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令和の狸 弐

作者: 柴犬



 

 僕は前方の景色を見ていた。




 青い空。




 白い雲。




 快晴である。


 まさしく極上の気持ちの良い天気だ。




 こんな陽気には日向ぼっこに限る。


 僕達の自慢の毛皮が、お日様を浴びてフワフワ広がる。




 こんな時ほど化け狸に生まれて良かったと思う日は無い。


 

「晴れた空~~白い空~~青い海~~」



 歌詞に聞こえる海は見えないけど、そこは昔の人間の流行歌なので突っ込むのは野暮だろう。

 


 涼しい風が吹く。



 ピュウピュウと。


 僕の自慢の毛皮を撫でる。




 うん。


 

 ピュウピュウと風が吹くのは良い。


 良いんだが……。



「ここから落ちて死にたくないいいいいいいいいいっ!」

「え~~こんな良い天気に何絶叫してるの?」

「糞兄いいいいいいいっ! 落ちそうな状況なのにノンビリお茶飲むなっ!」

「ええ~~」


 我々の現在地。

 地上から二㌔程上空。


 そこを僕らは有る物に乗って飛んでいた。

 僕の隣でペットボトルの御茶を飲む兄。



「座る椅子も安全ベルトもないんだがっ!」

「窮屈でなくて良いな~~」

「前方から容赦なく叩きつけられる風を阻む物がないんですがっ!」

「そりゃあ~~コイツは飛行機ではないからな~~」

「何で畳に爪を立てて落ちないよう踏ん張らんといけんっ!」

「それが仕様」


 僕の文句に兄が戯言をほざく。

 うん。

 畳。

 というか乗ってるのは牛車だから当然中身が畳なのです。

 正確に言えばコイツは牛車ですらないのですが。



 

「この風圧を浴び続けるのは拷問ですううううっ!」

「落ちるっ!」

「ぎやあああっ!」

「風が風がっ!」

「速すぎるわあああああああっ!」

「死ぬうううううっ!」


 仲間の悲鳴が煩い。

 いや。

 気持ちは分かる。

 僕も同じ気持ちだし。

 

「お~~なかなか涼しくて快適~~」



 ずず~~と、お茶を啜る兄。



「余裕なのは兄~~だけだっ!」

「そうか?」


 お茶を飲みながら涼んでる兄。

 うん。


 駄目だ此れ。


 兄よ。

 お前だけだ。

 コイツを快適だと思ってるのは。

 普通は怖いぞ。


 こんな高い所をこんな速度で。


 うん。

 牛車らしき物に必死にしがみつく僕達。

 とにかくここから落ちないように、僕らは皆必死に畳にしがみ付いていた。

 

 死にたくないから。


「風が気持ち良い~~」


 約一名おかしい事を言ってるけどね。



 兄ですが。

 

 頭おかしい兄ですが。

 


 牛車ってあれだね。

 平安時代に高位の貴族が利用した乗り物ですね。


 牛車とは何か?

 畳を敷いた屋根付きのリアカーに簾と車輪をつけて牛に引かせた乗り物だな。

 正確にいえばリアカーぽいだけだが。

 平安時代は悪路がデフォルトなので、輿や馬よりも、牛が引手として優秀だったらしい。


 まあ僕らが乗ってるのは正確に言えば牛車ではない。

 『朧車』という貴族の怨念が牛車に取り憑いた付喪神だ。


「お客さん~~しっかり掴まって下さい~~」

「少しは安全運転してえええっ!」

「お断りします」

「おいいいいいいいいいっ!」


 絶叫する僕。


「アクセル全開っ! コーナーを攻めろっ! 競って攻めろ~~」

「呑気にアニメの歌詞を歌うなあああああああああああっ!」

「自分、公道最速アニメ大好き何で」

「運転関係の仕事だろう! 安全第一を心がけろおおおおっ!」

「当方の提示したプラン。スピード無制限、無料を選ばれたのは皆様では?」

「そうだけどおおおおおっ!」

「なら文句や苦情は無いという事で」

「ぎやあああああああああああああっ!」

 


