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コンダクター

「……そうか。でも、変な話だとは思わなかったのか? 武器はタダでくれる。警報装置の黙らせ方も親切丁寧に教えてくれた。それだけじゃない、襲撃して強奪した品物はほぼ全て自分達の取り分にしていいなんて、普通は話がうますぎると警戒しなかったのか?」

通訳による伝達が終わるや、李英凱は早口で色々まくしたてはじめた。

「はじめは、私もそう思いました。それで喬に、こんな話は危ないんじゃないかと言いました。しかし…… 喬は言いました。その相手の男が言うにはあくまでこれはテストだという事でした」

 品川オフィスの大会議室。スクリーンに投影されたライブ映像の向うで、無精ひげを伸ばした小太りの李英凱は不安そうな表情で取調べ担当の保安官を見た。

 尋問室の様子はリアルタイムで会議室の保安官達に伝えられていた。どう考えても五割ほど丁寧になっているとしか思えない通訳の言葉を聞きながら、伊月は表情を険しくした。

「テストだって…… 良く判らないな」

隣に座った笠木はペン回しをしながらつぶやいた。

「その男は、何をテストていたんだ?」

 保安官の質問に、李は不安そうな表情で首を振って話し出す。

「それは、全く判りません。ただ、よくストップウォッチを持って、どれだけ早く自分達が仕事をするのかを気にしていました」

少しでも反抗的な態度を見せれば、再度、強力な自白剤が投与されると尋問チームに脅されていた為、李は素直に供述を続ける。また、李に差し出された濃いブラックコーヒーには若干のアルコールが混入されてたためか、李は次第に饒舌になってきた。

「その男は何もかも揃えてきました。武器や強盗の計画だけでなく、警報装置の解除の仕方を私達に教えるために、警報機破り専門の情報屋を連れてきた事もあります。そして、襲う先まで指示してきました。ただ、あれは強盗ではありません、正確に言えば。あれは強盗に見せかけた芝居みたいなものです」

通訳を介した李の言葉に会議室の一同はざわざわと驚きの声をあげた。

「芝居とはどういう事だ? お前達は実際に銀行で警備員二名を殺害、宝石店でも通報しようとした店員を撃って重傷を負わせているんだぞ。それが芝居だっていうのか?」

保安官の詰問に李はうなずく。

「宝石店のときは部下が焦って撃ってしまいました。しかし、銀行を襲った時は、訓練を積んだ警備員は危険なので、失敗を避けるために最初から殺すことになっていました。犠牲者が出たほうが狂言が発覚する危険性が減ると言うので、撃つ事になっていたんです。そもそも、銀行を襲った時にはケースにお金は半分しか入っていませんでした。宝石店の時は、半分がイミテーション……偽物で、私達の利益はどちらの事件でも、テレビニュースで言ってた金額の半分くらいでした」

「つまり、狂言強盗だったってわけ? どうなってんだよ」

笠木はスクリーンを見ながらつぶやいた。伊月は黙ってスクリーン上の李を見ていた。

「ということは、お前達がやった強盗は全部擬装強盗だと言いたいのか?」

「いいえ、それは銀行と宝石店の二回だけです。最初からそういう話になっていました。二件目の銀行には、そこで働いている人……協力者がいませんでした。でも、例の男達がそこを襲うよう言いました。協力者がいないので夜襲うことになり、その時に爆薬を使って店舗の鋼鉄シャッターを破壊して侵入しました。でも、時間切れになり、金庫室への侵入に遅れたのであまり儲からなかったです」

「失敗できない仕事…… リハーサル……」

伊月はつい脳裏に浮んだ言葉が口をついて出てしまった。笠木が横目で伊月を見る。

――たしか津軽上陸作戦の三ヶ月前、青森の日本海岸に設けられたいくつかの監視廠が立て続けに上陸してきたコマンドの襲撃を受けたことがあったが…… 世連軍は日本海側の警戒を強めたが、上陸作戦本番では正井達は太平洋岸からやって来た。

