仕事はクソだがいつも誰かがやってくれている~そうして婚期は逃げていく~
『テメェ等!!こっちは死にかけてんのに!!どんな幸せを満喫してんだ、コラァァァァッ!!』
気持ちいい早朝だなって思ったら、いきなり、ブチギレられる勇者。
お相手はホントに命懸けで勇者の理想とする女性を探し、説得するため
「ご、ごめんね。大変みたいで」
『大変どころじゃねぇ!!あのクソ女!!雪崩に雷に竜巻、溶岩と!!俺達を殺す気か!!?お前、あの女と魔王城で何をやらかしたんだよ!!そーいう仲じゃなかったろうが!!』
「う、う~~ん……やっぱり、魔女は僕のことを嫌いだから。無理しないでよ」
『すでに無理してんだよ!!』
僧侶のスキルが”相性”で助かっているところがある。
通常の強さならば、魔女の攻撃に一方的に嬲られるだけであるが、相性の良さを分析して各攻撃を対処しながら近づいていく。だが、逃げられる。
というか、
『俺のことを気遣うなら、もうとっとと女とくっつけ!!そうすりゃあっちだって、引き下がってくれるんだよ!!俺のことと魔女のことを考えてくれ!!』
「………………」
僧侶の訴えに複雑な表情になる勇者。魔王を倒す前の魔女達とのやり取りを思い出した。
そして、それはもう
”アレ”は思い出せないはずだよね?
決断を下したのは自分であり、それが魔女を悲しませないためでもあったって。言い切れる。言い切っているから、今の自分はここに残らなきゃいけない。
それでも未だにあなたは捜しているというのなら、僕はやっぱり勇者の名を背負うべきではなかったよね。
◇ ◇
「ふぁ~、朝が早いねぇ。あいつ。部下に欲しいくらい」
勇者がベットからいなくなっていた事で、自分の身支度を始めた。
同棲生活という中で、”仕事”と割り切っている商業娘ちゃんは、遊び人ちゃんとは別方向で自分のペースになっていた。
勇者と一緒にこの村に来る前に、会社じゃなくても、仕事ができるようにしてきた。もちろん、同棲という仕事にも取り組むつもりだ。
在宅ワークはここにもある。
「勇者。空き家の1つを借りたいが、構わないか?」
「いいよ」
「ありがとう。助かるよ。夜にここに来たから感じなかったが、……この村はいいな。仕事に集中できる静かな環境だ。若干、肌寒くて気候が辛いところだが……。ふふふ」
商業娘ちゃんは沢山の書類が入ったカバンをいくつも持ちながら、勇者に許可をとった。一方で勇者は朝食の準備中であり、特に急ぐこともないのだから、荷物が沢山あるのなら運ぼうかと訊きたいが
「これは私の仕事だ。勇者にはあまり関わってはいけないよ。朝食を楽しみにしてる。できたら呼んでくれ」
「そっかー」
村人ちゃんも遊び人ちゃんも、ここに来たら一緒に過ごすための事を考えて行動していた。だけれど、商業娘ちゃんは自分のこと。つまりは、勇者と同棲生活をする以上は、空いた仕事の分を埋めなきゃいけない。
そーいう立場の人間である。
戦い続けて、そして、終わらせて、……今は自分のやりたい事をしていたい勇者。
働き続けて、そして、……それが自分のやるべき事だとする商業娘ちゃん。
こーいう形の生活もあるものだ。
「朝食にパスタか」
「うん」
「朝ご飯を抜く人も多くて嘆いているところだ。みんな、税金が上がって苦しいからな。まだ私達は良い方だ。税収がまだそこまで伸びてない頃から労働をしている。だが、今の若い人達は……」
「あなたもそんなに気にする歳じゃないと思うけど?」
「!!はははっ、……すまん、すまん。ほら、勇者はあの王様と知り合いだろう?寝る前にどんな奴なのかと思っていたが。なんか、気に留めないのだな」
「いや、あの人の悪政ぶりは酷いよね…………犬にとても失礼だけど、あの人よりも犬の方がいいよね」
パクパクと朝食を摂りながら、お互いがこうして話せるところに
