狩りの季節
謝国忠。三十一歳。日本に来て九年になる。謝は温山栄の前以外では常に、太い樹脂フレームのレイバンの黒いサングラスをかけるようにしている。かつて香港映画で見た映画スターのような『粋なワル』に見えると思っているからだった。
十代の頃から、上海の旧市街で同世代の仲間と徒党を組んでやりたい放題の悪さをやった挙句、対立していた少年グループの一人を喧嘩の末に刺し殺し、報復を恐れて日本へ逃げてきた際に、同郷のよしみで面倒をみてくれたのが温山栄だった。その後、温の元で様々な抗争と修羅場をかいくぐってきた。今ではその腕を認められ、温が力を行使する際の『手』となって働いている。
もっとも、温がトラブルを力によって解決しようとすること自体は非常に稀だった。いつもぎりぎりまで荒事を避けようとする。ただし、相手があまりに愚かだったり、事が完全にこじれてしまった場合には、温は力に訴えて全力でその問題を解消するよう謝に命じる。一度、実力行使を命じた温の指示は常に冷徹だった。温はいつも謝に『徹底』を求めた。それは市井の一般人を包む法律とはまったく別の掟だが、温の指示は常に正しいものであったと謝は信じている。謝は温へ深く尊敬と畏怖の念を抱き、その判断を疑った事はない。
今回、馮祥煕が殺された時の温の怒りは、謝が今まで見た事がないくらい激しいものだった。幇の規範は重い。謝の所属するコミュニティーを支える核は秩序に他ならなかった。相手が何者であれ、それを乱した者には厳罰が下される。
謝を乗せたBMW5シリーズは首都高速湾岸線を東へ向かい、浦安の臨海地区にある古い倉庫へとやってきた。その場には既に部下が待機しており、BMWが倉庫の搬入口をくぐると同時にシャッターを引きおろした。
謝が車のドアを開けると、耳に男の悲壮な叫び声が聞こえた。謝は声のする方へと歩いていった。
裸電球の下で、ズボンだけを履いた男が鉄板の上に鎖で縛り付けられていた。歯茎からのおびただしい出血で口内は真っ赤に染まり、へし折られた前歯は上下ともほとんどなくなっている。金色に染めた短髪は血で黒く染まり、腹部の塞がりかかった銃創は刃物で無理矢理抉られ、血溜まりが鉄板を伝ってコンクリ剥き出しの床へ染みを作っていた。
「兄貴、まだ吐きません」
ゴムエプロンとゴム手袋を身に付けた太った男が謝に向かって言った。謝は大きく舌打ちすると一言だけ、もっとやれと指示してズボンのポケットへ両手を突っ込んだ。エプロン姿の男は無言でうなずくと、真っ赤に血で染まった解体用の包丁を手にし、縛られた男の右瞼に力強く突っ込んだ。この世のものとも思えない呪い声のような悲鳴が広い倉庫を満たした。
鮮血で顔半分が真っ赤になった半裸の男の耳元で謝は標準中国語で訊ねる。
「喬は今京浜島にいるのかいないのか、どうなんだ? おまえもはやく帰りたいだろうが、え?」
男は力弱く首を縦に振った。
「集まった人数は何人だ?」
男は再度うなずきながら、二十くらいと、消え入りそうな声でつぶやいた。
「人数は二十人、武器は連射銃、間違いねぇよな?」
謝の詰問に男は何度もうなずいた。
「た、助けて…… 全部話したから、助けてください」
「よーし、いいだろ。もういいぞ……」
謝は男から顔を離すと背中を向けた。部下達が空のドラム缶と大きな金属のハンマーを持ってきた。上海人の一人が図太いピアノ線を両手に巻きつけて血まみれの男に近づいていった。
「ありったけの銃を持ってこさせろ。今夜中にケリつけるぞ」
謝の背後で、縛られていた男が足を激しくばたつかせて暴れ出し、低い苦悶のうめき声を発したが、それも一分もしないうちに静かになった。
その浦安の倉庫へ三台のワゴン車が到着したのは一時間後の事だった。ワゴン車から黒い革ジャンパーやウィンドブレーカーを着た男達が出てくると、謝は彼らの前に立って大声で言った。
