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私をもっと鍛えてください~だからって襲い掛かるな~

泣き止んだ。気を失っていた。

断片的に自分がここにやってきて、救ってくれた人達がいて、事情もそれなりで


「ゆ、勇者様!あ、あの時はありがとうございました!!」


女武術家ちゃんは勇者に一礼する。だが、


「僕は君を連れて来た側だから、感謝する人は別なんだよね」


むしろ自分は、彼女を助けられずにいた弱い男であった。

彼女がずっと泣いていたから、2泊3日の同棲生活の1日はほとんど終わってしまった。ずーっと泣いていた人だったとしか、今は印象になかったのであるが、


「そ、それでなんですが。その……ゆ、ゆ、勇者様と、同棲ですか……私、お金がなくて、たまたま、引いただけというか、その」


なんか村人ちゃんを思い出すような仕草。遊び人ちゃんは金銭感覚が、商業娘ちゃんはそれなりのお金があるせいで分かり辛いけれど。

彼女みたいな方はやっぱり多いのだ。


「よ、宜しいのですか?こ、こんなことで」

「うん」


勇者の思っていたことはお金をキッチリ払いますという頷きであったのだが、彼女は違った。


「で、では!!これからの時間!!ウチのレベルを上げる手伝いをしてください!!」

「………??はい?」

「ゆ、勇者様が強いのは分かります!だからこそ、ウチもそこに近づきたい!じ、自分だって武闘の道を行く者!!そ、そ、そんじょそこらの奴等なんて倒せます!!タァーーーッ!!」


自分は戦えますと、今に必要なわけがないのに、勇者に襲い掛かって来る女武術家ちゃん。いきなり何を仕掛けてくるんだと、勇者も思わず避ける。そして、さらにこの場所が自分の知る家だからこそ、間合いを一気に外せるだけの移動術を披露する。


「ちょっ!な、なんでそうなる!!」


勇者の質問に対して


「さ、さすがです!そんな身のこなしをする人!!父上以外にいなかった!!私は、父上を超える必要があります!!」


女武術家ちゃんも負けじとついてくる。家の中で暴れられると困るから、勇者も外に出て戦闘体勢になるのであるが。あくまでその力は自分の身を護るために、だ。


「レベル上げって……僕と戦ってするものなの!?」

「”強い者には挑め”と、我が家の家訓であります!!」

「!」


もしかして、この子は……。


勇者があくまで逃げを意識しての戦闘に入ったのは、女武術家ちゃんにあった違和感だ。見た感じのレベルは30中盤。かなり強いのだ。しかし、なぜか不運というか、勝てない試合ばかりを組まされている。そして、彼女の心がへし折れてもまた再生するくらいの精神力。



バギイィィッ



「どうでしょうか!この十八番オハコ、右の前蹴!」

「……下半身は強いね。戦いにおいて、足は重要だからね」


ついつい彼女にノってしまったが、自分も物理的に乗ろうとする。この前蹴りなら軽々と材木に穴を開けられる。だが、あくまで最大の威力が発揮できる瞬間のみ。

蹴りを繰り出すよりも早く、突進し、身体のバランスを崩して


ドガアアァッ


「地に背をつければ、そちらの負けだよね」

「!ゆ、勇者様…………」


言わなくて良いと思うのだが


「ま、まさか押し倒されるとは。ちょっと恥ずかしい……です」

「……君が仕掛けてきた側なんだけど」


顔を赤らめつつ、女武術家ちゃんに負けを認めさせる。だからこそ


「は、早くどいてほしいのですけれど」

「ご、ごめん。でも、ちょっと話を聞いて欲しいんだけど」


この子はもしかするとなんだが、


「君のスキルって、何?」

「スキル?……そ、それはなんのことですか?」


自分のスキルを知らないんじゃないのかなって……。

これは勇者自身にも言えることであり、持って生まれた資質を知らないで一生を終えることだってある話。面影が近くにいるもんだ。


「ち、父上は……」


『武術を志す者!!己の肉体を鍛えよ!!あらゆる技には、あらゆる力がある!!』


「という信念で」


『数値で殴れ!!デカイは小さいに勝つ!!小学生でも分かる理論なのだ!!』


「ウチを教育してくれました。……父上の言う通りです」

「そ、そうだね……」


この子にして、この父親らしいな。スキルの気付きがないということは、今まで生活してきて一度でも発揮される事がなかったに等しい。となれば、彼女のスキルは戦闘面じゃない?