「僕が言うよりも、あの、……妃様がいてくれれば、止めてくれると思うんだ」
「そうだな。あの方が王国に居た頃は、魔王こそ存在していても、人々は幸せだったと思う。妃様は命を軽く見るような人だったが、人への幸せに関して言えば素晴らしい政策を実施されていた。あの王様はただのゴミクズだ。自分が働いたわけでもなく、人々から奪った金で私服を肥やしている。……民がいなければ、結局、意味がないのにな」
勇者としては、妃様はかなり苦手な人物ではあるのだが。王国の人達にとっては、とても重要な人物であることは彼自身、否定していない。
「だけど、僕からは言えないな。力で従わせるって、魔王のそれと変わりないから。普通……ううん、もう、静かな生活でいい」
「欲がない奴だな。だが、大勢の敗北者は自分の欲を制御できなかったことだ。また、みんながそれを非常に恐れている。かくいう、私もだ」
今の王国がダメだというのは、お互い思っていることだ。
商業娘ちゃんは少しでも王国が良くなるのなら……もとい、そこに住んでいる者達にとっては、金などに困らない生活になって欲しいのなら、勇者とより親密になるのは悪くないのかもと思ったが。その手の事は、勇者がノータッチと真実を言っていると分かった。
「仕事の事を訊いてもいいかな?」
「何が訊きたい。答えられるのならいいんだが……」
「実はあなたが3番目に同棲する人なんだけどね。ここに来てでも、仕事をする理由ってなんなのかなって?忙しい時に強制的に連れてきた僕が言うのもなんだけれどね!!」
自分に原因があることとはいえ、……彼女が仕事に打ち込む様は焦っているように周りは思うかもしれないけれど。勇者の目には違って見えていた。それは、お金のためとも言えない。どちらかというと、自分もかつて通った道だったからだ。
「不思議な事を言うけど、確かにな。私もおかしい人間だろうな」
商業娘ちゃんもここで仕事をするなんて、確かに変だよなっていう自覚はあった。急に入った休暇と思ってくれればいいんだろう。
本人もそのつもりであろうが、その域を超えている時はある。
1つどころじゃない。
3つか、4つは、超えた先に商業娘ちゃんはいると、勇者は勘付いていた。だからこそ、心配と羨ましいのと、楽しいが、……色々と混ざり合って。
出てきた答えはシンプルで
「率直に言うなら、私が生きているからだろうな」
勇者と同じだ
「生きているならなんでもやりたい。なんでもやってみたい。……心にビンッと来たことはやりたいんだ。もちろん、そーじゃない時もあるし。そーいう時もある。人生ってそんなもんじゃないか?」
これを言葉にするのは難しいし、人生はそう簡単でもない。
「ま、自分がやりたいことやってたら、婚期が危うくなったがな。子供を持ちたいという気持ちはあっても、それを拒む心とできない立場になったのは、等価交換かもしれない。人よりも金や仕事に困ってないのだからな」
商業娘ちゃんに男がいない、できないというのは……
「僕はあなたと違い、人に会わないからだけど」
あまりに……
「いや、私自身も拒んだことはある。もう4年前ぐらいだがな」
まだ1日しか経っていないのに、この人とはお互いに仲良くできると思った。同時に一緒にはいられないのだって気持ちになった。
たぶん、お互い、幸せを感じ取れるが。それは違うんだろう。
「お仕事があるなら僕が食事を作るよ」
「これは同棲という仕事だ。私も雇われ妻なら、妻らしいことをしなければいけない。16時には調理場を借りる。カレーに必要な、ルー、じゃがいも、にんじん、お肉……今日は気分的に抹茶とバター、チョコ、牛乳に……昼に用意する食材のメモを渡しておく」
カレーに抹茶。料理の腕前に自信があるようだが、ちょっと心配になってしまう勇者。
でも、乳製品とカレーは意外と合ったりするので、アリなのか?
