忙しい者に休暇などというたわけた事を~僕達は何をやってるのか、分かっている~
いちお、無意味ではあるけれど
「だ、だからですね。僕は勇者でして」
「確かに勇者の顔と一致するが、アポなしで来る奴があるか!!そして、すぐに同棲生活を始める!?別の場所に行くだと!?知らない男と!?なんだそれは!」
「くじ引きで」
「そんなんで女性の権利ってか、人の権利をなんだと思ってる!?くじ引きで決めてはいけないだろう!!普通!!」
勇者の第一印象としては怖い人ではあるが、同時に真っ当な常識人だと思った。
そりゃあ自分自身。こんな方法で色んな女性と同棲生活をしろって怒る。村人ちゃんも困惑してたし、それをさらに引き上げた感じだ。遊び人ちゃんが例外も例外な女性だと思っている。
(本人、なんでやねん)。
「確かに条件にマッチしたから、くじは引いてやったがな!!そんなことするわけないだろ!!」
「だ、だよね~」
じゃあ、帰りますって言いたいけれど。僧侶達の言いつけでそうもいかない。警備の人達にはいちお、捕まったフリをする勇者である。
拘束なんてパッと解けるし、逃げることだってできる。
商業娘は自分なりの常識を勇者にぶつけた後で
「あ~~っ、もう」
「?」
「なんで、あたしが選ばれるのよ~~。行かないからな!!行かない!!」
この件はなしの方向でって感じにはしたい。それは自分自身の気持ちに他ならない。だが、ちょっと顔を赤らめつつ
「………………」
「だ、大丈夫ですか?」
「警備の者は下がりなさい。あとは大丈夫」
商業娘の指示1つで警備の人達が去っていく。まだ、勇者は彼女の事をよく知らない。
くじ引きで選ばれた人だとしか思っておらず。
「ここは私の父の会社だというのは、分かっているな?」
「そうなの?」
知らないのかよって、ムスッとした顔になる商業娘ちゃんである。勇者の第一印象として、見た目は年下。そして、ガチの年下。逆算すれば……
「……私は、まだ、彼氏とか、……いた事がない。関係のないことだ」
「え?」
「あまりに関係のない話だ。なぜ、くじ引きなんかを……そして、当たってしまう」
村人ちゃんや遊び人ちゃんよりも年上。というか、勇者よりもちょっとだけ年上である。さらに事情は違えど、勇者と同じような考え方を持っている人だった。
こんなのをまだ、事故と思っていた。
「父や仲間に急用と伝える。しばし、外で待っててくれ」
「な、何分くらい?そしたら、またここに来るから!」
「う~ん…………2泊3日なら、今日の深夜に寝て。明日泊まって、明後日の朝に帰ればいいのでしょ?」
「ほ、ホント!?いいの!!」
自分のことばかりを優先し過ぎた事を言ってしまっていたのに、むしろそれで喜びを見せることに
「え?マジでいいの?私、忙しいから、宿屋代わりに勇者のところに行くだけだぞ?最初からお前と付き合う気はないぞ」
この時点でお互いに、なんか似た者同士じゃないかと分かり合ってしまう。そして、お互いにこんな奴がホントにいるんだな~って、思う。
商業娘に言われた通り、勇者は場所と時刻を聞く
「22時に会社の外で待っていてくれ」
◇ ◇
家族にその事を言えば……。
『良い機会じゃないか』、結婚を前提にお付き合いを申し込めと言われる始末。
私は女で、そーいったことに縁がない事を家族が気にしているのは分かる。だけど、私に家族なんてモノをつけてみろ。
自信がない?って、だったら、私になってから言え!