伊月はそう考えながら、自分の脳内で李の供述に出てきた『提供者』と北海軍閥の正井の顔が交錯したが、そう決めるにはあまりにも早計に過ぎると思い直し、頭を振った。

 そんな伊月を尻目に、笠木はパーカー製のボールペンを机に放り出し腕を組んだ。

「TEC9にイングラム、おまけにグレネードランチャー…… よく揃えたよな。これを仕組んだ男、ミスターX氏って一体何屋なんだろうね?」

伊月は笠木の独り言には応じず、黙してスクリーンを見つめていたが、次に笠木が口にした言葉には、思わず顔を向けてしまった。

「そういえば、こいつらってコンピューター屋を襲った事って無いよなぁ……」

笠木はそうつぶやきプリントを捲っていたが、伊月が急に反応を示したので怪訝な顔をした。

「ん? 何?」

伊月は一旦息を呑んでから聞き返す。

「……このグループがコンピューターを盗んだ記録は無い。何故そんな事を聞く?」

「いや、別に…… 君こそ『失敗できないリハーサル』って何さ?」

笠木がボールペンの先を伊月に向けて睨みつけた。思わぬ反撃を受けた伊月は、軽い狼狽を気取られぬようにスクリーンへと視線を戻し、首を振った。

「お前には関係無い事だ…… ただ、一連の事件をコンダクトした、お前の言うミスターXという男が一体何を得たのかを考えてみろ」

「コンダクターXのゲイン(利益)…… 判らないな。で、伊月先生の考えるそのこころは?」

「実践経験だ」

伊月はスクリーンを睨みながら小声で言った。笠木はふーんと唸りながら椅子の背もたれに寄りかかった。

 二人はお互いに居心地の悪さを感じながら、その後尋問の中継が終わるまで口を開く事は無かった。


「実践経験……」

 笠木は一人、会議室での伊月の言葉を反芻しながら品川オフィスのロビーから正面玄関へと出た。目の前の車寄せには、秋晴れの陽光を反射する白のBMW5シリーズが停められていた。

 車の周囲にいる二、三人のジャンパー姿の若い男達の姿を認めるや、笠木は左脇に抱えていたショットガンの安全装置を解除した。男達は明らかに流氓だった。男達も、ショットガンを手にした笠木に気づき、緊張した様子で鋭い視線を返してきた。

 急に流氓の一人がエントランスの方へ向き、急に頭を下げた。笠木が振り向くと、エントランスから興龍幇の謝国忠が肩をいからせて車寄せへとやってきた。京浜島の一件以来、部下の構成員と共にずっと拘束されていたのだが、捜査上の判断でたった今解放されたところだった。

 謝は大仰な身振りでサングラスを掛ける。いつもは手入れをして上に立てている髪が、長時間の拘束の間に、すっかり額のほうへ下がってしまったのを、しきりに上向きにしようと撫でながら歩いてくる。その謝の姿は、カッコいいどころか笠木には酷く滑稽に見えた。

「やぁ、久しぶりに拝むお日様はどうだい?」

笠木が声をかけると、謝は笠木を威圧するように顎を突き出しながら近づいてきた。

「次会ったら殺す。お前だけは必ず殺す!」

怒り剥き出しでそう言う謝に笠木は笑いながら言い返す。

「はいはい、じゃあ僕も、きっといつか君をブチ殺すよ。これでおあいこ。とにかく、温大人に伝えて。ご協力に感謝するって」

「舐めるなよ! 脅しじゃねぇぞ!」

笠木に詰め寄ろうとした謝は、部下達に促されてBMWの後部座席へ押し込まれるように乗り込んだ。走り去る車を見送りながら、笠木はショットガンの安全装置をオンにした。



「やはり、スポンサーに相当する人物がいた訳ね……」

 その日、新宿オフィスに出勤してきた天津は、相棒と局内のカフェで湯気の立つコーヒーを囲んでいた。向かいに座った伊月は無言でうなずいた。

「台湾系のギャンググループに武器と装備それに警備システム突破の技術を提供したXという男。やはり動機が謎ね」

伊月から取調べの概要を聞き、天津は携帯端末で保安局のデータベース上に記載された秋葉原事件の容疑者達の取り調べ記録を読み返しながら、そうつぶやいた。

「面会時は常に覆面を着用し人相は不明。年齢は三十代から五十代、痩身筋肉質、方言らしきアクセントは無し…… これは聞き手が外国人だからアテにはならないわね」

天津は、供述のレポートにある提供者ことミスターXの特徴を読みながら首を傾げた。

「この男、警備システムに詳しいだけじゃなくて、襲撃時にいかに効率良く動けばいいかも指導してる。襲撃の時間配分やカメラの死角、制圧するべき相手の優先順位…… 非常に軍隊的なものを感じるわ」

