あなたとの時間は短くてとても幸せ~結婚が幸せって難しいな~
「良い鍋があるじゃないか」
15時50分。商業娘ちゃんは調理場に顔を出し、勇者も分かっていたかのように食材を並べていた。カレーを作るそうではあるが、抹茶カレーとは……。
「僕は…………畑でも見に行っているよ」
「ふふふ、だとしたら、ちゃんと美味しいカレーを作らないとな。今だから言うが、私の腕前には期待をするな」
と言いつつも、遊び人ちゃんのようなまるっきりの素人じゃないのは、包丁や鍋選びからも分かる。村人ちゃんがかなり家庭的な料理を作る傾向にあるのに対し、商業娘ちゃんはかなり突飛な料理を作りたがる傾向。楽しさ重視。作ったことがない料理に挑戦するタイプ。やってみたいって性格だ。
トントントンッ
「……………」
だが、今回は楽しさにちょっと緊張が入ったが。……すぐに勇者の顔を思い出して、緊張するのはおかしいと思った。
「ふふ」
ないないない。
私は、楽しくやらせてもらう。
ジュ~~~~
抹茶カレー。そんな料理にも色んな種類が存在するのであるが。
お米を抹茶とバターで炒めながら混ぜ、抹茶ライス。そこに普通のカレーに、抹茶をちょっと入れてかき混ぜ、少し緑色になったくらいになったら、抹茶ライスにかけてあげれば完成。
パクッ
「……………」
これを人に食べさせるのは……良い味ではないな。今回は失敗か。
まぁいいか。
どんな料理でも、調味料の配分を適当にしていれば、食べられる味になる。
「勇者、できたぞ~!早く食べてくれ!」
カレーを手の込んだ料理であるという一面。もう1つ、保存が効きやすいという面もある。そして、抹茶カレーにはルーの方を抹茶味にするタイプもあるのだが、メインをご飯側に据えたのはカレーを保存するためだ。
これは勇者と商業娘ちゃんの、似ているようで似ていない価値観の違いにある。
「「いただきます」」
勇者の物珍しそうに見る、抹茶カレー。味よりも先に、その見た目ともう1つ、……。そして、商業娘ちゃんは味が分かっているからか、パクパクと食べる。
「旨いとは言えんがな……食べられるぞ」
「それはそうだね」
想像しているよりも、美味しいだろうなって分かる。
その一口に勇気がいるが
パク
「!」
強い抹茶の香りに、甘辛のカレー……ご飯と炒めたバターのまろやかさと合っている。
「美味しい」
「笑って言われると嬉しいな」
勇者が口にした方が遅かったとはいえ、もう商業娘ちゃんは食べ終えてしまい、メモ帳を取り出しては何かをメモし始めた。
「反省点を書くの?」
「違う違う。次はどんなカレーを作ろうかなって……」
「もしかして、カレー好き?」
「自慢が出来て簡単、子供に人気で、誰でも好きで、冷凍保存もできる。味を変えるのも難しくないからな。ルーに火をかけている時に調味料……チョコや牛乳もいいな」
そのお手軽さに好んでいる料理。突飛な料理に興味が湧くがその基準。比重には
「生活が第一だよね。僕もそう思う」
「料理で金をもらう商売はしていないからな。なにかと手短で、なるべく安くというか、それでいて美味しい……とな」
欲深いことだけれど、当たり前な事であり、そこには……欲しいというか、できないというか。
「一人前は難しい。2~3人前が料理にはいい。だから、な。1日で20~30分ってところだ」
「僕もそう思うな」
「即決してくれるのか」
似ているけれど、やっぱりって部分がある。料理をする時間というのは、やっぱりもったいないけれど、食べている時間は幸せになれる。
やりたい事がある人にとって、そーいうことを誰かにやってもらいたい。誰でもいいからって気持ちになる。だけど
「料理に限らないが。考えて、身体を動かし、求めたいことをするって時。自分が人間なんだとホッとする。人間でいいという自信になるんだ。勇者はどうだ?」
自分の意志を持つという、良い言葉をもらった。
しかし、即決はできなかった。なぜなら
