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第7話「現地調査」


◆◇◆◇



 ブラックレイ国の城下街は、行商人や旅人たちで賑わっていた。


 しかしそうした賑わいとは反対に、街の一角では宮廷の兵士たちが集まり物々しい雰囲気を醸し出していた。


 つい昨夜、凄惨な傷害事件があった現場だ。


「諸君、ご苦労。進展は?」


 重苦しい空気の中、まるで爽やかな風のように現れたのはスメラギ侯爵だった。


 その背後には小柄な少女――ニアが控えている。


「スメラギ侯爵殿、依然として犯人につながる手がかりは見つかりません」


 兵士の一人が言う。


 大柄で、立派な髭を生やした男だ。


 周囲の兵士とは違い、制服の胸にはいくつかの勲章が付いていた。


「そうか。君をもってしてもダメなのなら、むしろここにはもう犯人の手がかりは残っていないと考えるべきかな?」

「もう少し時間をいただければ、詳細に調べることもできますが」

「いや、今は証拠探しに人数を割くよりも次の被害を防ぐことの方が優先だ。城下街の見回りを増やすよう、軍部の人間に働きかけておいてもらえるかな?」

「承知しました。……ところで侯爵殿、そちらのお嬢さんは?」


 男はニアを見て、言った。


 ニアも初めて目にする男だ。下女として働いていたときにも、こんな男は見たことがない。


「ああ、君にはまだきちんと紹介していなかったね。ニア・カッツェ、私の助手だ」


 スメラギ侯爵がニアの背中に手を当て、前へ出るよう合図する。


 慌ててニアは頭を下げた。


「は、初めまして。ニア・カッツェです」

「これは可愛らしいお嬢さんですな。噂は聞いております。第三王妃を呪いの魔の手から救ったとか」

「い、いえ、偶然そうなっただけです」

「私はグスタフ。見回りの兵士たちを束ねる立場であります。城下街でお困りのことがあれば、なんなりと」

「はあ、ど、どうも……」


 グスタフがにこやかに差し出した右手を、ニアは握った。


「私がまだ宮廷へ来たばかりの頃、彼がよく面倒を見てくれたんだよ。頼れる男だ。我々『呪術対策室』の命令で動いてくれるのも、彼と彼の部下ということになっている」


 スメラギ侯爵はニアに、まるで子供に言い聞かせるように言った。


「では侯爵殿、私は軍部へ掛け合って参ります」

「すまないね、グスタフ。我々はしばらく現場を見学させてもらうよ」

「ええ、どうぞご自由に。ビグザ、侯爵殿に現場を案内して差し上げろ」


 グスタフに呼ばれ、若い兵士が一人駆け寄って来た。


「侯爵のスメラギだ、よろしく頼む」


 スメラギ侯爵がその兵士と握手を交わすのを見て、グスタフは慌ただしく現場から宮廷へ走っていった。


「……では、僕が案内しましょう。ビグザとおよびください、侯爵」


 若い、細身で背が高い兵士が言う。


「ではビグザ君、早速だが被害者が見つかった場所はどこかな?」

「ええ。あちらです」


 ビグザが手で示したのは、街灯のすぐ下だった。兵士や学者らしい服装をした男たちが、その周囲を熱心に調べている。


「街灯のすぐ下の辺りに血まみれで倒れていた――という話だったね?」

「その通りです。被害者が見つかったのは朝方、激しい出血を目にしたショックで気を失っていたところを、商人が発見しました」

「報告書の通りだな。よし、分かった。少し自由に調べさせてくれ」

「はい」


 スメラギ侯爵はコートを翻しながら、街灯の下へ屈んだ。


 なんてことのないその仕草だったが、まるで絵画のようにサマになっていた。


「どうだね、ニア。先ほど執務室で言っていた、呪印のようなものはあるかな?」

「あるとすれば被害に遭われた方が倒れていたというここでしょうけれど……」


 ニアもスメラギ侯爵の隣に屈み、被害者が倒れていたという箇所を眺めた。


 しかし、まだ生々しい血痕が残るそこには、呪印らしきものは見当たらなかった。


 ということは、とニアは考える。


 呪術は地面から発動したわけではなく、もっと別の場所で発動した?


 一番あり得るのは、被害者本人に呪印が施されているというパターンだ。


 それならば現場に呪印が残らないのは当たり前だし……しかし、不特定多数の人間に呪印を施して回るなど、現実的にありえない。地面に直接呪印を記していく以上に。


「見当たらないか?」

「ええ、すみません。分かりません」

「ビグザ君、この事件が魔法によって起こされたということはあり得ないか?」

「はい、その可能性は低いという調査結果が出ています」

「誰が行った調査だ?」

「魔術院のサマイル様です」

「サマイル? サマイル・オットーか?」

「はい」

「あいつか……」


 苦笑いを浮かべるスメラギ侯爵。


 それを見て、ニアは尋ねた。


「お知り合いなのですか?」

「ああ。幼い頃からの友人でね。若くして魔術院の一員となった、優秀な魔術師だよ。名前くらいは聞いたことがあるだろう?」


 スメラギ侯爵に言われ、ニアは、確かにファレがそんなことを―――若くてハンサムな魔術師が宮廷の魔術院にいるということを言ってたなあ、と思い出す。


「よし、現地調査はこのくらいにしておこう。呪印が見つからないのであればこれ以上調べても意味がないだろう?」

「執務室へ戻るんですか?」

「いや、サマイルに会いに行くのさ。大人気の魔術師様から意見を伺ってみれば、何か分かるかもしれない」



◆◇◆◇



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