 朧車は、いわゆるタクシー代わりとして有名な妖怪だ。

 というか何かを乗せて運ぶのが大好きな妖怪なのだ。

 妖怪とか人間とか。



 なので妖怪や関わりのある人間からはタクシー代わりに扱われる。

 というか『妖怪タクシー』と言うべきかな。


 問題は朧車は空を飛ぶ妖怪だという事。

 しかも椅子も安全ベルトも風を遮るものも無い。

 それでも安全運転してくれるなら何の問題もない。


 ええ。


 何の問題もね。

 安全運転してくれるならね。


 ええ。


 なので今現在僕らは空飛ぶ朧車に乗ってます。



 高所恐怖症にはキツイ妖怪だろう。

 というかスピード狂の朧車は高所恐怖症でなくともキツイと思います。


 ええ。


「風が俺を呼ぶぜ~~エンジン全開~~」

「良いから安全運転しろおおおおっ!」

「断る」

「いやああああああああああああああああっ!」


 それ以前に掴まる所のない畳敷きの部屋っぽい所に乗ってる僕ら。

 普通に死ねる。



 この朧車に乗ってる限り。

 この普通ではない朧車に乗ってる限り。


 普通に死ねる。


 普通の朧車は乗った妖怪や人を落とさないように安全運転を心がける奴なんだ。


 普通は。



 但し妖怪タクシーなので普通に料金がかかる。


 人間ほど生活費は妖怪に要らない。

 要らないけど生活必需品とか有るしね。


 若しくは嗜好品。


 それを買うために御金が要るから料金が要るのだ。


  

 妖怪の世界も世知辛い……。


 料金が払えない一部の妖怪はこの普通ではない朧車に乗る。

 安全運転をしないスピード狂の朧車に。



 油断したら落ちる朧車に。

 大人数で。


 泣きたい。


 普通は乗らないんだが……。


 ガチで泣きたい。


 そんな朧車に乗っているのには理由がある。


「兄~~本当に宴会に招待されてるんだよね」

「おうとも~~此れも俺の人徳のお陰だ」


 兄の伝手で宴会に招待されたんだ。

 タダで。

 それで朧車に乗って移動してるのだ。


 運賃無料の朧車に。


 完全に人間に化けることが出来ればな~~。

 人間の交通機関で安全に行けるのだが……。


「日本酒っ!」

「黒馬っ!」

「ウィスキー」

「ワインッ!」

「たらふく飲むぞおおおっ!」


 化け狸は大の宴会好き。

 というか大酒のみである。

 タダ酒を飲めると聞いて群れの者全員が行きたいと言った。


 だが問題は宴会場所。


 物凄く遠いのだ。


 普通に交通機関を使わないと行けない。



 だが金銭など僕らは持ってない。

 行くとしたら交通料金無料のスピード狂の朧車を使うしかない。


 そうなると行ける化け狸の数が限定される。


 スピード狂の朧車に振り落とされない化け狸しか乗れないからだ。


 すなわち腕力に自信がある戦闘もこなせる化け狸しか。

 つまり僕達だけだ。


 因みにだが。


 交通機関を使える程の金銭を持ってるなら普通に宅飲みしてる。

 あれ?

 野外の化け狸の巣で飲むの宅飲みと言うのかな?


 まあ~~良いや。


 普通はそんな金銭が有ればお酒を買います僕らは。

 まあ~~その前に食料なんだが……。

 金銭が有れば人間社会で働いてる化け狸から物が買えるんだがね……。

 因みに僕ら野外で暮らしてる化け狸は不完全な化け方しかできません。

 人間に変身しても体の一部が残るからだ。

 だから人間社会に入れません。

 出来たら戸籍とか偽造して働けるんだが……。


 人間社会に入ってる先達が協力してくれるしね。


 まあ~~その前に学校に通わなくていけんのだが……。

 うん。


 それはそうと話が変わるが。


 ええ。



 この兄。



 実は……色々問題を起こしている。

 過去に散々。

 なので仲間の化け狸達に結構疎まれてる。

 なのに今だに群れから追放されてない。

 それは何故か?


 理由は二つ。


 兄はこう見えて武闘派化け狸だからだ。

 いつも揉め事の際は最前線で体を張ってる。


 命を賭けて。



 他には妙な伝手を持っている。

 そのためか変な人脈を持ってる。


 理由は何故か化け狸以外に好かれてるのだ。

 異常なまでに。



 そのせいで群れを追い出したくても追い出せないのだ。

 まあ~~追い出しても普通に生活できるんだがこの兄は。


 数年前に突然旅に出ると言い出し群れを飛び出した兄。


 フラッと突然だが群れに普通に帰って来たときは驚きました。


 


 沢山の一年分の食料を御土産に持って。


 うん。


 普通に追放できないわな兄は。



 群れの存続に関わる。



 うん。



「というか回想シーンで現実逃避してて落ちるううううっ!」

「落ちん落ちん~~」


 僕らは振り落とされないようにする。

 兄が余裕で御茶を飲んでるが。

 