伊月はそう言う天津の声も遠く、先週警視庁の上溝と会った時の話を思い出していた。連続強盗犯は当初、同じタイプの警報機を使った標的を襲撃するのではなく、あらゆるタイプの警報機に挑戦するように襲撃先を選び、それをことごとく打ち破っていったことを思い出した。そして一昨日、警備システムの集大成とも言えるアキリーズ・システムがいとも簡単に破られた事は、果たして偶然なのだろうか……

「そういえば、舟渡の事件なんだけど、情報がちょっと……」

 天津の言葉で我に返った伊月は、カップのコーヒーを一飲みすると、相棒から窓の外へと視線を移す。ため息をついてから伊月は口を開いた。

「実は昨日、部長に呼ばれて舟渡体育館まで行って来た。情報は世連軍に完全に統制されているが、部長と一緒に非公開の遺留品も見てきた。この事件、北海道の仕業だ……」

「え?」

天津は驚きと困惑で顔を曇らせた。

「ミカミ電子は世連軍と強い関わりがあるようだ。捜査は総督府が全て押さえている。残念だが、この捜査はもうこれ以上進まない……」

「そんな……」

天津は信じられないという表情で絶句した。

「なら、やっぱり東北でのプロセッサ大量密輸と無関係とはとても思えない」

天津はミカミ電子の演算装置を満載した密輸トラックを摘発した時のことを思い出した。

「やっぱり、わたしも早く戻らないと駄目ね。実は、昨夜保坂さんから指示が出て、三日後に東北に戻る事になったの」

今度は伊月が驚いて、相棒の顔を見つめた。顔には驚きと悲しみの表情が広がる。そんな相棒を鼓舞するように天津はあえて明るい表情で言った。

「そんな顔しないの。いつまでも松本君ひとりに任せておける規模の事件じゃないでしょ? それにこの事件をこのまま葬り去っていいとは思えないわ」

伊月は無言でうなずいた。

「それに部長も、こちらの捜査が一段落したら国境地帯に応援を送ってくれっていっていたわ」

 天津は端末のふたを閉じてコーヒーを飲み干すと、額におりた髪をかきあげて窓の外を見た。

「そういえば関口君の再査問って明日だったのね……」

思い出したように天津が言った。

「関口の事はもう心配する必要は無い。テレビをつければうんざりするほど出ている」

「そうね、笠木君もついているし……」

天津は窓の外を見ながらぽつりとつぶやいた。伊月は黙ってコーヒーをすする。

「心配なのは綾子ちゃんね…… さっき、今日から事情聴取が始まると聞いたけど、まだかなり塞ぎ込んでいるって」

伊月も、菱川綾子の事は聞いていた。伊月自身、銃撃戦当時の様子は知り合いの保安官から伝え聞いた程度の事しか知らなかったが、菱川の軽率な行動がハインツの負傷に繋がった事は聞いていた。

 ただ、激しい銃撃戦の最中での事故とあって、今回の事件で菱川が何らかの責任を問われるとは考えにくかった。また、この件でいくら心理的ショックを受けようとも、それはすべて自分の力で乗り越えねばならない壁だった。今回のようなショックを乗り越えられないようでは、到底保安官補の職は勤まらない。

「この件だけは、彼女は自分で乗り越えて学ばなければならない。私にも美吹にも、その後押しをしてやる以外に出来る事はない」

「そうね、そう思うわ」

天津には相槌を打つことしかできなかった。



 菱川綾子に対する聴取が終わったのはその日の午後だった。いつもまとめていたセミロングの髪はふりみだしたまま、服装もいつものスーツ姿ではなくパーカーとジャージという有様で、化粧をしない真っ白な顔で取調室を出てきた。

「大体の事は有坂から聞いているから、お前から聞く事はもう無いと思う。美味いものでも食って、よく寝て、はやく復帰できるようにしろ。クレーゼ保安官も、菱川が無事と聞いて安心していたよ」

一緒に取調室から出てきた村岡が励ますように言った。

「はい……」

菱川は消え入りそうな声で返事をした。

「とにかく、二、三日はゆっくり気を紛らせろ。それまでには新しい指示が来るだろう。あと、今すぐでなくてもいいから、クレーゼの見舞いに行ってやれ。なんたって命の恩人だからな……」

