第4話「侯爵助手」
◆◇◆◇
「……というわけで、だ」
スメラギ侯爵の執務室には、真新しい机が用意された。
その机の上には、早くも書類の山が出来ている。
「一体なんですか、この山は……」
机の前でげんなりとした表情を浮かべているのはニアだった。
着ているものは下女の制服から、品の良い衣服へと変わっていた。
「国内のあらゆる箇所から相談があった、呪術に関係すると思われる事件のリストだ。今回の第三王妃の事件を解決したことで、私は宮廷における『呪術対策係』に任命された。君には私の助手としてこの調査に当たってもらう」
「助手、ですか……!?」
「君には専用の個室と地位に応じた給与が与えられることになる。まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ」
そう言うとスメラギ侯爵は大声で笑った。
この書類の山の一枚一枚に、ブラックレイ国内の事件がびっしりと記されているわけだ。
大変なことになったと、ニアは肩を落とした。
「私は下女として売られてきたはずなんですけど……」
「何を言うんだ。第三王妃直々の命令だ。いわゆる出世というやつじゃないか。もっと喜びたまえ」
「確かにそうかもしれませんが……あ、そういえば」
「何だ?」
「スメラギ侯爵がどうして呪術の文字を扱えるのか、お聴きしていませんでした」
「……なあに、大したことじゃない。古い書物を読みながら書き写したというだけさ。私は呪術に関しては素人だよ」
そう言うスメラギ侯爵の片手には、『呪術初歩』の書物があった。
「しかし、ある程度の素養がなければ文字を書き写すことすらできなかったはずです。それなのに、どうして――」
「もし可能性があるとすれば……そうだな。私には亡くなった母がいるのだが、その母の姓は元々“ディヤナ”と言った」
「ディヤナ……かつての御三家と同じ名前ですね」
ニアが言うと、スメラギ侯爵はふっ、と笑みを漏らした。
「まあ、そういうわけさ。我々はめぐり合うべくしてめぐり合ったということだ」
ふむ。
しかしできればこんな山のような仕事とはめぐり合いたくなかったと、ニアは心の中で愚痴った。
「ところで君の経歴を少し調べたのだが、君が宮廷へ来る前に一緒に暮らしていた者たちはどうする? 君が望めば、宮廷に住まわせることも可能だが」
「ああ……あの人たちですか。私の親戚、という話でしたよね」
「親戚? いや、血縁関係はないようだぞ」
書類を捲りながら、スメラギ侯爵は言った。
「え? そうなのですか?」
「ああ。――おっと、これはひどいな。君の両親の財産をそのまま相続しているような記録がある。君の代理人として受け取ったようだな」
「…………」
ありえる話だ、とニアは思った。
「さっきの話の続きだが、どうする? 勧めておいてなんだが、私個人としては、そのような詐欺まがいの行為をするような人間とは距離を置くべきだと考えるが」
「ええと……そうですね、宮廷へ売られた時点でもうあの人たちとは縁が切れたようなものですし、やめておきます。まあ、親を亡くした私を引き取ってもらったという恩はありますが」
「なるほど、とにかく関わらないのが一番良いだろうな。だが、こういう相手は何かと難癖をつけてくるものだ。君が出世したと聞けば放ってはおかないだろう。君に手出しができないよう、私が手を回しておこう」
ニアは一瞬ためらうような表情を見せた後、首を横に振った。
「いえ、その必要はありません。もう清算は済みましたから」
「清算?」
「はい」
ニアが頷く。
スメラギ侯爵からは見えないよう背中に隠した彼女の両手には、淡く発行する呪術の模様が描かれていた。
◆◇◆◇
「な、なんなんだよおおお、これはああああ!!?」
ところかわって、ニアを売った男の屋敷。
彼はニアを売った金で豪華な家具や娘の洋服を買い込み、それなりに豊かな暮らしをしていた。
が。
彼らの屋敷は今、炎を上げて燃えていた。
火はみるみる間に大きくなり、不思議なことに、何をしても消えなかった。
だから、彼とその家族は炎が彼らの財産を飲み込み灰にしていくのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。
新調した外套も、娘の晴れ着も、取りそろえた高価な食器も、家財道具もすべて燃えていた。
そして炎は男たちの財産すべてを焼き尽くした後、何事もなかったかのように消えた。
男はただ茫然と、灰になった屋敷を眺めていた。
そして呟いた。
「……まるで呪いだ」
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