「さっき言った通り、これから殴り込みをかけて、奴らを皆殺しにする。温先生からの命令だ。抜かるなよ」
男達はうなずくと、拳銃やサブマシンガン、マグロ解体用の包丁等を手にして車へと戻っていく。謝は黒い飾り気のない無骨なサブマシンガンMAC10イングラムを手にすると自分のBMW後席へと乗り込んだ。
謝は先行する三台のワゴン車のテールランプの光を見つめながら、自分に言い聞かせた。
――一人も逃がす訳にはいかない…
謝は膝に置いたグリップを握ると、銃のてっぺんについているボルトハンドルを引く。車内に金属の擦れる小気味いい音が車内に響いた。
車のヘッドライトと街頭が数珠のように煌く深夜の首都高湾岸線を、三台のワゴンとそれに続く一台のBMWは東京港トンネルと大井ジャンクションを超えて一般道へと降りた。
「もう少しだ。気づかれないようにな」
謝はBMWの後部座席からそう号令をかけて、自分の膝の上に置いたイングラム・サブマシンガンの銃口に、断熱材を巻いたサウンドサプレッサーをねじ込んだ。
四台の車は湾岸道路を更に南へ下り、京浜島へと入ると左へ曲がった。頭上を、大音響を響かせ羽田空港から離陸する飛行機が擦過してゆく。
かつては東京港の物流を支える倉庫街の拠点の一つであった京浜島も、今では無数の倉庫や廃工場が放置されたままとなり、その屋根や壁面は潮風を受けて赤黒く錆が浮かんでいる。その倉庫・工場郡は、多くの不法占拠者にとっては格好の寝床だった。路肩や駐車場の跡地には大型トレーラーやフォークリフトの残骸が朽ちるままに取り残されており、ひび割れだらけのアスファルトの街路にはドラム缶で火をたいて暖をとるこのスラムの住人達の姿が見える。
目的の倉庫はまだ倉庫として使われている数少ない建物の一つだった。金属製の波型屋根を持つ総二階建ての無機質な建物の窓には蛍光灯の灯が見て取れる。三台のワゴン車はその倉庫の敷地を囲むように、三方に離れて停車した。謝を乗せたBMWは一ブロック隣の空き倉庫の正面に止まり、エンジンを切った。
いくら相手が、強力な武器を持った跳ねかえりのギャング集団とはいえ、配下の二十一人は全員、拳銃もしくはサブマシンガンを装備した荒くれ者揃い。敵の不意を突けば楽に始末できると謝は考えた。三台のワゴン車からそれぞれ、準備完了を知らせる連絡が謝の元へ入った。謝はトランシーバーを掴んだ。あとは命令を出し、事が終わったら奴らの屍を確認するだけだった。
大きな航法灯で埋立地全体をまぶしく照らしながら、覇音を響かせて羽田空港に着陸するジャンボ機が頭上を通り過ぎようとしていた。あたりが一瞬まばゆくなった。飛行機の騒音と照明が消え、命令を下そうとしたその時、埠頭のうらぶれた倉庫街には場違いな黒塗りの高級車が仲間のワゴン車の前を塞ぐように止まり、中からコートを着た男達が飛び出してきた。皆、手には不恰好な銃らしき物を手にしていた。
「な、なんだあれは……」
そう言いかけた途端、車のサイドウィンドウにゴツンと音をたてて、金属質の硬いものが突きつけられた。自分のこめかみから二十センチの左のガラス越しに、黒々とした銃口が口をあけている。謝の目はすぐに金バッジの反射光を捉えた。数時間前に高田馬場で顔を合わせた保安局の笠木がニヤニヤ笑いながら、拳銃を自分の頭へ向けて立っていた。まるで夜闇から急に実体化したかのように……
同時に現れた別の保安官二人もフロントガラス越しにサプレッサー付のサブマシンガンで前部座席の部下を牽制した。謝は自分の右手にサブマシンガンを持っている事すら忘れ、思わず前席の部下達と顔を見合わせた。笠木はドアを開けるよう、窓ガラスをノックした。このBMWは防弾車ではなかった。謝はもう手遅れだと悟った……
謝が窓を開けると、笠木は銃を構えたまま笑った。
「こんばんは。いい夜だね、謝。こんな夜にそんな危ない物を持ってどこへ行く気だ?」