しかし、スキルがなくてこの体術って、ある意味”凄い素質”のある子だな。


「ともかくです!!残り3日!!猛特訓をお願いします!!ウチをもっと、もっと、強くしてください!!」

「ごめん無理。指導とかできない」

「そこをなんとか!!ウチは一生懸命、ついていきます!!」



◇        ◇


魔女のお屋敷に招待される。


「畜生が~~」


客としてではなく、生贄のような感じだ。ぐつぐつと煮えたぎったような熱さ。砂漠のような熱砂と乾燥のそれとは違い。ゆっくりと噴火を続ける火山の近くに屋敷を構えるとは狂ってやがる。

魔女という女。

自然のエネルギーを利用することで、あれだけの強さを有している。逆に言えば、それ抜きで彼女と渡り合えている勇者と魔王がおかしいのだ。


「あち~~っ、あのクソ女」


火山の近く、深海の中、砂漠のど真ん中、密林の奥。……色んなところに拠点を作って、彼女に自然エネルギーを送っていく。

様々なスキルを使えるのには、それ相応の容量と基礎を持ち合わせ。自分のスキルにマッチしている。


魔女が生まれ持つスキルは、”スタンバイ”


指定した拠点からエネルギーを取り込めるスキルであり、魔女の圧倒的な強さを支える。自分の生まれ持ったものに対しての理解があって、活かせるスキルになる。

1つの拠点を作るだけでもなかなかに大変なのだ。



バタァンッ


「うらぁ!!魔女ーーーー!!なんで俺だけ転移させてくれねぇんだよ!!」


拠点の扉を開けて入って来たのは、僧侶。なんで自分だけ徒歩でここまで来なきゃいけねぇのか。なんでこんな仕打ちを連続で喰らわなきゃいけないのか。


「きゃあぁっ!!」


服を着替えている最中だったからこそ、顔を赤面させた女性が驚いてあがる声が1つと、


「あち~、ここやばいですよ~。鍋の中で茹でられてる熱さ……」

「天使ちゃんは環境が恵まれているだけですよ。魔王の娘として、色んな魔族を統べるためにもあたしは大丈夫です。魔物には色んな環境で生きられるため」

「でも、あたしと同じで脱いでるじゃん。暑いのは暑いって言いなよー」

「それは自分の過ごしやすさも大事ですから!」


お互いの考えは違うが、暑さを和らげるためにも服を脱いで、汗を拭うのは当たり前だった。扉を開けて入った部屋でこんな3人の光景が広がっていても、『ああ、そうですか』といった具合の顔をしながら、ずかずかと中に入って来ては座り込む、僧侶。


「話すこと話して、とっとと王国に行くぞ!」


ビキッ


そーいうキレマークを出したのは1人だけであり、それくらい……いや、それ以上にキレているのは自分の方だとして、僧侶は1人の生物として中にいた。彼もまた勇者ご一行に選ばれている逸材に違いないのだ。


「人が着替えてっときに、入ってくんじゃないわよ!!」


赤らめた表情よりもぐつぐつと煮えた溶岩を、その平手に纏って僧侶の顔面へと襲い掛かる。”相性”をミスしたら、一発であの世行き。僧侶もまたその張り手に目を追いかけながら、相殺する程度の術を展開して完璧に防ぐ。


ブシュウウウゥゥッ



「うわあぁっ!湿度やばっ!!」

「なにしてるんですか、2人共!湯気が凄い事に!」


衝撃で部屋全体に熱された水蒸気で満たされ、視界はまったく見えない。しかし、それは全員の身体が見えないようにもなっていて、魔女の実力なら顔だけはお互いに見えるようにできる。


「……着替えたら呼びに行ってあげようと思ってたんだけど?」

「お前の身体はもうガタガタだろうが。俺が見てどうすんだ?」


魔女の身体を見たけれど、それがなに?ってくらいの表情。そこに自信のなさが出て来たのか、


「天使ちゃんと魔王の娘!!あんた達、こいつに裸を見られてなんともないの!!」


自分ではかなり落ち着いて叫んだつもりなのだが、


「え?どうしてです?天使と人間は違いますよ」

「特になにも……人間体に近いと言っても、あたしは魔物だし……」


??マークを浮かべながら、自分達の裸を見られてもなんともないといった態度をする、天使ちゃんと魔王の娘。それに凄く動揺を見せたのは


「いやいやいやいや!!あ、あ、あ、あ、あなた達ねっ!!どーでもいい雄に体を見られた事にですね!!恥じらいというのをですね!!っていうか、自慢!?あんた達、私より体が若くて、スタイルが良いから自慢ですか!?あぁ!?」

