お姫様はさいきんです~休日がムダになる程度は贅沢~
勇者がその気になれば……色々と出来ていた。
だからこそ、僧侶はレベルを半減させたり、人質を用いたりしている妃様がいるわけである。
「私達の子が死んでから討伐するなんて酷くない?」
内心でみんながそう思っている。だが、勇者自身に万能感という驕りはない。そもそも、殺されると分かっていてこの場にやってきたのには、8年前の清算のつもりである。
「………………」
座って俯く勇者。右腕の損傷が大きいはずだが、それよりも表情が暗いのは
「……8年前、伝えた通り」
「………………」
妃様には同じ言葉を言うしかなかった。なぜなら、自分は
「彼は、1人で行くと、僕に言った。だから、僕は待っていた」
平静にできるわけがない言葉である。そんなもん、母親である妃様にとっちゃあ
「関係ねぇだろうがぁっ!!私の子供!!あんた達の仲間で、リーダーだったでしょ!!!」
激高しながら、圧倒的な優位を持っている妃様が。愚かにも勇者の胸倉を掴んで叫んでいたのは、完全なる母親の顔であり、捨てられていた勇者にとっては見た事もない家族の顔だ。
「そんな一言でテメェは私達の子を見捨てやがったのか!!ふざけんなぁっ!ふざけんなっ!!約束破ってでも、人を助けなさいよ!!死ぬ以上の罪なんてないんだから!!」
人を同じ数値でしか見ないであろう妃様をしても、自分の子供というのはやはり特別にするものだ。それが両親。
妃様の訴えには恐ろしいものがあるが、それが命を断つほどではなく、心を閉ざすくらいのことだった。
だが、
「あの選択肢に間違いはなく、事実でしかないんです。妃様」
「!!!」
「僕をなんだと思ってるんです?都合の良い人間だったと……?」
「私にとっての他人なんだから、当たり前だろうがあああぁぁぁぁっっ!!!」
妃様の大絶叫は、別の部屋で映像スキルで様子を見ていた村人ちゃん達の両耳を塞ぐには十分な音量であり、それだけの怒気が伝わっていた。同時に勇者の心情が非常に暗く、誰よりも分かっているのは
「やっぱり」
魔女は、根本があまり変わってないことに、ちょっと残念に感じていた。過去の選択を誤るのは誰にでもあることで、勇者にとっては残酷ではあるけど
「数少ない休日の1日をムダに過ごしたと実感した寝る前の気分、それほどのことです。あの時から」
そんな事を8年間も感じていた。今日でそんな気分は終わりにする。
何を言っても変わりはしない。それは妃様も同じことである。冷静になれば、勇者の胸倉を掴むという感情的な行為はこれまでの全て、……主に8年間を無駄にすると同じ。持ち前の戦闘力からすぐに距離をとったのは
「………ふ~っ、はて~~~」
お互いに過去はしょうがねぇと割り切れるわけもない。そっちが終わらせに来たというのなら、こっちだって
「あなたが生きてると分かると、私にも眠れない日がある。どうして、我が子があの日から帰って来ないのか。真剣に悩んで、あなたを殺すことでしか晴らせない」
いえ、それよりも
「勇者ご一行という組織を立ち上げたのは、この私。その選択に誤りがあったかと、自問する。あの組織があって、私と王様がいることで……あの時代はこの王国にとっては平和そのものだった。私達の王国。法律と軍事、……そして、素晴らしい国民達と共に住めた、ユートピアだった!!」
自分の子を失い、それが対価だというのなら……少しは違っていた。だが、勇者はそう思わなかった。その肩書だけはどうしてもついてもらわなければならない事情もあったが
「お前にとって、私達の思想は間違っているというのか!!」
「脅してくる質問は自信がないと思われます。僕は間違っていると答えます」
妃様を味方とするならこの人ほど、頼れる存在はいないと勇者だと分かっている。自分以上に頼れる。ただし、それは王国としての視点であり
「敵国からすれば、狂気に包まれた幸せでしかない。僕はあなた達と違って出生が違う。共感できないし、するわけにもいかない」
第三者からすれば
「儂という王を爆弾にするような国じゃからな……狂気でしかないわい」
「王様だけはそうなっておいた方が良かったぞ。ロクな政治しねぇから」
「それは酷くない、僧侶?」