謝はサングラスをはずし、怒りのこもった目で笠木を睨みつけた。
「貴様…… どういうつもりだ!」
「道案内ご苦労、とても助かったよ」
謝は左手に持ったトランシーバーの発信スイッチを探った。ワゴン車にいる手下に伝えれば、まだ間に合うかもしれない。だが、見える所に止まっているワゴン車からは、手下が保安官によって次々と引っ張り出されていた。どの保安官も銃声を小さくする為のサプレッサーを装着した銃を構えている事に謝は気が付いた。それは保安官達が普段使うような装備ではなかった。
「兄貴……」
助手席の部下が不安そうに指示を仰いだ。謝は相手の意図が判り身を強張らせた。相手は本気で殺るつもりだ……
「大人に伝えろ。こういう結果になって残念だとね」
そう言う笠木へ、謝は敵意剥き出しの形相で怒鳴った。
「貴様、このままでは済まないから覚悟しておけ!」
謝の強がりに、笠木は目を細めた。急に笠木の目から温かさが消えた。
「覚悟だって? いいか? 忘れるなよ。マシンガンを持って集まっている奴を、今回だけは許してやるんだ。普通なら不意を討って皆殺しだよ。だから、騒ぐんじゃない」
笠木はそう言って、サプレッサーの付いたドイツ製のH&K Mk23拳銃のハンマーを撃発位置まで起こした。バネのはじける冷たい金属音が響く。世連の外務調査局が保有する特殊部隊向け消音拳銃だった。
「……抵抗するな。やつらに武器を渡せ……」
謝はそう言ってサブマシンガンから手を離し、両手を上げた。
車の外へ引っ張り出されると後ろ手に手首をナイロン製の手錠で縛られ、横一列に並べられている部下達を見ながら、謝は懐から煙草の箱を取り出した。
「悪いが遠慮してくれ。嫌いなんだ」
BMWの後部座席に並んで座った笠木が、相変わらず銃を向けたまま言った。自分の車の中であったが謝にはそれを断る事ができなかった。
「……汚ぇ野郎だ。いつからつけてやがった!」
謝は煙草をスーツのポケットに突っ込みながら怒鳴った。
「最初からずっとだよ。温大人は奴らを決して許さない。そう踏んだだけさ」
謝はそれを聞いて、観念したかのように深くため息をつき脱力して背中を丸めた。
「あ~あ、おれはどうすりゃいいんだ? まったく情けねぇ」
「ゲロすりゃいいのさ」
自分の命は笠木の意のままである事を謝は判っていた。無法者は容赦なく殺す。眼前の一見貧相な男はそういう男だという事を謝はよく理解していた。その冴えない風貌や柔らかい物腰を甘く見て、今では墓石に名前が刻まれている者を謝は何人も知っている。謝は諦めた。
「二、三週間前から、腹に銃創を負った男が治療のため通ってくるっていうタレ込みが品川の闇医者からきた。不審に思って調べてみるても、身元がはっきりとは判らねぇ。しかたなく、おれ達が捕まえて締め上げると、高雄から来た男で、洗いざらいあっさりと吐いた。撃たれたのは秋葉原で電気店を襲った時だとよ」
――やはり、関口とやり合った連中か……
笠木は手がかりを掴んだ喜びを顔に表さないように、顔をしかめてうなずいた。
「へぇ…… でも、秋葉原で事件を起こした奴がお宅のところの金庫番を殺したって証拠はないだろう?」
「まぁな。でも、調べてみたら、そいつらが組織に属さず、縄張りを気にせず暴れまわっているっていう事がすぐに判った。リーダーは台湾人の喬拓明。台南で殺しをやって逃げてきた野郎だ。喬の周囲を洗っていたら、なんと奴らの方からおれ達のところに、馮殺しの事で許しを請う連絡が入ってきた」
笠木は思わず吹き出した。
「なんだよ、向こうから白状しちゃったのか。やってしまった今になって怖気づいたか?」
「ああ、多分な…… おれが知ってる事はここまで。さぁ、後は好きにしてくれ」
謝はそう言って頭の上で手を組んでシートにふんぞり返った。