「あの。天使のあたしはあなたよりも大分年上ですけど…………」

「スタイルとか子供のあたしには分からないけど……」


色恋沙汰。恋愛関係について、価値観に違いがあり。最終的に2人は顔を見合わせながら、結論を魔女に言ってあげる。傷つく言葉であっても事実を言わねば、進まない。


「「魔女は顔以外びみょ~」」


ガーーーーーーンッッと、崩れ落ちる魔女。本人なりにも結構頑張っているつもりではあるが。彼女の身体が年齢以外にも、僧侶に言われる理由としては


「お前のスキルは自分の身体に負担をかけてんだよ。こーいった過酷な環境を拠点においてたら、お前の内面は大丈夫でも体が持つわけねぇ。肌は特にボロボロじゃねぇか」

「うっさーーーーーいぃぃっ!!胸や身体が上手に成長してないのは、あたしの遺伝子が貧乳でお尻が大きいと言いてぇのか、テメェ!!」

「年齢はギリギリセーフにしてやるからさ」

「肉体も精神も年齢以上に年喰ってるぞって言いてぇのか!?おおぉぉっ!?テメェの相性で凌ぎきれない攻撃を繰り出してやろうか、今、ここで!!この世界をあたしが滅ぼしてやらぁぁっ!!」


批難されると、キレ出してしまう。人の話を聞かないのは、勇者譲りというか、魔女譲りな感じである。年齢を重ねた結果落ち着きがないのは、焦りというなんとやら。これは男と女の差ができているからかもしれない。


「暑いから早く話をしてくれません?」

「そうです!早く、あたしは勇者に会いたいのだ!!」

「そうだ。お前の身体なんてどーでもいいから、話をしやがれ。それから勇者と結婚して俺を解放しろ!」


魔女が知っていること、伝えたいことを知りたいわけで。ぶっちゃけ、魔女本人には意識を向けてない3名であった。



◇        ◇



同棲とは。結婚生活とはなにか。

ハッキリ言おう。


分かんねぇや……


「お、落ち着いてよーー!!」

「そーいうわけには行きません!!戦いの中でしか、ウチは成長ができません!!」


この子、遊び人ちゃん以上にやべぇ子だって、勇者の中で確定。

妃様の囚人爆撃をやられた事で、その厄介さがよく分かっている。敵でもない人達と戦うなんて、厄介極まりない。長期的な人生設計において、そーいったトラブルで崩れるのは良くあるだろう?

最後に無罪ならなんでもいいじゃんって……そこに至るまでの過程とは耐え難く、どこにも救いがない。そして、相手方は吠えるだけが目的であり、その結末にはな~んにも、……少なくとも矜持などないのだ。ただただ自分本位。



ドドドドドド


ここが勇者が良く知る場所だからこそ、地の利がある。戦う以外の選択肢は十分にとれる。その上で実戦経験においても、レベルにおいても、ステータスにおいても


「無謀が過ぎる……」


女武術家ちゃんがボコボコにやられる未来しかなく、彼女のするべきレベルアップが、こーいった野性的なモノではないと思っている。


「ど、どこですかーー!勇者様ーーー!!ウチは何度も挑みますよ!」


さっき隠れて呼びかけをしたら、一気に間を詰めてかかと落としをして来たじゃないか。こんな状態じゃ、絶対にこっちの話は聞かないよ。といっても、気絶させたら絶対に話が聞こえないし。この子の父親の教育はどーなってるんですかね?自分はいなかったけど、魔女が色々と教えてくれたからすっごく今、感謝してる。


「勇者様ーー!ウチを強くしてください!」


落ち着け、僕。


「2泊3日の同棲生活……違う。彼女とは3日間のサバイバルバトルだ」


就寝については、彼女を気絶させればいいとして……。

食事についても、彼女が暴れ疲れて、お腹が減って動けなくなった時に料理を作って提供しつつ、距離をとって一緒に戦いながら食べれば良いし……。問題は入浴だ。お風呂を用意しながらはともかく、彼女と一緒にお風呂に入るってかなり難しくない?着衣しててもいいのかな?聞いてないんだけど。


