機械人
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体、地域は関係ありません。
ロボット人間と言ったらどんなものを思い浮かべるだろう。高性能な知能に怪力、老いることのない頑丈な体。多くのフィクションにおいてロボットは人間を超えた存在として描かれる。昨今も人工知能の発達により人間と見紛う会話スキルを身に着けたことから、人間のようなロボットもすぐできるのではないかと、私は期待している。
そこに平行世界からの訪問者として機械人をインタビューする機会を得た。なんでも彼の世界は私たちの世界より千年ぐらい進んでいて、高度に機械化された文明社会を築いているのだという。いずれ私たちにも来るであろう未来を先取りできる気がしてワクワクしていた。
「こんにちは、お招きいただきありがとうございます。Mk56564731鉄雄と申します」
「いらっしゃい、陣貝ワタルです。今日はよろしくお願いいたします」
インターホンが鳴って応対した相手は人間と全く変わらないスーツ姿の男性で喋り方も滑らかだった。てっきりメカメカしい感じを期待していただけに、拍子抜けした私はつい律義に挨拶を返してしまう。
「いや、何というか、ほとんど人間と変わりありませんね?」
「人間ですよ。生身じゃないだけです」
「これは失礼」
鉄雄さんはもともと人間だったのが、機械の体に変えたタイプの機械人だそうだ。ちなみに事前に「ロボット」という呼び方はしないように注意されている。そもそも「ロボット」という言葉は1920年のチェコスロバキアの小説家カレル・チャペックが発表した戯曲『R.U.R.(ロッサム万能ロボット商会)』が初めでチェコ語で強制労働を意味するrdotaと、スロバキア語で労働者を意味するrobotnikを由来としている。それだけに差別用語として遠忌されているのだ。
そう、鉄雄の世界では機械人も人間同様の権利を持って生活しているのである。
「まず何からお話すればいいでしょうか?ワタルさん?何分生身の人間のみの世界は勝手が違うと思いまして」
「普通でいいですよ。敬語も結構です。ワタルと呼び捨てで構いません」
「そうですか……。いやーよかった。グレードがわからないからどう対応しようかわからなかったんだ」
「グレード?」
聞きなれない単語が出てきたので、さっそく聞いてみる。鉄雄は「こちらの世界での話ですが」と前置きしてから話始める。
「人間としての知性があるかを対話式で検証して取得できる格付けのようなものさ。最低限のグレードを満たさない個体は機械人とはみなされず、権利も与えられない」
人間の見た目をしているだけでは「機械人」ではないらしい。グレードは5段階あり、グレード1基準も満たないものはオートマタと呼ばれて、こちらでいうロボットのように機械として人間や機械人の所有物となるという。
「なんだか、厳しい世界だな」
「いや、言うほどでもないよ。よほど頭が悪くない限り最低限のグレードはパスするからね」
ちなみに僕はグレート3ですと鉄雄は付け加える。こちらでいうところの中流に相当するらしい。グレード4以上は数が少なく、特に最も優れているグレード5は経済や環境政策を担っているらしい。そしてグレードの高い相手には敬意を持って接するのがマナーとのこと。一方、自分以下の相手には饒舌になる傾向があり、中には低い相手を見下す態度をとる者もいるという。
「格差社会か」
「差別はいけないと言われているけどね。僕のような人間由来はともかく、純工場製の機械人でさえそういう個体がいるから、なんとも」
そう言って肩をすくめる鉄雄。先ほども触れたが彼は人間由来の機械人である。どのように機械化したのかと聞くと、よく覚えていないらしい。人間だった時が数百年前とのことだからという。さすがロボッ……じゃない機械人は長生きだ。
「長寿なのは羨ましいな」
「長寿……か、当たらずも遠からずかな」
「ん?」
「ここに来て小説とか読んだよ。人間そっくりのオートマタやメカノイドが長寿だって? 内容はフィクションだけど、設定もフィクションだ」
遠い目をして言う鉄雄。彼が言うには機械になって長く生きてはいるが長寿ではないらしい。
「ボディ自体は5年かそこらで型落ちになる。10年も経てば買い替え時。15年だと部品がない。20年にもなれば……ほぼスクラップだな」
「そんなに短いのか?」
「新しいモデルが年々出てくる。どんどん変えていかないと“乗り遅れてしまう”んだ」
なるほど定期的に体を買い替えないと長く生きられないのか。私の世界でも新しいものほど寿命は短く感じる。蒸気機関車は百年持つが、電化製品は10年もてばいいくらい。スマホに至っては2年くらいで買い替える。