「最後にもう一つ、君らが捕まえたっていう、その腹を撃たれた台湾人を渡してほしい。こっちも聞きたい事があるからさ」
それを聞いた謝は嫌な顔をして笠木から視線を逸らした。
「そりゃ…… もう、無理だ……」
「何でだ? まさか断るつもりか?」
笠木は拳銃の銃口を謝のこめかみにグリグリと押し付けた。
「仕方ないだろ! もうバラしちまったんだから、いねぇんだよ!」
謝が弁解するように海を指差してわめいた。
「はぁ? まさか、もうやっちゃったの? ……君には呆れ果てたよ」
笠木は思わず引き金を引いてやろうかとさえ思った。
翌朝、天津美吹は西新宿オフィスにある自分のデスクの有様を見て、思わず言葉を失った。一ヶ月留守にしていた間に座席の上には、捜査資料や封書、バインダーが山のごとく積み重ねられている。事務員が連絡用の書類を機械的に配り続けてきた結果だ。もう必要ではない物もあるが、そうでない物もたくさんあるので、全てをチェックし分別しなければならないだろう。
そんな途方に暮れた様子の天津を見て、隣のデスクにいた菱川綾子がクスクス笑った。
「天津先輩でも、困って立ち尽くす事があるんですね」
「あら、綾ちゃん。それ、どういう意味?」
「だって、先輩はいつも冷静沈着で、あまり困ったり考え込んだりしないじゃないですか?だからちょっと意外です」
それを聞いて天津は苦笑した。
「この整理をしろと言われて困惑しない人の方が珍しいと思うけど…… ところで、綾ちゃんは今日夜勤?」
「いいえ、今日は有坂さんと巡回後非番です。先輩こそ非番じゃなかったんですか?」
天津はデスクに詰まれた書類を分別しながら残念そうに首を振る。
「そうもいかないの。これから部長とチームに中間報告をして、今後東北へ戻ってどうするかを、再度検討しないといけないから」
「え~そんな大変なんですかぁ…… やっぱりわたしはずっと都市警備が向いているのかなぁ」
二人がそんな談笑に興じているところへ、ファイルを抱えて入ってきた伊月が天津を呼び止めた。
「美吹、報告の前に、軍閥の件で確認したい事がある。少しいいか?」
「ええ、今行こうかと思っていたところ」
そう言って、天津は温かいエスプレッソの入ったコーヒーカップと分厚いバインダーを手に伊月と出て行った。
「確認とかなんとか言っちゃって、ほんとは逢引なんじゃねぇ?」
二人が出て行ったあと、退屈を持て余していた有坂幹夫が椅子にふんぞり返ったまま、いやらしい冷やかしを口にした。
「伊月さんは絶対、有坂さんみたいな人とは違います~」
菱川がそう口を尖らせた。
「でもよぉマジな話。いつも不機嫌な顔の、あの堅物も昨日と今日はちょっと機嫌いいみたいだな」
真面目な顔をして有坂が言うので、菱川も腕を組んで考え込んだ。
「やっぱり噂どおり、伊月さんって天津先輩の事が好きなのかなぁ…… だとすると、すごいショックなんだけど~」
まるで好きだったアイドルが結婚してしまったかのような口ぶりで菱川が嘆く。
「はいはい、アヤコもミキオをそこまで。誰だって自分の相棒が戻れば嬉しいものさ。ところで、二人とも都市警備部のミーティングは何時から?」
PCに向かって作業していたハインツ・クレーゼが笑いながら、バカ話を手際よく収めた。
「あ、もう九時半か! やばい!」
時計を見るや、二人とも慌ててメモ帳と筆記具を手に廊下へと駆出した。
連合保安局の都市警備部は依然、秋葉原の電気店強盗事件の捜査に多くの人員を割いていた。毎朝行われるミーティングもそのためだった。クレーゼは窓の外を見た。東京の空はドンヨリと曇っていた。今夜は雨かもしれない……
「笠木保安官! 笠木保安官!」
同じ頃、笠木は肩を揺り起こされてようやく目を開けた。体が火照ったように熱く、口の中がバリバリに乾いて不快だった。
「保安官、やりました! やっぱり奴らです」