 そうする事暫し。





 出雲に無事入国しました。




 入国と言って良いか知らんが。


 誰一人振り落とされることなく。


 入国できました。

 生きてるって素晴らしい、

 

 まあ~~目的地までの道のりはまだまだですが。


「出雲についたぞ~~」

「おお~~」:


 兄の言葉に死んだ目で返事をする僕。


「生きてるって素晴らしいな」

「「「「「「それな」」」」」」


 僕の言葉に応える仲間。

 正確に言えば出雲の山にだが。


 朧車から下を見た。

 


 これが噂に名高い出雲の霊山。

 凄い。


 物凄い霊気を感じる。


 

 


「東を向いてみな」


 兄の言葉に僕は簾から頭を出し見てみる。


「あれはは旅伏山たぶせやまだな」

「なんて厳かな山なんだ……」


 兄の言葉に僕は素直に感想を言う。


「確かに霊山と言われるだけあるな」

「見るだけで心が洗われる」

「やべえ~~な」

「うん」


 兄は再び御茶を飲む。


「西を向きな」


 兄の言葉に仲間全員が従う。


鼻高山はなたかやま弥山みせん八雲山やくもやまとこれ等も霊山だ」


 ほう。


「古代の神事は 海 で禊を行い、 山 を拝む」


 ふむ。


「その拝む山こそ霊山だ」


 ほお~~。


 

「 霊山には祭祀の跡が残されている。その多くが 磐座 いわくらと呼ばれている。神が宿る岩を信仰するものだ。素鵞社の後ろには八雲山の岩肌が見えて磐座と考えらるらしい」



 兄よ。

 いつもと違うんだが?

 頭打ちました?


「懐かしいな~~昔ここで道に迷っている時にあの方に有ったんだ」

「あの方?」

「今日の宴会の招待主だ」

「へえ~~」

「たいそう気に入られて数日程厄介にになったんだ」

「それはまた」

「最後には食べたいほど可愛いと言われて可愛がられたんだ」


 うん。

 見た目狸だしね。

 動物好きなら当然か。

 


 うん。

 出雲に来た甲斐があった。



 素晴らしい。



「お客様~~」

「はい?」


 前方の朧車の本体。

 というかデカい顔から声がする。


「すみませんが目的地への到着予定が遅れそうです」

「なんでだっ!」

「定員オーバーですよ普通に」

「いや幾ら何でも嘘だろうっ!」

「いやいや運んでる私が言ってるんだし確かです」

「たかが七匹だぞっ!」

「普通に重いです」

「軽い筈だ」

「ああ~~」


 兄よ。

 朧車の言う通りです。

 朧車は普通人間一人が定員です。

 多くても二人。


 牛車は知らんが。


 化け狸は確かに軽い。

 中型犬の重さ並です。

 ですが七匹は重いと思います。


「つまり七匹は重いと言い張るんだな?」

「ええ」

「まいったな~~宴会の招待主は大物なんだがな~~」



 そんな大物に可愛いと言われたか……。

 兄の姿をみた大物の目は節穴?


「相手が大物だろうと重い物は重いです」

「……仕方ない」

「分ってくれましたか」

「ああ」

「それなら……」

「だが指定された時間に遅刻したら相手の気分を害するし」


 兄よ諦めが悪いぞ。


「てい」

「え?」


 兄が弟を朧車の外に蹴りだす。


「弟よおおおおおおおおおおっ!」


 思わず僕は悲鳴を上げる。

 外に蹴りだされた弟悲鳴を上げながら落下。


「ぎやあああああああああああああっ!」

「「「ひでえええええええっ!」


 地上に落下する弟をみて非難の声を上げる仲間。

 

「あああああああああっ!」


 ドップラー効果で悲鳴が小さく響く。

 やがて地上の森林に弟は落下。

 木々の枝を折りながら下まで堕ちていく。


「良し」

「「「「じゃねええええええっ!」」」」


 良い笑顔の兄に僕と仲間がツッコんだ。

 とんでもない兄だ。

 鬼としか言いようがない。

 

 