侵略する旨味よりも危険性が高すぎるし、被害はデカすぎる。さらに犯罪者達やその予備軍を追放したり、爆弾に変えて敵国に送り込んだりと……やりたい放題が過ぎるあの時代。
「勇者ご一行という組織の、裏の目的は、魔界の魔王を討伐という形で、……多くの国から畏怖させ、人材のスカウトや資金面での援助など、政治的な役割だったと思います。それを世代ごとに引き継いでもらう。確かに良い国に住む人々にとっては良いかもしれません。そこに生まれた人達はね。僕は違いますし」
勇者が肯定してしまえば、理不尽な環境下で生まれてきたこと。妃様のように強い人達として生まれなかった人達が、どうしようもなく堕ちることを認めなきゃいけない。
勇者は子供時代、そーいう人達を見て来ている。そーならなきゃいけなかった人達がいたからこそ、妃様のやり方は独善的であり、もっと別があるんじゃないかと思う。それを王様に託しているのは無責任極まりないのだが、
「生まれたら、自分は幸せになって良いと思います。僕から妃様に言いたい事は以上」
人の幸せについても、かなり無責任な言い方であった。
「だったら、今からテメェは生きてんじゃねぇよ。私の幸せのために死んでおけ」
「だから、山を買って過ごしていたじゃないですか」
「違うのよ。あんたが生きてたら邪魔でしかない。ほぼ何もしてねぇのに、誰もが幸せになれる世界を望みそうな事を垂れやがってよ、……そー思うなら誰しも、自分で、幸せになってやるって、気持ちを持たなきゃダメじゃない!私の王様の政治にグチグチ言ってんじゃないわよ!跳ね除ける反骨精神は幸せに直結するものよ!」
生きているのと死んでいるとでは違う。
「こんな勇者が生きてたらね!!誰も幸せを求めなくなるのよ!!私の息子のスキルで、たまたまの出会いを果たして!!レベルや力が全てみたいな、権化が!!幸せについて語ろうなどという思想!!そんなのあっちゃー、人間どーしろってんのって話っ!!他がまったくいらねぇーじゃん!!そんな回答わかんでしょうが!!」
勇者ご一行の中でも、頭一つどころ、やってきた世界を間違えているくらいの強さ。妃様からすれば誤算でしかなく、さらには息子を見殺しにされるなど……。こいつが生きている事だけでも世界にとっては、後々深刻な問題になると分かっていた。
だから、自分で殺しに。始末をしに来た。
「どうせ、死なない。ただ、無関係な人を殺すのなら容赦できない」
両者がバチバチにやり合う。そのゴングを託されていたのは、
「お姫様は大事な見合い相手。妃様、それを忘れずにな」
「妃様…………」
「儂も守ってくれよー、僧侶くん」
僧侶がこの場にいる勇者と妃様以外の無事を確保してからだった。3人の男の心臓に爆弾を設置し、右腕さえも吹っ飛ばしたというのに、こいつの存在そのものへの価値は自分達よりも上だ。
妃様の感情は最初のとは違い、本心からのものだ。そして、勇者も冗談ではなく、本気で受け入れるつもりだった。これだけはするべきことだ。
何度も蹴り飛ばされながら、身体を爆破されながら、外傷を与えていく。
「息子を返せっ!!取り戻しに行けぇっ!!」
「………………」
「お前がいたから、私の息子はおかしくなったんだ!!」
「………………」
「魔王城に1人で挑むわけがなかった!!お前なんかが産まれていたから!!みんながおかしくなったんだ!!」
「………………」
「この世界からお前は消えちまえぇっ!!」
溜め込んでいた罵声は自分の爆発よりも上回っていた。そして、こいつは壊れないし、こいつはそれを止めようともしない、妃様を殺そうともしない。右腕の欠損から続いて、体中が爆発の影響で煤塗れとなり、大きなダメージを背負っても……
「っ…………」
「ぐうっ……死ね……死ね、勇者!いや、お前なんか勇者じゃない……馬鹿が……」
勇者は生きている。
「は、反撃とか、抵抗とかしないですか?一方的過ぎて、酷い」
「ぐろ~~……気分悪っ、見てらんない」
「…………身体の傷よりも痛いのが分かってるんだろ」
「はわわわわ、勇者様、大丈夫ですかぁー、これ」
村人ちゃん達が勇者のやられ具合にドン引きするのは当然の事であるし、共に勇者ご一行をしていた魔女ですら
「あいつ、やせ我慢ね」
さすがに心配の表情。それだけの価値と事情があるのは分かっている。
勇者の選択がそれしかないこともだ。
どうして、反撃しない?