「…………僕もそう」
……沈黙で、お互いに合わない理由が、言葉にし辛いけれど、居心地が良いのだけれど。ダメだ。
「思うよ」
抹茶カレーを食べ終えた。とっても美味しかった。そこからの二人の談笑は、誰よりもできていたと思うし、勇者自身は久々に楽しかったと思えた。それは商業娘ちゃんにしてもそうだ。似た者同士であり、似ているからこそ、
”この人とは一緒にいない方がいい”
「この村はいいな。きっと自分のやりたい事に夢中になれる」
村人ちゃんや遊び人ちゃんからしたら、気味悪がられていたこの場所を商業娘ちゃんは嬉しそうに言っていた。
「これが君のやりたい事なんだろう?」
その先を少し読んでいけば、……勇者の口から言ってしまったことで、気が合うと分かる。
口の開きが一緒だった
「「突き詰めれば……!!」」
それに苦笑してしまう両者。それから商業娘ちゃんが言葉を譲って、勇者の照れた顔の口から
「効率を考えてしまうからね。静かな方がいい」
「同感だ。……しかし、難しい。私もお前みたいに1人でなんでもできたらと思う。それに1人よりも二人の方が優れた物になる。この村の欠点はそれだな。勇者は……考えたからこそ、こうできたのだろう?」
自分がそうされたように、先を言われてしまった。
「…………」
空気はきっと重くなったと思うけれど、自分のこの気持ちを誰かに伝えたことで軽くなるのなら
「僕は、」
それを言ったら……きっと誰かと過ごすなんてことはできないだろうに
「誰かと一緒に、上手くできた事がない」
失敗から学び、成功からも学ぶ。そして、正解というモノがないって分かった時に
「だけれど、僕がやりたい事を僕がやる事には、きっと上手くいっているんだ」
その答え方は多くを知る者達にとっては、大変な疑問になる。商人娘ちゃんは
「勇者ご一行の事業は、上手くはいっていないのか?魔王をメンバーと共に討伐したのであろう?」
「!!」
知らぬ故。その成果だけを知る者達にとっては、それを成功という。彼女からの、一般的な視点では、仲間達と共に魔王を倒したという大偉業。それですら、この勇者にとっては成功とは違うものを得たと言えるか。
すぐに察知してか
「自分1人でいい気にならない方がいいぞ。自分1人で気に病む事もだ」
そこが気がかりであり、勇者にとっては……その暗い一面を語ろうとする相手が目の前にいると知った。機密情報とはまた違ったモノである。
「…………あれは、”失敗”している」
「失敗?」
自分が本当の勇者でない事を知る人物は少ない。それを語ることはできない。なぜなら、王国の存在が大きく揺らぐに等しいからだ。
そして、それは王国からの視点であり、勇者からすればさほど問題のないことだ。
「仲間の何人かを失っているんだ」
その失敗。その犠牲。……どれだけの重みを込めたか、伝わらないだろう。
「犠牲はなにかとある」
犠牲を0で抑えようものなら、そんなの脅威ではない。
「魔王という存在に脅かされた者達にとっては、お前は救いになれたんだ」
◇ ◇
バサバサッ
「こちら天使ちゃん、天使ちゃん。聴こえますかー、どうぞー」
天使ちゃんと魔王の娘ちゃんは、魔界から人間界へと向かうわけだが……。勇者とのお見合いまで時間がある。人間界を見て回ろうにも、魔王の娘だと分かってしまったら
『どんな人選してんだ、お前ええぇぇぇっ!!?天使を名乗るなら、お互いを考えろやーーー!!』
僧侶が大激怒するのも、分からなくない。
「落ち着いて聞いてください。魔界も魔王が不在で困ってるんで、勇者と結婚して、和解エンドになりますよ」
『和解エンドじゃねぇよ!!父親を殺して、その娘を娶るとか、とんでもねー尊厳破壊だよ!?人間界と魔界ってちょっと前まで戦争してんだよ!!』
「ですけど、娘さんはずっと前から了承してて、籍に入ってもよろしいと……」
『よくねぇーーよ!!勇者も気まずいだろうが!!』