菱川は頭を下げて、村岡と別れた。

 結果的に事件からこれまで、菱川を強く叱責する者は誰もいなかった。はっきりしているのは、未だ自分が保安局の一人前の職員として扱われていないという現実だった。致命的な判断ミスを犯し、その延長で同僚が瀕死の重傷を追うという、決して許されない失態を見せた自分に対し、声を荒げて責める者はいなかった。ただ、無表情に自分を見つめるだけだ。一層、叱り飛ばしてくれる方がどれだけ気持ちが救われただろうか。これまで大きな挫折無く進んできた自分にとって今回の事件は、どれだけ自分が未熟で、思っていた以上に周囲に期待されていなかった事を思い知らせるものだった。

 菱川がオフィスから出ようとした時、ちょうどロビーに置かれたテレビではニュース番組が流され、ここ数日間に何度も見ている、京浜島突入直後の関口の顔がアップで映し出されていた。

『任務を遂行でき、うれしく思っております』

『その件は、後ほど会見にて申し上げます……』

菱川は、笠木に促されて車まで歩く関口の顔を見つめた。菱川には、関口の不安と困惑を押し隠す酷いつくり笑みの下に、ある種の自信と達成感が隠れているように見えた。自分が散々罵倒し、つらくあたった時、関口は一体どんな気分だったのだろうか。そして、あの時の自分はどこまで自信過剰な思いやりのない仲間だったのだろう。菱川は自分のあまりの情けなさと愚かさを感じ、休憩コーナーの衝立の裏に駆け込むと、声を殺して泣き出した。



 西日に照らされた荒れた路面に一台のスカイラインが止まった。八丁堀。その一角にある北総銀行の支店の前に止まった車から、三人のスーツ姿の男達が出てきた。三人とも警視庁捜査一課強行犯係の刑事だった。

 一人は裏口を見張るためビルの裏手へとまわり、二人の刑事達はすぐに銀行のカウンターへと進み、支店長である織田渉への面会を求めた。応対に出たのはやや若くて人当たりの良さそうな、副支店長を務める男だった。

「副支店長の松村です。本日、あいにく店長の織田がお休みを頂いておりまして、よろしければ代わりに私が承りますが」

淀みなく流れる営業的な活舌で話す松村を前に、刑事二人は顔を見合わせた。

「支店長は何故来てないんですか?」

刑事の問いに、松村も困ったような表情を浮かべた。

「ええ、実は本日、いつまでも出勤しないので自宅の方に電話を入れたのですが、全く連絡がとれないんですよ。携帯電話のほうにも何度もかけてみたんですが。今までこういうことはなかったんですが……」

そう、言いづらそうに話す松村を前に、刑事達はすぐに表情を厳しくした。

「所轄の人間を至急自宅へまわせ」

一人はすぐに携帯電話を取り出し、本庁の捜査本部へとダイヤルを始めた。

「あのお、警察の方が一体どのようなご用件で……」

事情が飲み込めずに愛想笑いを浮かべる副支店長へ、刑事はなおも質問した。

「もう一度お聞きしたいんですが、三ヶ月前の現金強奪事件の際、五千万円の現金が搬出間際に突如強奪されましたね。実際にその現金の搬出準備をされたのはどなたですか?」

「ああ、あの時の事件のですね…… 確か事件後の事情聴取でもお話したかと思いますが、あの日は支店の現金を日本橋本店の大金庫に運び込むため、支店長の織田と出納役の広田が搬出の準備を行いました」

「じゃあ、広田さんにもお話伺いたいんだが、呼んでもらえますか?」

松村は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。捜査で来ているのに、まるで銀行の客を相手にしているような松村の態度に、その刑事は少し苛々してきた。

「実は広田は長期休暇を頂いておりまして、……今は琉球の方へ旅行へ行っているはずです」

刑事は思わず舌打ちした。

「じゃあ、事件当日、搬出される現金を見たって人は、この銀行には今いないって事だな?」

「はぁ…… まぁ、そういうことになりますね。あの日はたまたま支店長と出納役が二人で準備してたんですが。一応、内規で支店の出納役が立ち会って確認すれば良いことになっておりますから。あのぉ…… 例の事件がどうかなさったんですか?」

松村は真顔で刑事に聞き返した。


 二十分後、江東区内の住宅で中年男性の射殺体が、駆けつけた管区自治警察の警察官によって発見された。男性は背後から後頭部を・三八口径の拳銃で二発撃たれており、ほぼ即死とみられた。その日の夕方までに、被害者は北総銀行八丁堀支店の支店長、織田渉であることが確認された。

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