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プロローグ

 搬入口の鋼鉄製のドアを通してアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。ここ十年の間にすっかり寂れてしまった東京・八丁堀界隈では、蝉の声すら聞かれるようになっていた。空は雲に覆われて、朝から非常に蒸し暑かった。

 北総銀行・八丁堀支店の支店長である織田渉は何度も時計を見つめた。予定の時間まであと十分を切っている。顔には大粒の汗が浮かび、ワイシャツが体に張り付いた。

 織田とは対照的に、左隣でジュラルミンのキャスター付き運搬カートを手にしている男の顔は涼しげだ。出納役の広田寛司は普段どおり落ち着いて、現金の受渡し証明書の準備をしていた。

 織田には、なぜこうも広田が冷静でいられるのか不思議であり、非常に気味悪く感じられた。元々、会計畑一筋で、自分よりも十歳も年上であるこの部下を、織田は以前から扱いづらいと思ってきた。それどころか、ここ数ヶ月の間は、自分を脅かす恐怖の元凶の一つであり、一層のこと、殺してしまいたいと思った事もある。

 そんな織田の心中をまるで意に介していないように、広田は黙々と現金の受け渡しのために準備をすすめていた。ジュラルミンの運搬ケースの中には、本店へと輸送するための現金が詰まっていた。

「支店長、暑いですか? まだ数分あります。ちょっとだけ涼んできたらどうでしょうか?」

相変わらずの無表情な顔で広田が言うが、織田は自分をなだめるように首を振った。

「いや、大丈夫だ。落ち着いていれば大丈夫だ。何も心配はいらない」

二人は、キャスターのついたジュラルミンの箱を手に、その後も数分間、銀行の建物側面に設けられた搬入口前に立っていた。

 時計の針が十一時二十分を指した時だった。時間きっかりに、外に車の止まる音がした。

ブザーが鳴り、広田がインターホンとカメラで来客の身元を確認してからドアのロックを解除した。観音開きの鋼鉄製のドアが開き、二人組みのガードマンが深くお辞儀をする。

「失礼します。新中央警備です。ただ今、集金に伺いました」

二人ともまだ若かった。織田はいたたまれなくなって、まともに相手の顔を見ることができなかった。そんな織田をよそに、広田は淡々といつもどおりの手順で書類に印を押し、書類と金額を確認した。

 女の悲鳴のようなブレーキ音が耳に届いたのはその時だった。その途端に搬入口脇のシャッターが大きく外側から突き破られ、中型の有蓋トラックが集荷場に突っ込んできた。瞬く間に耳障りな警報ブザーが鳴った。これですぐに所轄の警察と警備会社に、異常を知らせる警報が電話回線を通じて発信されたはずだった。よく訓練された二人のガードマンは、すかさず警棒とスタンガンを腰から引き抜いた。

 開け放たれた天蓋付トラックの荷台から、目出し帽を被った五人の男が飛び出してきた。銃声が響いた。飛び出してきた男達は問答無用で発砲した。鼓膜に圧力のような爆音を受け、織田は両耳を押さえた。腹を撃たれたガードマンの一人が、衝撃で勢いよく倒れ、その手から離れた警棒が織田の足元まで転がってきた。

 男達は日本語ではない言語で怒鳴りながら、もう一人のガードマンへ小さなサブマシンガンを向けた。今度は一発でなく、連続して無数の銃声が室内を襲った。織田には、それが爆弾の爆発音のように感じられた。スタンガンを構えようとしたガードマンは、後ろへ押し倒されたように床へ転がる。抗弾ベストに覆われていない腕に弾が当たり、鮮血が壁に飛び散った。織田は恐ろしさに思わず腰をかがめた。乱入者達は、ガードマンが抗弾ベストを着込んでいる事を知っているらしく、被弾の衝撃で倒れた彼らの無防備な両膝に銃弾を打ち込んだ。銃声と共に、苦痛にあえぐ叫び声が室内を満たした。

 別の二人の覆面男達は、広田の横に置かれたジュラルミンのキャリアーをつかむと、あっという間にトラックの荷台へと引っ張りあげた。

「よし、これでいい」

それらを見守っていたリーダー格らしき覆面の一人は、日本人らしい日本語で言うと身振りで指示した。銃で武装した二人がそれに応じるように、撃たれてもがいているガードマンに銃を向けた。一人は撃たれた両膝を引きずりながら気丈にトランシーバーに応援を請うており、もう一人は撃たれた腹を抱えて苦痛のために泣き叫んでいた。銃を持った男達は、ガードマン達の被っているヘルメットのバイザーの下に銃身を突きつけた。おぞましい銃声が再び室内を満たし、応援要請と泣き叫ぶ二つの声が掻き消えた。

 恐ろしさでしゃがみ込んでいた織田は、部下の広田を見た。広田はいつもどおり無表情なまま、そこに自然に立っていた。まるで別世界の出来事を見てる傍観者のように突っ立っていた。男達は一斉にトラックの荷台へと駆け上がっていったが、サブマシンガンを手にした一人だけが何故か織田の方へと歩いてきた。

「そ、そんな……」

恐ろしい予感がした。男の手にした真っ黒い鉄の塊に目が釘付けになった。思わず手で顔を覆おうとした時、鉄の塊であるその銃で思い切り右の額を殴打された。織田は衝撃で床に倒れたが、それを見た広田が、初めて慌てたように叫んだ。

「違う、そっちじゃない!」

覆面の男は一瞬怪訝な素振りを見せ、リーダー格の男を見た。納得したのか、男は広田を織田のときと同じように思い切り殴打した。広田はよける素振りも見せずカカシのように床にひっくり返った。頭が疼き、意識が朦朧とする中、トラックのエンジンの唸る音が聞こえてきた。トラックはバックで集荷場から飛び出し、猛スピードで走りだす。

 その二分後、銀行の電話が使えなくなっていた事に気づいた行員が隣のビルまで走り、初めて事件の一報が警察まで伝わったが、既にトラックの影は見当たらず、警察もその行方を捕捉することはできなかった。

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