「でも、罪滅ぼし~とか、そーいう感じの脅迫?みたいな、結婚も大事じゃないですか。子供ができれば、こっちはなんでもいいんで」
『勇者と魔王の娘でできた子供とかヤバ過ぎるだろうが!!』
相手方は凄く怒っているのだが、天使ちゃんのこんな感じでよくね?って理由には……不覚にも説得力がある。勇者もこーいう背後関係を持つ相手には、断り辛い性格を利用している。候補としては有りではある。乗る気はねぇけど
『そっちの子はホントにいいのか?魔王の娘って何歳?実年齢で』
「10歳です」
『それ完全にロリじゃねぇか!勇者の奴は、年下は好きじゃねぇぞ。ガキは……でも、子供には優しい奴だな。結婚相手としてどうかと思うが。……というか、魔王の娘も娘で何考えてんだ?』
「自分の身で魔界が安定化できるのなら、その身がどうなってもいいと仰ってます」
『すげ~良いお姫様じゃねぇか。ウチの王様が馬鹿みてぇじゃねぇか。違った、馬鹿だった』
魔王の娘のガンギマリ具合は伝えられた。
今すぐに会わせて欲しいと言ってもだ。勇者は今、自分の村で商業娘ちゃんと仲良くしているところだ。あと1人くらいはくじを引かせたいし。まだ、王様と僧侶が紹介する女性も準備ができていない。
ビビビィィッ
「え?」
『!?』
その時、2人の通信を妨害する、魔術がかけられた。
「なになに!?声が聞こえ辛い!」
「天使ちゃん!これは……逆探知されているんだ!!あたし達の位置を調べようとしている!!」
「な、なんで!?逆探知ってなに!?あたし達、人間界に戻ろうとしているところだよ!」
魔王の娘ちゃんはすぐにこの莫大な魔力に気付き、自分の知らぬ父を彷彿とさせる魔力を発現させる。それに対し、所詮は魔王の子と分からせるような、暴力と言っていい魔力の濃さ。
雷速に匹敵する転移スキル関係とは異なり、異空間を経由してくるタイプ。それも身近な現象を利用して、対象に近づいてしまう転移。
「…………あなたが、かの、魔王の娘……ね」
「「!!??」」
巨大蝙蝠に乗っていたのは、天使ちゃんと魔王の娘の2人だけであったはずだ。しかし、なんの前触れもなく、気配が現れたと感じたくらいに。
ただの熟練などという言葉ではなく、天性の素質を併せ持った努力の傑物。
「お初お目にかかる。魔王の娘、それに天使……しかし、ここであなた達は私が処分する」
「うえええぇぇっ!!?誰ええぇっ!?」
「な、何者です!!」
天使ちゃんと魔王の娘ちゃんの前に現れたのは、魔女という名に相応しき姿をした女性だった。恐ろしい言葉と共に、身構えるで精一杯の2人に。
僧侶の焦りがよく伝わるほどの大きい声が届く。
『おーーーーーい!!魔女ぉぉっ!!止めろ、お前!!その子達は関係ねぇーだろ!!』
「そ、僧侶!?」
『手を出すなよ!!絶対に勝てねぇから!!勇者と魔王を除けば、目の前にいる奴が一番強ぇ!!』
「と、ということは……あなたはもしや、……勇者ご一行のお一人!?」
魔王の娘ちゃんが目を
「ほ、本物なのか!?凄い!!」
キラキラ輝かせて、魔女の姿を見ている。彼女もまた、勇者と共に魔王に立ち向かった1人だ。そして、僧侶が必死に捜していた人物であり、勇者に様々なスキルという魔法を指導した、師匠にあたる人物。
魔女である。
「”影沼”」
戦闘経験の差。完全なる殺意を持っている相手。色々な事情があって、この二人が人間界に戻ることを阻止したい。それ故、派手さがなくても、確実に仕留めることに拘る辺り。勇者以上の戦闘能力。
「ぬわ~~~!!じ、自分の影に引きずり込まれる!」
「そ、そうか!影を伝って、あたし達の前に瞬間移動したのか!!」
天使ちゃんも魔王の娘ちゃんも自分が作り出している影に取り込まれるように体が沈んでいく。
最終的には影と一体となり、身体を大地に圧し潰されて死ぬ。
その最中に天使ちゃんから、僧侶と連絡をとっていた本を奪い取って
「いい加減にしてくれない!?関係ないことでしょ!!」
魔女の本心を、かつての仲間である僧侶に伝えた。
