友人①
第九話です。
死なないでね。
一ノ瀬の言葉がずっと引っかかっていた。
その言葉の意味を考えていると、気付けば午前の授業が終わり、昼休みになっていた。
昼食を食べようと、バックから今朝買ってきた菓子パン二つを取り出す。
いつも通りコンビニのメロンパンと、クリームパン。
メロンパンから先に取り、口に運んだ。
いつも通りの安心する味。
メロンパンを食べながら、教室中を見渡す。
水曜日で午後の授業が少ないこともあってか、クラスがいつもより騒がしい。
ぼんやりとそれを眺めていると、頭にコツン、と軽い感触が当たった。
「また菓子パンくってんのか。健康に悪いぞ」
声に振り返ると、頬に特徴的な傷跡をつけた男――翼《つばさ》が立っていた。
学校指定のバックを片手に持ち、反対の手に大きめのビニール袋を持っている。
ビニール袋を持った手はボクシング選手のように包帯が巻かれていた。
――また怪我が増えている。
「今来たのか」
「起きたら10時だったわ」
遅刻を悪びれる様子は一切なく、翼はヘラヘラとした様子で席に座る。
「それよりお前、菓子パンの代わりにこれ食べろ」
そう言って翼は右手に持っていたビニール袋から薄べったい箱を取り出した。
その箱からは湯気が出ていて、今買ってきた物だとわかる。
この匂いは……。
「ほら、ピザ」
唖然とした。
「お前、学校でピザ食おうとするなよ……」
日頃から、翼の奇行は目立っていた。
学校は欠席や遅刻が多い上、学校に来た時には何かしら問題行動を起こしている。
そのためか、このクラスでは少し浮いていた。
だが、先生たちは翼の事をあまり嫌っている様子はなく、むしろよく気にかけている。
翼にもなにかしらの事情があるのだろう。
「まあまあ遅刻だから、どうせ変わんないだろ?」
「そうだけど……」
翼は机をくっつけると、箱を広げた。
香ばしい匂いとパイナップルの匂いが辺りに広がる。
パイナップル?
「なにこのピザ」
何でピザにパイナップルが乗ってるんだ?
「ん?パイナップルピザだけど」
「美味しいのか?」
「そりゃそうだろ」
翼はそう言って1ピース取り、食べると満足そうに頷いた。
「やっぱうめえ……」
とその時、周りからの視線を集めている事に気付いた。
「あいつやばすぎるだろ」
「誰かチクったほうがいいんじゃね?」
周りから聞こえる声を、翼は気にもせずにピザを食べ進める。
「ほらうまいぞ。お前も食べろよ」
ため息を吐いた。
「分かったよ」
そう言ってピザを取り、口に運ぶ。
「どうだ?うまいだろ?」
「……うまいな」
パイナップルの甘さがハムの塩味とよく合っている。
初めてこういうピザを食べてみたが、たまに食べるのはいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ビニール袋にもう一つの箱が見えた。
「そっちは何のピザなんだ?」
「ん?こっち?」
口にピザを入れながら、翼はもう一つの箱を広げる。
入っていたのは同じパイナップルピザだった。
「何で同じやつにした?」
「これが一番うまいからな」
口からチーズを伸ばしながら、翼は喋り続ける。
「お前最近ずっと休んでたけど、出席は大丈夫なのか?」
「あーそこは大丈夫。上手いことやってるから」
翼は軽そうに言いながら、もう一つの箱を開ける。
「お前は進路どうするんだ?」
「……まだ決まってない」
きっと親の言う通りになる。
いい大学にいけ、と言われるのだろう。
「大学?それとも専門?」
専門学校か。
まあ親が許してくれないだろう。
「いや、専門学校はないかな」
「そうか」
2人の間に無言が流れ、その間に翼は黙々とピザを食べ進める。
そんな中、ふと翼の左手に目が言った。
指先から手首まで巻かれた包帯に若干血が滲んでいる。
きっといつものバイトで怪我をしたんだろう。
「なあ、翼はどんなバイトをして……」
翼に聞こうとした時、教室の扉が大きな音を立てて開いた。
現れたのは生徒指導の先生だった。
「おい!翼!今度は何やってんだ!」
「やべっ!」
そうして翼は連れていかれ、午後の授業が始まる直前に戻ってきた。