頭にヘッドホンを装着した電子捜査課の保安官補が嬉しそうに言った。容疑者グループのアジトと思われる京浜島の倉庫を見つけてから十三時間。手配していた電子捜査課のレーザー盗聴器搭載ライトバン、ニッサン・ンキャラバンの後席からずっと監視を続けていた。
主犯と思われる台湾系の喬拓明がその倉庫内に潜んでいる事を裏付けなければならなかった。変化があったのは、午前九時を過ぎたときだった。ボロボロのライトバンやバイクに乗った柄の悪い若い男達が十人ばかり現れ、倉庫前面の大型シャッターを押し開けて入っていった。
会話によって発生するガラス窓や壁面の微細な振動を、照射したレーザー光の反射によって計測するレーザー盗聴器が容疑者一味の声をはっきりと捉えて記録していた。音声解析プログラムにより録音内容は文字化され、中国語の簡体文字で車内に設置されたディスプレイ上を次々と走ってゆく。
「実は、僕は中国語がさっぱりなんだよ。翻訳できるか?」
保安官補は頭を掻いた。
「ここでは、翻訳までは無理ですよ。ただ、この記録は随時、本局にいる解析班へ送信されています。そこでなら可能ですよ」
「そうか…… 今判る範囲内でいいから、採取した言葉の要点を教えてくれないか?」
「ええ、今から五分前のこの会話。『キャオ(喬)』と呼ばれた男ともう一人の会話ですが、音声キーワード収集AIが『温山栄』『興龍』というキーワードを立て続けに拾いました。ここの文……」
保安官補はディスプレイの文字列を指差した。
「『温山栄から返事が来た、しかし、一昨日からリュウの行方が』このリュウっていうのは誰か別の人物の名前ですね。『リュウの行方が判らない。温は許すと言ったが、注意しないといけない』そこでもう一人が話しはじめます。『ファンから、返事はまだですか?』このファン(黄)というのも、人の名前のようです。そうすると、喬と呼ばれた男が肯定の返事をします」
笠木は身を乗り出して、ディスプレイ上の文字に目を凝らした。
「もしや…… ファンって六本木の黄楽凱のことか?」
笠木が眉間に皺を寄せて、倉庫を睨んだ。
キャラバンの後方に黒いホンダ・アコードがゆっくりと停まった。車から都市警備部の村岡と加瀬の二人が現れたので、笠木はキャラバンのスライドドアを開けて、二人を招きいれた。
「君のセクションの保坂さんから聞いたぞ。上手くいったそうだな?」
笠木が魔法瓶からコーヒーを紙コップへと注ぎ村岡へ手渡した。
「ここで、間違いありません。連続強盗殺人犯、喬拓明のアジトです」
笠木が二ブロック先の大きな倉庫へ目を向けながら、加瀬へとコーヒーの紙コップを回す。
「やったな。警察もだいぶ絞り込んでいるようだが、ここまでは来ていない」
村岡の言葉に笠木も深くうなずく。
「やはり突入でいくつもりか?」
「ええ、時間が無いので、可能な限り早く」
加瀬の問いに笠木はそう答えた。
「ちょっと心配していた事なんですが、流氓同士の抗争も懸念される状況になってきました」
「それはよかった。実はもう関口にも時間が無いぞ。広報も今夜から動き出すそうだ。関口は切られることになった」
村岡の言葉に笠木の顔が引きつった。
「そういえば、裏切り者は見つかりそうですか? もし近くに奴がいたら、犯人捕捉の情報も漏れかねないですよ」
「監査部はまだ水漏れ箇所を見つけていない。そのことに関してはこちらで独自に調査を始めようと思ってる。それで、今後はどうする?」
村岡は倉庫を指さして言った。その問いに笠木はしばらく無言で倉庫を見ながら考え込んだ。
「一番早くて今夜です。晴海オフィスに人を集められますか?」
「協力しよう」
村岡と加瀬がそう同意した。笠木はうなずくと、作業中の保安官補に振り返って指示をとばした。
「監視はこのまま継続。それから君、本局にエンコードして。『〈ブラディ・アキ〉より〈ロングコートアーミー〉。一七三〇に晴海。狩りの季節が来た』と」