「戦いましょうよ!!」


あれこれを考えつつ。

最も早い近道は彼女の言う通りではある。それは分かっているのだが、それが難しいのだ。だって、勇者はそーいう人に伝えるというのが苦手だからだ。おまけに女武術家ちゃんのスキルについても、解析できていない。

改めて思うが、誰でもそうで。

自分しかいないと気付かない面がいくつもある。自分がやっていて気付けることがあって、他人がいるからこそ気付けるものがある。


「………………」


彼女は良い子ではないと認識しつつも、誰かと一緒にいて、自分の知らない・隠していた内面に気付かされて考えることは、悪いもんじゃない。

彼女の単純さに囚われ過ぎた。この時にある、自分の”手札”は必ず、助けになる。


「残機スキル、”マリオ”」


最終手段を考えた上で、最善の手段に出る。


「見つけました!!…………って」


女武術家ちゃんにはバレバレになるけれど、自分の分身を大量に出し、


「僕が彼女と戦う!」

「僕達は畑仕事!」

「僕達は料理を作っておくよ」

「手が空いた者達は、村の復興作業に取り掛かれーー!」


核となる本体が女武術家ちゃんと対峙し、分身達にその他雑用を押し付ける。料理やお風呂を早めにやり過ぎるとあれではあるが、それよりも彼女が早く気付けることが何よりだと優先した結果だ。



バギイィッ



「ゆ、ゆ、勇者様がいっぱいです!!こ、こんなに勇者がいていいんですか!?」


目があっちこっちにいってしまい、集中が出来ない様子。そりゃあ面食らうのは当然だ。しかし、すぐに自分と向かい合ってくれる勇者に勝負を挑むのは正しい。

力量差がそれでも分かってくれないが、ひたむきに真っ直ぐ来るのは悪くはない。少なくとも卑屈じゃないから、勇者も真正面から行けた。


「えっとね」


戦ってレベルアップもなくはないけれど、彼女の限界は、これでは突破できない。人には限界値というものがある。

そして、教えるのは苦手だ。


勇者はその拳を寸止めする


「寸止めにするよ」


予告までするのは、危険な証だ。かなりレベルを抑えて戦っていたのだ。

この100000レベルの物理で殴る。自分の本領がこっち側なのは、自前。魔王にも喰らわせてやった、一撃。人間に向けるのは久しぶりなくらい。


「!」


たぶん、避けないよなーって思っているから、彼女の顔の横を通り過ぎるように拳を振りきる。彼女が瞬きすらもできない速度で打ち込むのだ。直撃したら彼女が死んでしまう。

魔女なら自然エネルギーを纏って繰り出してくる。一方で自分は、純粋なレベルの暴力で殴りつけるタイプだ。相殺できなかったら、跡形もなく



ドゴオオオォォォォッッ



「や、やっちまったよ」



せ、せっかくの畑や田んぼが…………損壊してしまう。

山の1つが拳を出した衝撃で半壊しちゃった。

空気をぶん殴るという理屈から、その先の空間にまで作用する異常な物理攻撃で、周囲を破壊するのが勇者の実力。これが本気に近いくらいの、手加減で繰り出される打撃の一発。


言わなかったが、この打撃+分身による物量攻撃も可能である。


ドサァッ


「……っ…………っ??」

「わ!だ、大丈夫……な、わけないか」


直撃はしていないが、顔の近くを通り抜けたのだ。勇者自身、人に向けて放つもんじゃないから、まだ分かっていないのだが。


「鼓膜、大丈夫だよね」


空間まで作用するせいで、トンネルに入った際の耳が塞がった感じになり、身体のバランス感覚も狂わされて、尻もちをついてしまう。気絶とはいかず、耳が聞こえるようになれば女武術家ちゃんも落ち着けるだろう、たぶん……


ヒュッヒュッ


「うわぁっ」

「な、なのですか~…………いぃまぁの(耳聞こえず、声もロクに出ない)」


女武術家ちゃんは尻もちをついても、勇者に対して、攻撃しようとする意志の強さ。これには勇者もドン引きする。とはいえ、まともに戦えないとあっては、数度の攻撃のあとは沈黙した……。

耳が聞こえるようになると


「!はっ!!い、今の、ど、どーやったのですか!?や、山がっ!すっごい事に……」

「と、とりあえず。戦うのを止めようか。な、なんというか……」


自分は騒がしいのが嫌だけど。結婚という舞台で、お互いが成長できるというのが、ある意味の答えなのかもしれないと。


思って、女武術家ちゃんにアドバイスを送る。








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