていたこの男は一夜にして五百万円の振込みを受けていた。でも調べてみたら、彼はクジの三等に当たったという超羨ましいラッキー・ガイだった。もう一人は親が亡くなって遺産を貰い、二百九十万弱…… 三人目は、一ヶ月間に断続的に合計百二十万円の収入があった。こいつがなんとも胡散臭くて調べるのもてこずったが、中身は大した事なかった。この男は、家ではネットオークションのやり手らしくて、電器屋の店員を勤める傍らでサイドビジネスをやってた。ただこの男は所得隠しをやってたんで、後で租税局からケツの毛までむしられる事になるね……アーメン」

伊月は腕を組んで考え込んだ。

「つまり、殺された二人以外、疑わしい金の流れは見つからなかった、ということだな」

楊はうなずいた。

「まぁ通常の調べ方をした段階ではそうだね。ただ、まだ見つかっていない北総銀行の出納役の男、この男にも不自然な金の流れは見当たらなかったよ。まともに考えて、支店の金の使い込みは、この男に悟られずに続けることは不可能な筈なんだ」

楊は未だ身柄を確保できていない、織田の部下に当たる広田寛司の情報を開いた。伊月はディスプレイに映る広田の顔写真を見つめた。

「広田の行方は、現在琉球警察や那覇駐在保安官事務所が追っている。一昨日に本島の土産物店でクレジットカードを使った事が判明してるが、まだ身柄は押さえられていない」

「お土産って、広田って男は高飛びじゃなくて本当に旅行してるだけなの?」

楊の問いに伊月は、判らないと首を振った。

「そうか…… じゃあ、おれは徹夜だったから朝飯食ってから寝るよ」

楊はそう言って、机の引き出しから激辛四川ラーメンのカップを引っ張り出した。

 楊が応接室に退いてテレビをつけると、毎日やってるお決まりのワイドショー番組が放映されていた。

『本日のゲストは、日夜東京の平和を守るために奮闘なさっている新人保安官補、関口伸一さんをお呼びしています』

「マジで?」

楊は思わず吹き出した。

『どもー、はじめまして! よろしくお願いします~』

本当にスタジオに関口があらわれ、楊は思わずのけぞった。

「あ、あいつ、何やってるの? 確か再訓練のはずだろ?」

「広報部の意向だ…… あれも『訓練』とのことだ」

顔を覗かせた伊月は冷めた口調で言った。

『しかし、このように治安の悪い今、敢えて保安官補という職に就こうと思った理由は何だったのでしょうか?』

アナウンサーの質問に対し、関口は普段は絶対に見せないハキハキした口調と爽やかな作り笑みで話し出した。

『実は、わたくしがまだ子供だった頃ですが、日本中の機能がストップして大変に混乱した時期があったじゃないですか。子供だったんで、何故そうなったのかは判らなかったんですが、外にも遊びにいけないし、夜の間に町内に悪い人が入って来ないように大人が夜通し見回るなんてことをやっていたんですが、非常に怖かったし良くない状態だと、子供心に感じていたんですね。これは何とかしなくちゃいけないと思ったんです。そうなると、やはり自分が大きくなって世の中の安全に貢献するには、連合保安局に入るのが一番だと思ったんですよ』

「おい! 嘘! 大嘘だよ! この前、自由に銃が撃てそうだから入ったって言ってたじゃん!」

画面を箸で指差しながら楊が叫ぶ。

『では見事に初心を貫徹されたのですねー、やはり伺いたいのは秋葉原での……』

白々しいやりとりがその後、延々と続きそうだった。

「いやぁ、プロバガンダって怖いねぇ……」

楊はソファーにあぐらをかきながら首を傾げた。

 伊月は窓の外へと顔を向けた。外にはマスコミや抗議団体の姿はもうまったく見られない。



 笠木が巡回から戻ったのはもう夕方遅くなってからだった。コートと帽子を脱ぐと、ショットガンから弾を抜き、所定のガンロッカーへと仕舞う。寒さで顔が真っ青だった。

「ああ~寒くてかなわない。もう外は十度以下だよ」

笠木は紅茶のティーポットを持って給湯室へと小走りに出て行った。

「確かに寒ぃっすね…… 事務に頼んで、暖房を強くしてもらいますか?」

暇そうにしていた有坂が漫画雑誌から顔を上げて、事務整理をしていた楊に聞いた。

「いやぁ、おれは気にならないね……」

楊はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、腕まくりしていた。見るからに暑そうだった。笠木がティーポットを持って戻ってくると、座席につくなりクンクン鼻を鳴らす。