「予定通りの時間に付きそうです」

「良し」

「良しじゃねええええええっ!」



 朧車の声にガッツポーズをとる兄。

 この兄。

 いつか群れから追放しないと駄目だ。




「目的地がみえたぞ」


 川だ。

 眼下に流れる川を見ながら思った。



 出雲国の肥河(島根県斐伊川)の上流の鳥髪(現・奥出雲町鳥上)に降り立った。



「お客さん着きましたよ」

「おう、ありがとさん」

「それで迎えは明日の昼で良いんで?」

「それで頼む」

「わかりやした」


 兄よ。

 もう少し丁寧に話せや。

 朧車さんは無料で此処迄運んでくれたんだぞ。


「それでは」

「「「「「ありがとうございます」」」」」



 兄以外の僕を含めた化け狸が頭を下げた。


「いえいえ」


 そういって空に飛び立つ朧車。

 


「さてと……弟を探すか」

 


 弟を助けるのは家族の役目。

 仕方ない。

 宴会は諦めるか。


「「「「「手伝うよ」」」」」

「良いの?」

「「「「「仲間だし」」」」」

「ありがとううううううっ!」


 僕の言葉に仲間が嬉しい事をいってくれる。

 持つべきものは仲間だな。


「何で?」


 そんな僕らに耳垢を穿りながら首をひねる兄。

 鬼畜か此奴は。

 自分で蹴り落とした癖に。

 

「兄~~」

「ほれ」


 兄に非難の目を向けると右手で朧車が去った方向を指す。


 ズドドドドドドオドドドドッ!


 土埃が上がる。

 遠方から何かが走ってくる。


 あれ?


 走って来たのは一匹の化け狸。

 弟だ。



 キキイイイイイイッ!


 眼前で止まる弟。

 怪我一つない弟だ。


「あ~~痛かった、どうしたの?」

「「「「「……」」」」」


 思わず僕らは蹲った。

 化け狸って頑丈すぎない?


 


 まあ~~気を取り直して。



 僕は周囲を見回す。


 川の近くは~~と。

 酒樽と焼酎それにウィスキーの他に様々なお酒が有った。


 他には……。

 大鍋に包丁などや、まな板等の調理器具も置いてある。


 他は~~と。

 昆布や椎茸や煮干しに鰹節などの乾物がブルーシートの上に置かれている。


 野菜類は……。

 乾物の隣に有るな。

 キャベツに白菜に人参と春菊や大根とか色々な野菜が有る。


 調味料は~~え~~と。

 有った。

 醤油に砂糖と塩と味醂等の調味料が有る。


 後は大きな蒲鉾板みたいな板が有るな。


 厚さ五センチ幅一メートル長さ五メートルの板。

 檜かな?

 材質は。


 うん?



 何か足りんような……。


 それはそうと……。


「兄よ」

「あんだ?」

「食い物と酒は有るが宴会の招待主が居ないんだが……」

「目の前にいるだろうが」

「はあ?」


 その時僕あ初めて気が付いた。

 眼前の存在に。


 

 というか眼前の上の方。


 

 上を見る。


 高く。


 さらに高く。


 更に上に見上げる。


 蛇。


 蛇だ。


 ヘビ。



 大きな蛇。


 大蛇。


 硬く金属の様な光沢を備えた鱗。

 その鱗で覆われた胴体。


 縦に割れた瞳孔。


 鋭く尖った牙。



 細長い舌。


 蛇だな。


 爬虫綱有鱗目ヘビ亜目(Serpentes)に分類される爬虫類の総称。

 トカゲとは類縁関係にあり共に有鱗目を構成している。

 体が細長く、四肢は退化しているのが特徴。

 ただし、同様の形の動物は他群にも存在する。



 うん。


 混乱していた。


 これは確かに蛇だ。


 但し大蛇と言っていいだろう。


 いや此れを大蛇と言って良いか悩む。




 大蛇は目はホオズキのように赤い目を夫々此方に向けている。

 それぞれと言った別に出鱈目ではない。

 八つの頭と八つの尾を持つ大蛇。

 その身にはひのきや杉が生えた大蛇など聞いたことが無い。

 しかも長さは八つの谷と八つの峯にわたるほど。

 何故か腹は常に血でただれていた。



 これを大蛇と言っていいのだろうか?

 いや大蛇の大妖怪と言うべきか。

 


 禍々しい。

 あまりにも禍々しい。


「よお~~来たな化け狸の皆さん」


 と言う訳ではない。

 気のせいでした。


 ドロンと煙が出てジャージ姿の中年に変化した。


 大蛇の大妖怪がだ。


 あの巨体が良くぞ此処まで小さくなったと感心する。


 

 蛇ではなく狐狸の類かな?