「や、やぁ」
「待たせてすまない。私は旅の気分で宜しいか?」
「うん」
これが勇者か。
8年前に魔王を討伐した男。
改めて見れば、恐ろしく強いことは分かる。レベル100000とは、今までに見た事はない。だが、なんというか、頼りない奴~って思う。まぁ、レベルのまま暴れられたらヤバそうだ。話が通じやすいと思って正解だな。
「急に来たところを察するに、勇者には禁断とされる転移スキルの類を持っていると思う」
「!!」
や、やっぱりこの人は只者じゃない。ドア越しで僕の気配を察知できたのも偶然じゃない。
待っている時間にこの会社の事を調べたけれど、……通りでって感じだ。
元は魔物狩猟を生業としていた、大手質屋!その娘さんなのか。
「それでパーッと移動できない?」
「ひ、人にはやれないよ(天使ちゃんにはしたけど)」
「それが禁断だもんね。じゃあ、どうするの?このままホテルってわけ?」
「いや、雲に乗ろうと思うんだ」
「雲?……へ~っ。普通の奴なら面白いことって笑うところだけど、レベル100000ともなれば、そーいう夢ごとは当たり前なのか」
勇者が商業娘を見て感じた事は、この平和に近づいた人間世界においても珍しいくらいの緊張感を持って生きている若い人である。
勇者が強すぎるのもあるが、彼女への見立て。もしかすると、勇者のご一行の面々に並べられるかも。とりあえず、僧侶よりは確実に強くなると思う。むしろ、相性次第じゃ彼が負けるくらいには強い。
村人ちゃんも遊び人ちゃんも、勇者のやることには一々驚いていたが、この商業娘ちゃんは基本的に関心のみを示していた。
「ひゅーーーー!!ホントに雲に乗ってるよ、私!!」
「………………」
「これで勇者の家まで行くんだよね」
「う、うん」
勇者のレベルが高い=基礎的な能力の高さを示すが。本人の気質というか、誇りというものか。男女の比など関係なく。戦闘をしてきた身として
「あの、もしかしてだけど。あなたのスキルは、空気を読み取るのかな?」
「!……人の手の内を知れるスキルもあるの?手札が多すぎでしょ」
「いや、そんなのはないけど。君の動きと僕を察知した事と、魔物を狩猟していた会社だった事も含めて、そーいう感知に優れることに秀でているんじゃないかなって……よ、予測の域だし。自分のスキルを明かさないのは、大事だからさ」
勇者がついつい気になってしまって訊いていて。それだけでお互いのことよく分かってしまう。
ホントにそーいう事をスキルなしで見抜ける辺り、8年前の戦いの最前線で戦ってこれた理由。そして、想像よりかは自分に似つかわしくない、感じ。
自分のことは答えずに、勇者に近寄って
「手をみせて」
「ん?」
「……ふ~ん」
何を見ているのか?女性なら手相とか思いそうだが。この子に女っ気が少ない。商業娘というが、心の内はかなりのジャンキーだ。
「勇者には剣のイメージがあったけど、意外にも魔法剣士とかなの?でも、魔法使いっぽくないのよね。どっちか言うと、苦手でしょ?」
「僕の武器を見てるの?僕、最近は農具ばっかりなんだけど」
一度、分析を始めてしまうと、ついついのめり込んでしまうのが悪い癖。その人の事を余計に知ろうとしてしまう。
「それは面白い武器ね。でも、あなたの一番の武器ってやっぱりレベルね。素手で戦うのが本領じゃないかしら?農具を使っているにしては、皮膚と筋肉が違うわね。材木とか素手で壊せるでしょ……なんてレベルじゃないかな。優れた武術家・格闘家を見て来ても、ただのパワー馬鹿や小手先を極めた連中を両方を極めたタイプ。それをよりに昇華させている気がする。あなたもやろうと思えば、芸術品とか作れない?そーいう方知ってるし」
「う、うん……」
僕がメチャクチャお喋りしている時って、みんな、こんな風に思ってるのかなぁ……。