「またカップラーメン? 飽きないね……」

「ブラディみたいに血色の悪いヤツには、こういう体の芯から温まるものがお勧めだよ」

確かに唐辛子いっぱいの激辛の食べ物は冬にはもってこいなのかもしれないが、なにぶん辛すぎる食べ物とカップラーメンの化学調味料の匂いが嫌いな笠木にはきつかった。

「また今度ね」

笠木はティーカップにアールグレイを注ぎながら言った。

「今日は張り込み?」

「うん、ある有名なロシア人武器ディーラーが六本木のクラブに姿を現したから、その身辺を洗ってた。ほら例の捕まえた台湾人達がアサルトライフルとRPGを購入したいと打診していた相手でね。でも今日は特に変わった事も無く、そいつは酒飲んで自宅へ帰っちゃったからスカだったけど」

「一つ終わったらまた一つと、そっちも忙しそうだね…… そういえば、天津女史が明日、東北に戻るって?」

笠木は楊の言葉を聞いて目を丸くした。

「え? そうなの?」

「え?って、知らなかったの?」

楊が意外そうに言った。

「だって京浜島以降、忙しくて…… そういえば会ってないな。……ま、いいか」

笠木はそう言って売店で買ってきたクリームパンをかじり始めた。

「だから伊月さん、なんか機嫌悪いんすね。あの人も澄ました顔してるくせに結局女じゃん。結構判りやすいっすね」

有坂がいやらしい笑みを浮かべながら言ったので、楊は思わずつられて笑いそうになったが、笠木がいる手前そうもできずに俯いた。一方笠木は、まるで有坂などそこにいないかのように、黙々とクリームパンと湯気の出る紅茶を口へ運びつづけていた。

 丁度その時、デスクの上に置いた笠木の携帯電話が着信を継げる振動を始めた。

「ん? 天津女史だ」

笠木は電話を手にとると、慌てて応接室へと走っていき中からドアの鍵を閉めた。

笠木がドアを閉めるのを待ってから、有坂がマンガ雑誌を放り出して応接室のドアを見た。

「前から思ってましたけど、あの人、ほんとコミュ力無いっすね。つまんねーオッサン」

有坂が心底呆れた様子で言うので、楊は否定するように手を振る。

「そりゃ、お前がつまんない冗談言うからだろ」

「何言ってんスか、自分だって笑ってたじゃないですか。あの人、あんなノリの悪い性格してっから、いつまでも相棒が決まらないんスよ」

それを聞いた楊は思わず笑った。

「そりゃ逆に、ミキオみたいなクソ生意気な半人前とツーマンセルを組むくらいなら、ブラディは、一人の方がいいって絶対言うだろうな。賭けてもいい」

それを聞いた有坂は膨れ面になる。

「確かに、あのオッサンの腕前は認めますよ。でも、あの人なんでいつも一人なんスか? どんだけ嫌われてんだよって」

「そーいや、前はいたよ。それも、息の合う最強のコンビだったんだけど……」

楊は物悲しそうにつぶやいた。



 応接室で笠木は天津からの電話を受けた。

『こんばんは、お仕事中だったら御免なさい』

「いや、丁度休憩中。そういえば、この前の突入のお礼、言ってなかったね。その節はどうも……」

笠木は応接室のソファーに腰を下ろしながら言った。

『いいえ、こちらこそお世話様。相変わらず見事なお手並みね。それに関口君の問題も一区切りついて一安心ね。今日、ハインツの所にもお見舞いも行ってきたけれど、元気そうだったわ』

「そうだったのか。彼には奥さんも子供もいるからね…… なによりだったよ。そういえば聞いたよ、明日、また東北へ行くって?」

『ええ、明日の昼過ぎの列車で。ここのところ、松本君から毎日のようにメールが来てて、向こうの現場もかなり大変そうなの』

「やれやれ、彼もしょうがないね…… ただ、これからもっと寒くなるから風邪にも軍閥の奴等にも十分注意して」

真面目な声で言う笠木の言葉に、天津は電話口でうなずいた。

『ええ、笠木君の方もあまり一人で無茶しないでね。温山栄相手にかなり無茶やったって聞いたから心配で。あと、危ない時は伊月君とも仲良くやってよ?』

「僕の事は心配しなくていいの。とにかく、こっちもようやく本来の業務に戻れたから、まぁ最善を尽くすよ」

『はいはい、明日は出発前に局に寄るからまたその時に。今回はゆっくりできなかったけど、この次こそ三人で美味しいものでも食べましょう』

天津は笑いながら言った。

「うんうん、とりあえず今日はよく休んで。じゃあまた明日……」

笠木はぶっきらぼうながらも穏やかな口調で言い、電話を切った。

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