 思わず思いました。

 

 違うと思い知らされたが。

 

 ニコリと笑う大妖怪。

 その笑顔に冷や汗が流れる。

 やべえええええっ!

 妖気が。

 半端ない妖気が漏れてるっ!

 

「どうした?」


 下半身が濡れる程ですが妖気を感じます。

 しかも此れは大妖怪を超えるレベルです。

 何で僕の眼前に居るのか説明してほしい。


 というかだ。


 この大物が兄を可愛いと言ったのか?

 マジで。


「勿論です、楽しみにしてました]

「おおそうか」


 朗らかに笑う中年。

 キリッとした笑顔で応対する兄。

 うん。

 兄の言葉は本心ですね。

 口元から涎が出てる。


 大物だ。

 兄が大物だ。

 別の意味で。


 今回ばかりは兄が頼もしい。


 というか兄よ。

 いつこんな大物の大妖怪に出会った?


 あの時か?


 群れから出て放浪の旅に出た時。

 やべえええええっ!


 兄の事を見くびってた。

 群れから兄を追放しないように進言しないと不味い。

  

 異論は有りまくるが今の長に報告しないとヤバイ。


 兄を群れから追放した事でヤバイ妖怪の怒りを買ったら不味い。

 寧ろ居た方のメリットが無視できん。

 

 うん。


 僕の目が死んでるのが分かる。


 胃が痛い。



「なあ宴会楽しみだな弟よ」

「そうだね」

 

 兄の言葉に応える僕。

 それ以外にどう言えと?


「ふうう~~楽しみだ」

「……」


 まあ~~良いが。


「それはそうと御名前を聞いてなかったんですが」

「友人の化け狸から聞いてなかったかな」

「ええ」


 うん。

 兄からも聞いてません。

 というか余計な事聞いてたらイライラするので聞きません。

 皆。


「言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「宴会の招待主は(ヤマタノオロチ)だけど」


 は?

 思わず放心しました。


「予定より早かったから準備ができとらんが」

「ええ~~」

「仕方ないだろう夜に宴会をする気だったんだし」



 え?

 ヤマタノオロチ?


「何だ知らんのか?」

「ぐうううう~~」

「なら教えてやろう」

 

「洪水の化身」若しくは水神様のヤマタノオロチ様。

 確か本来は山神または水神であり、八岐大蛇を祀る民間信仰もある。

 なお本居宣長は『古事記伝』にて。

 八俣遠呂智は「ノ」を添えず「ヤマタオロチ」と訓むべきだとしている。


「という感じかな」

「兄が博識しぎる」

「今まで俺を何と思ってた」

「……」


 僕は思わず目を逸らした。


「いや言いにくいと言う感じでするの止めてくれない?」

「いや実際そうだし」

「問題児を見る目はヤメテ」


 問題行動を起こす兄が悪い。



「その~~本当にヤマタノオロチ様?」

「そっ」


 兄の言葉に頭を抱える。



 想定のはるか上の大物。

 ヤバイ。

 粗相が有ったら群れがヤバイ。


 仲間の方を見たら放心していた。




 ですよね‐~~。



 全員足元が濡れてました。


 ええ。


 というか兄が古事記の内容を知ってるとは思いませんでした。

 兄って何気なく博識なんだよね。


「いや~~照れるな~~」

「初めてお会いした時は興奮しましたよ高名な方に会えたから」

「いやいや」


 兄の言葉に照れるヤマタノオロチ様。

 お世辞ではない兄の言葉に悶える姿に僕は沈黙する。

 

 兄の人望が高いのはここら辺が原因かも。

 


「来た以上は宴会を速めてほしいんだけど……」

「あ~~そうだな」

「どうした?」


 兄いいいいいいっ!

 相手は大物おおおおおおっ!

 もう少し敬語を使えっ!


 命が惜しくないのかっ!



 

「氏子が肉や魚を持って来てくれるのが夕方なんだよ」

「まだ昼だから早いな」



 早すぎるわっ!

 兄。


「まあ~~代わりが来たから早められるか」

「おおそうか」

「時に団一郎」



 ヤマタノオロチ様に全員が沈黙する。

 え?

 誰?

 誰の事?


「何で返事しない」

「あ~~そういえば俺の名前は団一郎だったわ」


 その言葉に僕と仲間たちは相槌を打つ。


「そういえば団一郎だったな」


 うん。

 

「それで僕が団二郎でした」


 そんで弟が団三郎でした。


「忘れてた」

「そういえばそうだったな」

「群れだと「おい」とか「お前」だしね」

「日常で困らんし」


 うん。

 そうだな。

 仲間たちよ。


 ところでだが……。

 お前ら妖気の耐性付くの速過ぎない?


