変色②
第7話です。
学校から少女の家に向かうその道中、昨日のことを思い出す。
だが、その記憶は靄がかかっていて、よく思い出せない。
今歩いている道も妙に現実感がなく、良くわからない。
そのまま呆然と歩き、彼女の家についた。
玄関の前で深呼吸をして、チャイムを鳴らす。
すぐに返事が聞こえ、ドタドタと扉の奥から足音が聞こえてきた。
扉が開き、彼女が現れると同時にふっと甘い匂いが舞う。
「いらっしゃい!」
花が咲いたような優しい笑顔。
その表情に安心と、少しの不安を覚える。
「さあ、入って入って!」
「……お邪魔します」
家に入ってすぐに異変に気付いた。
あの鼻をつくような異臭がなくなり、地面に散乱していたごみも消えている。
普通の家だった。
実は人を殺したのは夢だったのではないのか、そんな気がしてくる。
「見てほしいのがあるんだけどさ」
ドキ、と心臓が跳ねる音が聞こえた。
少女はあの部屋に向かって一直線に向かっていく。
夢だよな。
微かに思い出した記憶を必死に否定し、その扉へ向かう。
扉を開けるとあの異臭はなく、代わりに6つの灰色のごみ袋が目に入った。
電子レンジくらいの大きさで、どれも変な形をしている。
そして、不自然な消毒液の匂いがした。
「ねえねえ!結構きれいになったくない?」
「あ、ああ……」
聞く必要はない。
この中身は、あいつだ。
「これ?」
僕の視線に気づいたのか、美羽はごみ袋を笑った。
「大丈夫だよ。ちゃんと処理したから」
小さい悲鳴が喉からこぼれた。
同時に手が震えだす。
次第に顎が上下にゆれ、上と下の歯がぶつかってカチカチと音を鳴らした。
その振動が昨日の記憶を少しずつ鮮明に回想していく。
昨日のは夢でなかったと、自分の記憶が証明する。
「僕が殺し――」
頬に感じた熱が、想起を遮る。
「美羽?」
美羽は僕の頬を両手で包み込み、正面に顔を引き寄せた。
彼女の優しい瞳が、揺れる瞳孔を貫く。
そして女神のように微笑み、頬を寄せて抱き着いた。
その小さく、やわらかい感触が胸を覆う。
美羽は小さい子を慰めるような優しい声で、諭し始めた。
「大丈夫」
甘い声が耳元でささやく。
「私がいるから」
ゾクリとする、吐息の混じった声が、耳を通して脳を蕩かす。
気づけば体の震えが止まり、胸の中心に感じたことのない高揚感を覚えた。
そうだ。
僕には彼女がいる。
「ありがとう……」
「うん!」
そのまま数分が経って、塾があったことを思い出す。
「そろそろ、塾に行かないと……」
「ねえ、塾の後って来れる?」
「多分来れると思う」
「なら来てくれると嬉しいな」
そう言って反則的な笑顔を向ける。
思わず恥ずかしくなって、顔をそらした。
「いってらっしゃい」
彼女に見送られ、家を出る。
オレンジ色の空を見上げると、呼吸が止まった。
世界が、輝いていた。
手を伸ばして触れてみたくなるような衝動に駆られ、走り出したくなる。
「こんなに綺麗だったんだ」
塾が終わったら、彼女にまた会える。
僕の居場所がある。
それが嬉しくて、駆け出した。
ああ……。
「幸せだ」