◇ ◇
ザクッ ザクッ
久々に長閑な畑仕事だ。
彼女が仕事に集中している分、自分もやりたいことに集中している。
ザクッ
彼女は答えなかったけれど、概ね、分かる。
どうして仕事をそんなにするって?思うかもしれないけれど、僕と君は似ている。
もっと他にやりたい事があるからだ。
それは仕事という”生活”と”やりたい事”に必要なことで、仕事以上にやりたいからだ。
ザクッ
だから、今の僕は欲がない。君はあと少しで、こっちに来てしまう。もうここまでって気持ちになって欲しいと思うけれど、止められないだろう。
しかし、遅くすることはできる。
ザクッ
村人ちゃんも、遊び人ちゃんも……他のみんなも、きっとこの村を見て思うだろう。
この村は一体なんのためにある?正解なんてないよ。僕はその景色を、”たぶん”、ではあるけど、分かっている。商業娘ちゃんも分かっている。
お金でも、時間でも、誰かにやってもらうためじゃなく、自分がそうやりたいだけだ。動きたいだけなのだ。頭の中でそう思っただけやっている。
ガシュッ
「獲れた野菜が美味しい」
サララララ
勇者はこの村が好きなんだろうな。
全て自分で作っているなんて、とても情熱的で心がしっかりとしている。私もこーいう村は好きだ。だが、少し肌寒い。その理由がお前に分かるか?
サララララ
人がいない。仲間がいないからだ。だから、周りは寒く感じるのだ。先に立つような男でないのなら、参謀のような者を傍に置いておきたい。ここで一生暮らすなんて、もったいない人間。婚活活動や同棲生活などで、王国もそれを望んでいないことは分かる。
だが、私もまた……勇者の傍にいる女にはなれない。私もできない。
サララララ
私には部下達がいる。だったら、勇者もその中に入れたいが。部下と夫は違う。会社と家族は違う。
常々言うが。
”仕事なんてクソだ!家族を大事にしろ!!自分を大事にしろ!!!”
私もまた、あの妃様のような人間にはなれない。弱い女性だ。
そして、誰よりも弱い。
なぜなら私は、自分が一番大事だから。そして、自分が何者か知った時にそれを感じるのだ。寂しがり屋なんだ。一緒にいる人々が喜んでくれるならって……
パキッッ
「…………やっぱり、仕事が捗るわね」
私と勇者の唯一の違いは、そーいうところだろう。私は、私が中心でありたいが、みんなと仕事をしたい。しかし、君は自分が中心であり、自分”だけ”がやりたいのだろう?
◇ ◇
勇者も商業娘ちゃんも、王様はゴミクズだと言い。
その元妻である、妃様に関しては高い評価をしている。その理由は人を統べるに辺り、大きく異なっているからだ。勇者と同じく、ある意味で欲望がないと言える。唯一、向けるのが
「あなた~~~、どーいうことぉぉぉ~~」
「い、いえっ!!そ、その!」
「あの勇者とその彼女のお買い物とやらを、……眺めるお仕事はどーでしたかしらぁぁ?私の子じゃない、あなたの子なんて……生きる価値なしよ♡」
「ゆ、勇者のためにと……や、やっぱりですね!あなたに手間をとらせるのは、良くないですから。き、決まったら、話はこれで終わり~!」
王様への深すぎる愛情である。
そして、王様が勇者と遊び人ちゃんとのお買い物時に、隠れて付き添っていた人物である。え?王様がどうして瞬間移動できたかって?そりゃもう、勇者の転移スキル、インドラである。
ガバッ
「あ~~~ん♡あいつ、あなたを転移スキルで、身体を粒子ほどバラバラにして、強制再生ですぐに復活するような、とっても危険な移動方法を使ってぇぇ♡痛くなかった?痛くなかった?身体がこんなことされても、私を愛してくれてますかぁ~♡」
分解状態から再生中の王様に抱き着いて、お互いの愛を確認するのであるが……。