「……妃様の理想には、」
勇者は”それ”を答えようとした時、1人がここで止めた。単なる偶然ではあるが
「待つんじゃ!!妃様!もうその辺にせい!!今日は勇者とお姫様のお見合い!君と勇者の因縁など、あとにせい!いくらでもできる!!」
「……珍しく、王様っぽいな。喧嘩の仲裁か」
「王様ですけど!?」
僧侶のツッコミがホントに傷つくが、王様しかこの場を収められず、心臓に爆弾を仕掛けられようが。この辺で覚悟は決めている
「この子は、わ、わ、……儂が不倫というか、その場の勢いとかムシャクシャで出来ちゃった子だ。その責任を一緒にとれる気持ちはある」
俺にはねぇんだけどなぁーって、僧侶は心の中で思っておく。
いつでも3人の命を奪えるという状況でもなく、かといって勇者が死なないという事でもない、本当に本当を思っているのなら、妃様自身にも”それ”は……その答えには気付いているはずなのだ。
「……はて~~~、そのご責任とやら」
「びくっ」
「ちゃんととってくれますか?」
「ももももも、もちろんですとも、儂のこの清んだ瞳を信じてくれ!!」
妃様が王様のことを妖しく睨んで確認し、……席に座る。ここまでだって、想定しているのだ。
しかし、これだけ攻撃を与えたとしても、勇者が倒れてくれないし、回復などもしない。ゆっくりと身体を起こして、勇者とお姫様で語り合う。
「失礼しました。僕の、勇者としての汚点です」
「いえ。妃様にも色々とあるのです」
妃様はだんまりとなる。……ある意味、温存や回復を図ろうとするような、落ち着きぶりである。
「それにしても酷い傷ですね、大丈夫でしょうか?」
「いえ、右腕の欠損や左上腕の筋肉の損傷、筋肉の炎症、骨のヒビなど、僕にとっては問題ないです」
問題だらけだよ。こんな状態でお見合いしてる奴はお前が初めてだよ。僧侶はしょうがねぇから心の中でツッコミをするだけ。用意された料理も汚れちゃって、食べられる感じでもない。改めて、料理を運んで来てもらいたいが、人質である状況は変わらないため、ここは開き直って
「じゃあ、2人だけで軽くこの城内を回って頂きましょうか?2人きりの方が話しやすい事はあるものです。勇者の武勇伝は、面白いことばかりですよ」
勇者に逃げんなよって目は要らなかった。それと心臓に爆弾をセットされているなら、これくらいのサービスはOKだろって感じだ。妃様の見張りは僧侶と王様がやるという空気を作り出した。
勇者の怪我具合も見て、治療を促すには丁度いいやり方。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい、勇者様♡」
ザーーーーッ
妃様は無言であったが、了承と受け取って、勇者とお姫様を部屋から出した。そして、すぐさま
「き、妃様…………儂等の爆弾、いつ解除してくれるの?もしかして、妃様の切り札?だとしたら、戦時中と同じじゃないか」
「俺は関係ねぇだろ。すぐに解除してくれ」
勇者が無言でやられていたところを見るに、マジでハッタリじゃない。妃様の理解者であることと、勇者ご一行の元メンバーだ。やり方だけは分からなかったが
「解除しないわよ♡」
「「いやいやいや」」
爆破されていった犯罪者達の気持ちが分かるわ。
こんなこと一溜りもねぇ。妃様からすれば、それは当然の事だと思っており。
「勇者が死ぬまで解除しない。気持ちを抑えるなんてできない」
「いや、妃様。滅茶苦茶あいつを爆破したけど、致命傷に届いてないじゃん」
「そうじゃ!妃様が疲れる顔など、儂は見たくないぞ!!」
「余計な犠牲を出したら、勇者がキレるって分かってるし、本人も警告してたろ!解除してくれ!!」
「嫌!絶対にイヤ!!……………ふふふ♡ふふふふふ♡」
爆弾化を解除しないという意志。まだ、彼女は終わらせる気がないのだ。そして、僧侶と王様を引き剥がそうとすることも、口に出さないよう。
心の中で
”台本通り”
そう、ほくそ笑むのであった。
◇ ◇