 僕もだけど。


 あれほど怖かった妖気に慣れたな。

 多分全員武闘派というか戦闘班だからだろう。


 群れの脅威を排除する化け狸の戦闘班。

 普通に相手が格上多いからな。


 妖気にビビり動けませんでしたじゃ話にならんし。



「まあいいが」


 いいんかい。

 ヤマタノオロチ様。



「宴会を早めるか」

「おお」


 兄よ……。


「団一郎其処の上座に座ってくれんか?」

「おお~~良いですが」


 ヤマタノオロチ様は兄を大きな蒲鉾板の上に座る様に勧める。

 うん?


「神使に準備させるから待っててくれ」


 パンッ。


 そういいながらヤマタノオロチ様手を叩く。


 ドロンと複数の煙が立ち込める。

 其処に現れたのは蛇の頭部を持った巫女さん達五人。

 これがヤマタノオロチ様の神使。

 異形ですね。



「「「「「お呼びで?」」」」」

「宴会を早めるぞ」



 神使の言葉に簡潔に答えるヤマタノオロチ様。


「主様~~まだ肉と魚が届いてませんが?」

「肉だけは来たぞ」


 うん?


「ああ」


 何で兄を見る。

 それと僕ら。


 うん?

 

 いやマテ。


 ……。


 兄を見る。


 うん?



 うん?



 嫌な汗が出た。

 

「化け狸達よ緊急集合おおおおおおおおっ!」

「「「「「はっ!」」」」」



 僕以外の仲間が僕の緊急集合に応える。

 鬼気迫る僕の号令に応える仲間達。

 多分僕と同じ考えに至ったんだろう。

 

 うん。


 全員嫌な汗を流してるし。


「え?」


 兄除く。



「ヤマタノオロチ様に手土産一つ無いのは我ら化け狸の恥っ!」

「「「「「はっ!」」」」」

「我らの誇りにかけて至急手土産を献上する」

「「「「「はっ!」」」」」

「全員で山狩りして獲物をヤマタノオロチ様に献上する」

「「「「「はっ!」」」」」

「期限は夕方までっ!」

「「「「「はっ!」」」」」

「散開っ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 僕の言葉共に仲間たちが散開する。

 山狩りの為に。

 僕も遅れて参加した。



「なんなんだ?」


 途方に暮れた兄の後ろヤマタノオロチ様が涎を垂らしていた。

 兄を見て。



 その事実を僕達は尻目に走った。

 獲物が無ければ其のまま山狩りのふりして逃走だな。

 

 時間稼ぎの獲物あには置いて来たし時間は稼げるだろう。



 二時間後。


 熊二匹に猪五匹と山鳥を四羽狩ってきた。

 それを解体してもらい宴会の具にしてもらいました。



 うん。



 運が良かった。


「猪鍋美味いな~~」


 なお僕らは野菜類しか食べませんでした。

 おつまみは。



 酒はたらふく飲んだが。



 兄は何でも食べてたけど。

 


 地元で獲物を狩りつくした技術が此処で生きるとは思いませんでした。


 ええ。


 


「熊鍋は獣臭さが癖になるな」


 ヤマタノオロチ様の独り言なんか聞こえません。 

 ええ。

 獣臭さが好きとは思いませんでした・


 嗜好品だよな。


 多分。


 珍味の類。


 うん。



 精神衛生上気にしないでおく。



 

「食べてしまいたいほど可愛いな」


 蒲鉾板の上に乗った兄を見たヤマタノオロチ様。

 ボソッと言ってるけど……。




 深い意味は無い。



 うん。


 考えんとこう。



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― 新着の感想 ―
私は『書手』ではないので小説の技術論は分かりませんが、本作を例に取って『こうあって欲しい』という『読手』としての願望があります。それを的確に感想欄で書く自信がなかったのでAIに私の主張を打ち込んで精査…
兄の言葉からまさかと思ってたらそのまさかかよっ。 しかも超大物じゃないかいっ。 よく生きてましたね。
狸って不味いらしいですよ。 狸汁って凄く美味いのと不味いのがあって、不味いのは狸汁に使われている肉が狸で美味いのは狸に間違われた穴熊だと聞きます。 だから多分、兄貴だけが美味い肉なんでしょうね。 …
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