「!あらヤダ。私、勇者を詮索する気はなかったの!結婚とか本気で考えてないのは、本気だから!ごめんなさい!!」
商人娘は慌てて、勇者の両手から目をそらしながら、後ろに下がってしまう。急にこんな喋ってしまうのは自分の悪い癖であると思っている。だが、それを曲げてはならんともする自我。それに義理堅さ。
「私のスキルは勇者様の予想通り、感知に優れています。酸素を視認するスキル、”エアルック”。言わずともすぐに把握するでしょうし、明かしても宜しいでしょう」
あっさりと真実を明かしたところも含め、本人自身、隠し事というのは得意ではない。しかし、探求心は人一倍。自分のスキルにも反映されているように、細かく分析することができる。
「生き物とは呼吸をするもの。その変化や数の出現を感じ取れれば、私も驚いちゃいます。私のは視るだけしか能がないため、操るとかいう類はないですよ」
実用性に持っていくには非常に難しいスキルではあるが、それを補うくらいには本人の頭の回転、駆け引き、知識量。……経験と実践レベルとしての鍛錬。
「あの時僕は、部屋にいる君に対して、ドアの向こう側にいた時に気付いたはず。壁を貫通しても視認もできたの?空気の流れってそんなに変わって見えるものなんだ」
「身に付けてからず~っと使用しているため、空間にある空気の流れの変化には敏感なのです。密猟者や魔物は気配を絶つことができても、呼吸まではできませんからね」
お互いをよく知らないでいるというに、お互いに思っていることは……思ったよりも話せていることだ。それが証拠に、お互いに関心してしまう。話が合うという括りになるグループ分け。そして、互いに珍しく思うのだ。
「そろそろ、着きますよ」
こ、この人とは……なんかウマが合いそうだ。前の二人とは違って探求心と向上心が両立していて、それでいて自分がしっかりしている。僕も見習わないと
「さすがは勇者様だ。……私達とは違う住民だ」
勇者が思ってたのと違うけど、この人とは話が合うわね。ひょっとしてなんだけど、もしかしてなんだけど、勇者も私と同じで結婚とか好きじゃないタイプ?
「僕が作った料理なんだけれど、夕飯はいる?もう遅いよね」
「あら、それってお客様って感じね。いいのかしら?」
「い、色々と忙しそうだったから。君が……食べながら、こ、この……ワケがわかんない、同棲生活の理由とか話すから……」
「そうしてくれるかしら。私も、なんでこんなことをしてるのか、分かってないのよね。大変な事情なのは察するけど」
来る前に彼女の分の食事を作っておいて良かったと、ホッとする勇者。
「意外とヘルシーな食事ね」
「好きに選べるようにしただけだよ」
「いや、作り過ぎでしょ」
ヒョイヒョイと、……温めてくれた白米に合うおかずとお味噌汁をセットし、ご飯を食べながら……
「!」
結構、美味しい。いや、普通に美味しい。だし巻き卵旨すぎでしょ。箸が動くわよ
「………で、勇者様はなんで婚活してんの?」
「そ、それは……僕も気が進んでいないことなんだけど。その……」
そういえば、前の2人にはそんなに説明した事なかったと思い返す。自分自身
「僕は興味ないんだよね。国とか、父さんとか、世界がどうたらね……」
「あ~っ。そーいう感じ。自分が大事ってタイプか、自分で手一杯か?そんな感じの」
「そうそう。僕も僕でやりたい事があるタイプ」
その言葉がよく分かるくらい。このご飯が美味しいと同じくらいに、商業娘は喰らいついた後、
「分かるわ~~~っ」
食べた喜びと同じくらいため息をついて、納得してしまう。こんな反応が今までなくて、勇者自身もなんとなく、彼女の事が分かっていた。
「け、結婚に……興味ないの?」
「今はないのよね。年齢がもうすぐあれなんだけど、私は忙しいし。支えなきゃいけない者が多すぎる」