通信というやりとりだけで、仲間と思っていた奴が消えて……
『そりゃこっちの台詞だ。魔王の娘ちゃんが覚悟を決めてんのに、お前にその覚悟はねぇのか?』
「!!」
『俺の知ってる魔女なら、姿を現すなんてマネはしねぇ。隠れて呪殺とかしてるんじゃねぇの?』
いるわけもない。
即座に僧侶に攻撃してやろうと思っていても、これだけ離れ過ぎていれば、僧侶のスキルでも十分に対応可能。僧侶も僧侶で、勇者のご一行に途中参加していた人物だ。
勇者と違って、魔女は……魔女。身体能力が際立って高いわけではない。その点が勇者との強さの差でしかないのなら、彼女もまたある種の頂点。
「消えなさい」
『振り絞って出した言葉がそれか…………お前は何かを知ってるな?俺の知らない何か。勇者も知ってる何かか?躍起になる理由もなく、あいつが自分の意志で結婚なんかするわけねぇーし、お前も結婚できるわけねぇーし』
「あらそうかしら。私だってモテるわよ。あなたなんかに紹介されなくてもすっごくモテるし。でも男とか気色悪くていらないし。私は1人でなんでもできますけどなにか?」
『随分と早口なのは焦ってるからか?』
「あんな勇者となんかいたくもないし。二度と会いたくないし、というか会わないって決めたし、どーでもいいんですけどー。あなたも気乗りじゃないのなら帰ってくれない。ウザ過ぎですよ」
『お前って、モテない女として100点満点だな。男が寄り付くわけねぇーな』
ビキビキビキ
っと、血管が浮き出るぐらいの表情になっている魔女さん……。僧侶が全然死んでくれねぇのが、困った話であり、
『あの王様を狙えばいいだろ。お前が殺すと分かったら、勇者も止めねぇよ』
「……あいにく、勇者ご一行は、かの王様の元で始まった組織」
『俺もその1人なんだが?容赦なさ過ぎだろ。カンケーねぇ話。……ま、義父親はやれねぇってところか』
だからって捜索している人達を狙うってどーかと思う。こうなってしまえば、話すことを話した方が良いとお互いが分かった気がした。なんやかんやで一緒に過ごした時期がある。
そして、魔女も僧侶だけじゃなくて、天使ちゃんやその王様の行動までも把握してるし
「”あの子”がくじ引きで同棲生活をしてるそうね?馬鹿なの?」
『話が早いな?お前と見合いするための練習だ。お前もするか?』
「冗談言わないでよ。あんな子は要らないわよ。お互いにね」
『あいつにとっては唯一、対等に心から話せるのはお前だけだよ』
「”対等”って言葉は違うわ」
雑談しているせいか、魔女も気付くのが遅れた。10という歳とはいえ、あの魔王の娘。膨大な魔力の練り方にはムダがあるものの、潜在能力が極めて高い。
バギイイィッッ
「がはぁっ、ぷはぁっ」
「うひ~~!!あ、ありがとう!」
「て、天使ちゃんに怪我はない!?」
魔女の拘束から抜け出すだけでなく、天使ちゃんまでも解放する。先ほどとは違い、魔王の娘も臨戦態勢になってみるが。
「!!」
魔女の一睨みで竦んでしまう。勝てないというビジョンが頭の中に刷り込まれる。だが、
『止めろ!こっちにまで殺気が伝わる!』
「そうね」
自分が無事で勝てるかといえば、なさそうな感じね。放っておけばとんでもない事になりそうだし、こんな子とあいつが結ばれたら、とんでもないのが産まれそうね。
「ねぇ、魔王の娘。あなたも何かを知っているのかしら?」
「!ほ、本物の魔女様なんだな!!勇者のご一行は本当に凄いな!!」
「…………あの子と結婚なんて止めなさい。ロクな事にならないから。今からでも引き返して欲しいんだけれどね」
「だ、ダメです!!ていうか、こっちにも事情があるんです!!世界がヤバイんですから!」
「あたしは戻らない!!魔王の娘として、勇者様に会いに行かなきゃいけないんだ!!」
年相応の返答であるがため、魔女との温度差が凄い。
「ふぅ~、……あなた達を私の家に招待してあげるわ。そこで話してあげるから」