「ボディを変えるとなったら金がかかりそうだな」
「そうなんだ。いいものだと家が建つし、普通でもいいブランドの車が買える。安いのはあるけどグレードに影響してしまう。月一回のメンテナンス費もばかにならない」
「うわぁ……」
10年ごとに家や車を買い替えるようなものか。キツそうだな。でもそうしないと乗り遅れるか……。まるで流行を追いかける若者だ。しかも必要に応じてサブのボディまで追加購入し、同じ時間帯に別の仕事する「並行就業」なんかもするという。
「だから24時間365日働きどおしだ。休みなんてない。まぁ、休まなくても疲れることはないんだけどさ」
「労働基準法とかないのか」
「あるけどメカノイドには適応されない。っていうか適応されたら困るって人が多い。稼げないとグレードが下がっちゃうからね」
なるほど。機械の体は疲れない。だからいくらでも働ける。それでグレードの高いボディを買ってさらに働くか……。
「まさにブラック企業の天下だな」
「ブラック? そうでもないぞ?」
「休みがないんだろ?」
「そうだけど、ブラック企業ってあれだろ?“扱けば扱くほど業績が伸びる”って勘違いしているやつ。僕らはボディスペック以上の働きができないから、そういったことはないし、やったら法律で罰せられる」
なるほど、人間にとってはつらいが機械人にとっては働き続けるのは歩くのと同じでつらくはないらしい。ただ元人間だった鉄雄にとっては昔を懐かしむこともあるそうだ。
「この体だと残存電力とか動作不良しか感じないけど、生身の体だった時の……あまり覚えていないだけどさ……“疲れる”って言うのが懐かしいんだ」
「疲れるのが懐かしい」
「なんか、これ以上は動けないって倒れてさ。たっぷり休んで。目が覚めたらすっきりするようなあの感じ。機械の体だと味わうことはないからさ」
疲れない体って言うのもいろいろ大変なんだな。
「ならここにいる間はゆっくり休むといいよ」
「何言ってるんだい?休むわけないだろ?今も仕事しているし」
「え?今この世界に来てるんだから仕事なんてできないだろ?」
「いやいや、今は頭の中で5件のデータマイニングに2件の執筆、作画も1件担当している。あとはあっちの世界のサブボディで店舗の管理や会議の出席に……」
「ワークホリックって知ってるか?」
やっぱりブラックだ。今の日本人がこの技術を手に入れたら、生身の体の人間はいなくなるのではないか?
「生身の人間はいるのか?」
「いるさ、人口の6割はナチュロイドだからね」
ナチュロイドというのは鉄雄さんの国で生身の体を持った人間のことである。彼に話では人間は千年以上前は人口増大に悩んでいたものの、続く少子化で数を減らしてきたのだとか。
「できる仕事量は機械人が圧倒的だろ?肩身の狭い思いをしてるんじゃないか?」
ひょっとしたら漫画のように機械人が人間を虫けらのように扱っているのではないか。不安になりながら聞くとそうではないらしい。
「人間は機械人と違って100年近くボディを変えずに生きれるからね。生産性より継続性を求められる仕事、例えば伝統工芸とかはナチュロイドの独断場だ。それにサブのボディなら彼らも使えるから、それで並行就業する人も多いよ」
「そっちもか……」
どうやら鉄雄の世界では「並行就業」が流行っているらしい。マジで24時間企業戦士だな。
「じゃあ、趣味や旅行なんかはすっかり廃れた文化なんだな」
「何言ってるんだい?趣味もするし、旅行だってする」
「ずっと働いていたらそんな時間無いだろ?」
「いやいや、趣味や旅行も“仕事”なのさ。作ったものを売ったり、旅行で見て体験したものを共有する。君の世界でもあるじゃないか」
なるほど。ただ単に職場で働くだけが仕事ってわけじゃないのか。そう考えると希望が見えてきた。
その後、私は鉄雄とのインタビューを終えた。元の世界へ帰っていく彼の姿はどこか晴れやかに見えた。部屋に戻って執筆を始めているとスマホが鳴った。妹の成美からだった。
「お兄ちゃん、今日遅くなるから私の分の夕食無しでいいよ」
「またか、外食ばかりだと体に悪いぞ」
「仕方ないでしょう、誰かさんと違って暇じゃないんだから。こっちは一分一秒も無駄にできないの。体が3つ欲しいくらい」
妹の皮肉も今は大して気にならない。私はにやりと笑って返す。
「お前ならサブのボディを5体くらいは使いそうだな」
「え?何々?気になるけど時間が……」
「今は身一つだから諦めろ」
「何それー」
サブのボディか……私なら何に使おうか?