2人きりの庭園散歩。後ろにカメラのようなモノを追跡させるなんてこと、やらないでおく。時間を決めて、呼び戻そうとしていた僧侶。
そして、待機していた面々も、お腹いっぱいというグロ映像を見せられて、ダウン中。
「妃様って、魔王よりも魔王をしてません?」
「ウチも思いました!あの人が魔王で良いと思います!」
「常人ではあの手腕はできないから、魔王よりも妃様が正しいと思う」
天使ちゃんや女武術家ちゃん、商業娘ちゃんが魔王の娘の目の前で、妃様の戦闘狂ぶりとそれだけ苦しんだ思いを見せつけられて思った。
「つ、つ、つまり。私の母親はあの方だと……」
「違う違う、そんなわけないでしょ」
「それ本人が聞いてたら爆殺されますよ!」
「魔王の娘ちゃんって天然だね!かわいー!」
お見合いをする者、同棲していた者達と楽しい交流をしていた。
つまり、本当に。
勇者とお姫様、2人きりの庭園散歩&デートであった。
チュンチュンチュン
2人にとっては、お城に住んでいた事もある。だからか
「特別感というのはないですね」
普通なら違う気持ちが出そうなのに、2人共も高貴な人物かと思いきや
「僕は村の方で暮らしていたから、お城の中は馴染めないんだよね」
「……そういえば、勇者様はお城暮らしではなかったんですよね?」
「うん。そもそも、本当の子ではないからね。妃様があれだけ怒るのもしょうがないよ」
「勇者ご一行の前はどこに?」
「う~~ん、食べる物に困って、犯罪が絶えない国で15歳までいたかな。それからいきなり王族として招聘されてもね」
「なるほど~」
そんな境遇からでは、やっぱり妃様の理想を引き継げない。
「園芸が好きって言ってたよね。こーいう庭園のお手入れや、お花の種類も分かる」
「はい。そのお花は…………」
自分の過去のお話よりも今のお話を求めた勇者。園芸の事となるとやはり詳しく喋る。その最中に勇者は自分の傷口をスキルで塞いで消毒している。せっかくくれた時間を治療にはしたくなかった。お話をしながら、勇者の傷が癒えていく様子に気付いたお姫様
「まぁ!勇者様、お怪我がだいぶ良くなったように……凄い回復です」
「あはははは、妃様にはまたやられるだろうからね。それを受け止めなきゃいけないね(僧侶達の爆弾も解除してもらわないと)」
「あの人は私を、お城から救ってくれた方です。妃様のためなら、その身を捨てられる覚悟はあります」
「大袈裟だなー」
勇者は最大限、妃様を警戒していた。それ故、彼女に対しての危機感は薄かった。
それは急に貧血のような、頭がボーーっとするような感じとなり、
ガクッッ
地面に膝をついてしまうという異常事態。体を治療したはずなのに、地面に倒れないようにしている様。
「っ…………!?」
「あらあら勇者様。どうされました♡……四葉のクローバーでも見つけましたか?」
「!……な、何かしたのかい」
「さぁ~……?私には、勇者様が勝手に地面に膝をついたとしか……思えませんけど♡」
「やっぱり、君も妃様の紹介だなぁ……。勘弁して欲しいな……」
勇者がここで一気に立ち上がろうとし、無理をしようというのなら、ホントに勇ましい者である。だが、そーじゃないという冷静さがあり、これが普通の猛毒ではないし、妃様という人が紹介した人物であることを過大に評価する。それすら過小とも言える。
「………………」
商業娘ちゃんから借りた”エアルック”では……視認できなかった。そして、僕の感知でも彼女の攻撃は視えなかった。何もしていないのは確かだ。傷を癒し、ここに来るまでも異常がなかった。
……まずい、高熱が出て来ている。身体中の水分が蒸発するような熱さだ。猛毒ならそれに対処する治療をしないといけない。
「どうされます~、妃様達をお呼びしましょうか?」
「す、少し待ってくれないかな。そこのベンチに腰掛けてて……」
持てる限りの力で猛毒を除去する回復スキルを使ってみるが、その結果に
「!?……!?」
効果がない!?自分の身体の異常は、……猛毒じゃないか、……それよりも強毒!?