その愛を向けられている王様は良い気がしていない。勇者も妃様の顔を見るや、すぐに姿を消したぐらい警戒をしている。
「お、怒ってないのか?」
赤い血の文字で呼び出しをしていたわけだが、
「怒ってる?はて~?なんのことでしょうか~?もう一度、私達で素敵な王国を作りましょう♡」
「そ、その素敵かどうかは……ね」
こんな妃様が民衆から高い評価を受けているのは、自分に相応しい王様の理想像があり、それは王様の意志を考えていない。自分が最も愛し、民衆が敬愛するほどの王様を、妃様自身が指導してしまう才能があった。
それは王様の不幸を考えない。……度が過ぎる。それは、政治という仕事においては
「まずはそうですね。あなたや幹部候補者の生活習慣と、その財産を調査致しましょうか。違反はないですよね?」
「!」
だ、だ、だから、妃様と再会したくなかったんだよぉぉぉ!!このお方、政治家をなんだと思っているんだ!!愚かな民衆達が金を巻き上げ、管理して、餌をばら撒き、あたふたする国民の無様な動きに愉悦する!この両脇に美女達をはべらせ、背後に巨大な資金と権力を持つ王様が!!
生まれ落ちた時からすでに、頭が悪く唐変木で、愚かな民衆の、……民衆なんかのために、……!!儂が苦労や生活苦に遭うなどとっ!!この贅沢な暮らしを維持するために、どれだけの金が必要か分かっているのか!!
「1年くらい見てない間に……少々お腹が大きくなってきてるし、スキンケアも必要ですね。節制しましょう。納豆一粒で1週間を生き抜きなさい」
こ、殺す気で言ってるよ!!マジで言ってる!!納豆一粒だけで1週間を生き抜けって、どんな拷問だよ!儂だってそこまで酷い生活を国民に敷いたことはありませんよ!!
「国民が税金に苦しんでいるのなら、一定の緩和は必要ですよ。そして、国民と王様の意識が違うというのなら、同じ目線で見るべきです。国民が怠惰にあるか、王国が怠惰にあるか。それを決めるが民主的な政治の在り方です。あなたはそれに選ばれているのですよ。王様が自ら王様と名乗るのではなく、国民があなたを王様と認めるのです」
止めてくれよ!そんな綺麗な言葉を言っても、国民全員から文句言われるし、何を救いたいかって……知ってる仲間や利権のあるお友達だろうが!普通よー、王様っていう立場についたらさー!票をもらうのはついでだろうが!!儂とお前の生活!!どうして、違うんだよ!!
美味しい物を食べて、心に残るくらいの綺麗な景色を見て、お前とベットの中にいても、なお!
「王様をしてください♡」
お前の綺麗過ぎる理想像は、……ま~~~~ったく、この王様の意志を分かってくれない!!なんで国民目線で、政治をするの!?儂とお金のために政治をしようよ!!なにこの聖人!?
って、しまった。このお方は聖人どころじゃないのだ。
「す、すまないが。君のハグはもういいかい」
「なぜですか?」
「いや、その。……油断した」
「私はそんなことしてませんよ♡」
「……もしかして、スキル。使っちゃいました?」
「………………」
はい♡これであなたは、私の言う事をしばらく聞かないと、ダメですからね♡
1年も会えなくて、寂しくて寂しくて、たまらなかったぁ♡
「あああああああああああああ!!勇者!!勇者ーーーーー!!早く来てくれーーー!!もう1つの側面を忘れてたーーーー!!儂、一生の不覚!!」
「今度は勇者に付き添うなんて、させませんことよ。私と共に一緒にいましょう♡」
「いやだあああぁぁぁぁ!!」
妃様が優れた政治家であるだけではない。
もう1つの側面が、彼女の狂気的な愛によって成せることである。国民達にとって、恐れもあるし、安心できるものである。