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第5話「呪術対策室」

◆◇◆◇



「いいかい、ニア。呪術というのは呪いの力だ。呪術で誰かが幸せになるということはないんだ」


 そう言う男性の髪は真っ白に染まっていた。


 一見老人のように見えるが、顔にはまだ若さを残していた。


 ニアの父親である。


 彼の手の中には、見る者を本能的に畏怖させるような、どす黒い炎が小さく宿っていた。


 幼いニアはその様子を見て、全身に嫌な汗が滲むのを感じた。


「……お父様はどうしてそんな術を使うことが出来るの?」


 父親の顔を見上げながら、ニアは尋ねた。


「血がそうさせるんだよ。呪術は生まれ持った素質――呪術師の血がなければ操ることが出来ない。だからこそ、呪術は廃れ魔術が栄えたんだよ。呪術と違って、魔術は学べば誰もが使える技だからね。街へ行くと夜でも明るいだろう? あれが魔術の力だ」

「そうなんだ……」


 煌びやかに輝く街の様子を思い出しながら、ニアは答えた。


 ニアたちが住んでいたのは山奥の小屋で、街へは時々食料の買い出しに行く程度だったが、その街の光景はニアの脳裏に印象深く残っていた。


「魔術は何かを生み出すことが出来るが、呪術は何かを奪うことしかできない。文字通り呪いの力なんだ。この力を――ニア、お前に伝えなければならない」


 部屋の奥で咳き込む音が聞こえた。


 風通しは良いが薄暗いその部屋にはベッドがあって、瘦せこけた女性が横たわっていた。


「お母様……」


 ニアが呟く。


「ああ、ああ、苦しくないか? 薬を飲みなさい。ほら、ゆっくり深呼吸をして……」


 父が母に駆け寄り、優しくその背を撫でる。


 物心ついた頃から何度も目にした光景だ。


 元気な母の姿を、ニアは知らなかった。


「ニア、水を持って来てくれないか?」


 父の声で、ニアは台所の水差しからコップに水を汲み、母の元へ運んだ。


 母は虚ろな目でニアを見ると水を受け取り、父から渡された薬を飲み下した。


「……ありがとう、ニア」


 そう言って母は微笑んだ。


 その笑みは、ニアに枯れた草木を思い起こさせた。


「忘れてはいけないよ、ニア。呪術には代償が必要なんだ。そのことを忘れ、呪術が持つ力に溺れた呪術師が何人もいた。私も危うくそうなりかけた。しかし母さんとお前が私を引き留めてくれた」

「……どうしてそんな力が必要なの?」

「呪術と共に生きる以外の生き方を知らないからだ。言うなればそれこそがカッツェという一族に定められた―――呪いだよ」



◆◇◆◇



 昼下がり。


 暖かな日差しを浴びながら、つい居眠りをしていたニアは、机に頭をぶつけて目を覚ました。


「いったぁ……」


 周囲には書類の山。


 国中から集められた呪術に関連すると思われる事件の報告書だ。


 左側の山は既に確認し終わった報告書で、右側がまだ手を付けていない報告書なのだが、右側の山の方が高いように見えた。


「ずいぶん良い夢を見ていたようだね」


 スメラギ侯爵が執務机で書類にペンを走らせながら、呆れた様子で言う。


 ずいぶん昔の光景を夢で見ていた気がする。


 それも、あまり思い出したくない光景を。


「……悪夢でしたよ」

「そうか。じゃあ、仕事をしていた方が幸せかもしれないな。城下街の見回り番から報告が上がってきているよ」

「城下街ですか?」


 スメラギ侯爵は立ち上がり、さっきまで何かを書いていた書類を手に取ると、ニアの机まで歩み寄った。


 ニアは自分の口の端に涎が付いているのに気づき、慌てて袖で拭った。


「なかなか過激な事件だ。読んでみたまえ」


 スメラギ侯爵から報告書を受け取ったニアは、それにざっと目を通した。


「身体中に切り傷が出来て出血する……ですか。それも、毎晩一人ずつ?」

「犠牲者の特徴を調べてみたが、特に共通点はない。規則性は全く見つけられなかった。そして昨日、ちょうど10人目の犠牲者が出た」

「ちょうどと言われても、あまり嬉しくないですね」

「これ以上犠牲者が増えるのも嬉しくないだろう?」

「もちろんです。……あれ、でも亡くなった方はいないんですね?」


 報告書には、事件に遭った人数は書かれていても死者の数は書かれていなかった。


 ニアの言葉にスメラギ侯爵が頷く。


「その通りだよ」

「だとしたら、犯人の姿を見た人もいるかも――」

「ところが、そう単純ではないんだ」

「どういうことですか?」


 スメラギ侯爵は困ったように額へ手をやり、赤みがかった茶髪を撫でた。


「誰も見ていないんだよ、犯人を」

「え?」

「犠牲者は全員、いきなり全身から出血したんだ。無数の切り傷とともにね」

「……!」


 ニアは全身が総毛立つのを感じた。


 やり方がめちゃくちゃだ。


 何のためにそんなことを……?


「どうかな、ニア。呪術ならそういうことが出来るのか?」

「今回の事件のように、他人を傷つけるような術式は存在します。ですが……出来る、とは言い切れません」

「ほう」


 興味深そうにニアを見下ろすスメラギ侯爵。


 ニアは書類の山から不要そうなものを一枚取り出すと、呪術の模様――呪印を描いた。


「呪術の発動に必要なものは二つです。一つはこのような呪印です。そしてもう一つが代償です」

「代償?」

「ええ。呪術とは相手を呪う術です。そのためには、相手に与える呪いと同じだけの代償を支払う必要があるのです」

「ああ、確かにそんなことが書いてあった」


 と、スメラギ侯爵は自分の執務机に置いた『呪術初歩』の書物へ顔を向けた。


「せっかくですので試してみましょう。離れて見ていてください、侯爵」


 ニアは不要な紙片をもう一枚手に取って立ち上がると、その紙片に呪印を書き込み床の端へ置いた。


 それから机に戻り、机の上に置いたままの紙片に描かれた呪印に手を翳した。


 すると、床に置いた方の紙片が発火し、瞬く間に灰へと変わった。


「……すごいな」


 スメラギ侯爵が感嘆の声を漏らす。



読んでいただきありがとうございます!


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