「がはぁっ……」
無様にも口から目から出血していく、勇者。自分の血が体内で暴れ出すように血を流し続けて、この綺麗な庭園を血で汚してしまう。
◇ ◇
「…………そろそろ、頃合いかな」
僧侶がアナウンスをして、2人を呼び戻そうとするが、
「男女の仲よ。急ぐことはないんじゃない?ねぇ?」
「そ、そうじゃな。わははははは、儂は帰ってくると思っていたが、いやー、仲良く喋っているんでしょうな!ははははは」
妃様が気を遣ったような言い方が、逆に不安にさせる。だが、僧侶も王様も、心臓に爆弾を仕掛けられ、妃様を監視する意味をかければ、無理をして勇者達を呼び戻さないのは当然だった。
「確かに妃様の言う通り。あいつが結婚すれば、俺も王様も解放されるわけだし」
「そうよそうよ♡男女の仲はゆっくり時間をかけるもので、私達は出会わせるためにいるだけなんだから」
「野暮なマネはしない方がいいな」
誰も勇者の心配などしていない。今、妃様は自分は監視されているという状態よりも、この二人を監視していると言える状況なのだ。今、間違いなく、勇者は血を吐きながら苦しんでいるだろうと確信している。その時にこの2人がいたら、阻止される可能性がある。
彼等2人に爆弾を仕掛けたのは、勇者がするであろうSOSを阻止するためだ。
奴は必ず、死ぬ。
レベルがいくら高かろうが、強力な状態異常という奴には抵抗できない。お姫様を勇者の相手として紹介したのは、本心として、彼女のスキルならば勇者を殺し得るのを知っているからだ。
十分にそのアシストはしたのだ。驕り昂ぶりが勇者にはあった。
◇ ◇
ブシュウゥッ
「ま、まいったな……なんの病気かな、ごほぉっごほぉっ……」
高熱と逆らえない吐き気、全身の震え。
魔王と対峙しても起きなかった異変を味わっている。しかし、立ち上がり、ベンチに座って待っているお姫様に向かう。
「大分慣れてきたけど、……君の姿に血は似合わないと思う」
隣に座らずに立って向かい合う勇者。
こんな状態であろうと
「お見合いを続けようか」
「無理されてるんじゃありません?」
お姫様の優しい笑顔と共に、勇者の身体から血が噴き出て来る。出血がまったく止まらないといった現象。お姫様は笑顔で
「私と一緒に過ごして、今まで死ななかったのは勇者様が初めてですよ♡ホントに好きになっちゃう♡」
勇者とのお別れを嬉しそうにしていた。それは妃様とお姫様とで勇者の事を知っている情報が違うからだ。迂闊というには無理があろう。
「妃様はその中に入らないんだ。じゃあ、条件を満たさなかったわけか……」
「!!」
「ごほぉごほぉ……君は、細菌関係のスキルかな……」
お姫様のスキル、”ビーダブリュー”
まだこの異世界では治療法が確立されていない、死に至る病を発症させるスキル。
別名、”血足病”
「薔薇はお好きですか?刺々しい茎が特徴で、ちょっと触れると、痛い痛~いです♡」
血の凝固を妨げるだけでなく、病名の通り、血が生き物のように歩き出すかのように体外から出ていくという奇病である。
その病にかかってしまうと、わずかなかすり傷からでも、致死に至るほどの流血をし、身体を害する黴菌も体に入っていき、患者を死に至らしめる。
「ぐうぅっ」
勇者がまた地面に膝をつき、血を吐き出す。そして、欠損している右腕から血を噴出させていく。これはいくらレベルが高かろうがマズイ。生物的に致死量に達すれば、死んでしまう。
「私、ずーっと、お城の中にいたんです。だって、私の近くで誰かが怪我しちゃうとすぐに死んじゃうんです♡怖いですよね♡私、なにもしてないのに、何も見てないのに」
「っ…………」
「ちょっと転んだだけでも、子供や大人が出血死するところを何度も何度も……気が狂うくらい見て来たんです♡……その度になんのために、私、生きてるんだろうって?」
お姫様は倒れる勇者がもう、自分が見てきた者達と一緒の死に様だと思った。妃様が十分過ぎるくらい時間を稼いでようやく、その状態になっただけに、勇者はよく頑張った方だと思っている。
「でも、今だから分かります。あなたを殺すために私は生まれたんだって♡……ありがとう、私の生きる意味をくださいまして♡」
「!!………ぅ……」
嬉しそうに、とても強い人が死ぬことに、笑顔になれる。それが100%ではない事に勇者は気付けていた。お姫様が自分で言っていて、自分の矛盾に気付けているわけもない。
「違うね。君は、僕を殺すために生まれて来たんじゃない」
「え?」
「僕は死なないし……」
どうにかして、この奇病から脱すればいいか。まだその案が出ないが、少なくとも、お姫様はこの後の人生をどうするつもりか。
「君は、君自身で幸せになるために、生まれて来ている」
「!!……………」
「君が妃様に感謝してるのは、……生きる目的を、……くれたんじゃない!……君のスキルを制御できるよう、命懸けで指導したからだ!!そこに……僕を殺す理由があっても、……君は自由になれるはずだ!」
もし、このお姫様のスキルが、制御不能な場合。
このお見合いが成立しない可能性が大きくある。単純なかすり傷でも致命傷になってしまうこの奇病を撒き散らせるとしたら、即刻中止になる。妃様自身もそれは避けたはずだ。
その制御方法を指導し、完成させた事は間違いない。とはいえ、感染させるのと、治療をするのとでは別。すでに勇者はその奇病に罹っている。