椅子の背もたれに寄りかかって、人の目には見せられないような体の癒し方。ここがたぶん、自分達の他に誰もいないからってわけで。
「私にはやる事が多すぎる!!結婚はそりゃあ分かるけど!!私が動けなくなったら、あんた達は大丈夫なの!?って!私と周りの結婚生活って同じにして欲しいって思うからね!」
そんな結婚できない言い訳を、愚痴ったところで、真っ当な人間ならば、こーいう。それを商業娘ちゃんは先に言ったことは、
「”そんなの辞めればいいじゃん”って、誰しも思うじゃん!私はそーやって生きてるもんだから!!できねぇーっての!!」
仕事がキツかったら辞めれば良い。気に入らなくなった彼氏なら、振ればいい。そんな気持ちを逃げと評するが、……誰もが同じ時間を共有しているからこそ、
「簡単じゃないでしょ!簡単じゃない!!……私が思ってること!あんた達は簡単に言う!!私だって、言ってるし思ってるんだ!!」
ストレスが爆発した声であった。
その成分の多くに、勇者と似たような、孤高というか、独力の美学というか。なんでもやりたいという気持ちに、どうしてもやれない気持ちがある。
「勇者は強いな。その時にある疎外感に覚えはないか?レベルが他よりも違うじゃないか」
「…………ずけずけと言うなぁ。でも、君からの言葉を悪く感じないよ」
少し辛いことを思い出したが。その時をただ振り返るよりも、現実的な言葉を含んで振り返れば
「僕も簡単じゃないよ」
「あはははは!!ごめんね。悪い事を言ったと思うけど、ストレスが凄くてさ。仮面をつけてストレスに耐えるのは、できなかった」
「そうだよね……」
大きな声を出せる彼女と、グッと堪えてしまった自分とで、少しの違いをお互いに感じ取った。そこから商業娘ちゃんがモグモグとご飯をがっつきながら、同棲生活の規則を勇者の口から語った。
お風呂は一緒に入ること
「こ、混浴ということか……私は初めてだな」
一緒のベットで眠ること
「ははは、そっちの方が私は慣れてる。寝るのは早いタイプだ。会社で同僚達と一緒に泊まりをしているしな」
食事は一緒にとること
「うん。いいぞ。……ところで、私がご飯を作ってもいいか?部下達に料理を振る舞っている腕前、見せてやろう!絶品カレーを作ってやる!!」
規則のあれこれをアッサリと了承し、さらには自分から料理を作ったり
「掃除やら散策とかもいいか?自分が動かないと落ち着かない性分でな。ゴミ捨てとかはしないから安心してくれ」
ある意味で落ち着きのない。ある意味で行動力だけある方。
そんな方が商業娘ちゃんの特徴であった。
カポーーーーンッ
「私は目がよくないから(普段から眼鏡着用)、湯気で勇者のことは良く見えない」
「じゃあ、このくらいの距離間でいいですね」
村人ちゃんは怒りの距離決めで、遊び人ちゃんは完全にお遊び気分で大接近。しかし、商業娘ちゃんはすぐに距離を決めて、一緒に混浴。騒ぎもせず、遊びもせず。2人一緒にいるけれど、2人共、極力干渉しない。
「私はあとから出るから、勇者は先に出てくれ」
「うん」
勇者は自己主張のない奴だな。部下と接すると思えば、聞き分けと要領の良い奴だ。良い指導者がいると輝く人間だろうな。ビジネスパートナーの1人にしたいな。
「はぁ~、久々に良いお風呂だった」
こっちの気持ちを汲んでくれてて、良い人だなぁ~。僕のことを気にしないで過ごしてくれる。こーいう人なら過ごしやすい。どうすればいいかを教えてくれる。
お互いに考えていることは違えど。そして、勇者が父という理由だけでなく、あんなクソみたいな王様に付き従えているのは、勇者の自己主張のなさと噛み合いがとれているからだ。
「す~~…………」
「くぅ~~……」
一緒のベットで寝てるにしろ、居心地よく背中合わせで眠る2人であった。
勇者にとってはホントに良い人と認識できた。いや、どっちも異性として見ていないんだけれど