最終話「宮廷呪術師の居場所」
◆◇◆◇
事件から数日が経った。
サマイルの身柄は確保されたものの意識は戻っておらず、現在も昏睡状態にあるらしい。どちらにせよ死刑になるだろうという話だ。
魔石はすべて回収されることが決まり、グスタフたち見回りの兵士たちがその任務にあたることとなった。
宮廷内の魔石は真っ先に撤去され、それにより第三王妃はまたも一命を取り留めた。
訓練場も修繕が決まり、今は工事の真っ最中だ。
厳しい監視下に置かれていたフウンも、真犯人が見つかったことで監視を解かれたそうだ。また自由に散歩が出来るようになり喜んでいるのだという。
そして。
宮廷内の医務室で入院状態にあるニアの元に、一通の手紙が届いた。
丁寧な字で何度もニアへの感謝を綴ったその手紙は、差出人の欄に『マリアンヌ』と書かれていた。
ニアはそれを何度も読み返し、そのたびに胸の奥が暖かくなるのを感じた。
手紙には、公務のため直接お見舞いに行けないことを詫びる文言があったが、とんでもない。
この手紙は一生大切にしようと心に誓った。
それから手紙をベッドの脇机の上に置いた後で、ニアは呟く。
「……あの、まだ怪我が治ってないんですけど」
ニアの顔には大きな絆創膏が貼られていた。そして、その眼前には山のような書類と箱いっぱいの魔石があった。
さらに傍らには、上機嫌に林檎の皮を剝くスメラギ侯爵の姿が。
侯爵はニアをなだめるように言う。
「犯人に逃げられたとはいえ、今回の事件を解決したことで我々『呪術対策室』はさらに有名になった。そのおかげでさらに多くの呪術に関する情報が集まって来たというわけだ。さあ、怪我を治したら国中を回らなければならないよ」
「侯爵もお怪我をされてたんじゃないんですか?」
「あの程度大したことはないさ。鍛え方が違うからね」
本当だろうか。超人的な回復速度だ、とニアは思った。
しかし、現にスメラギ侯爵は事件のあった日から毎日ニアを見舞いに来ているのだ。
「……そうですか。なるほど、私も早く怪我を直さなければならないのは理解しました。いや、理解したいわけじゃないんですけど」
「何か不満かな?」
「この箱詰めにされた魔石は何ですか? 私、こんなの専門外ですよ」
「ああ、これか。これは、サマイルが呪印を仕込んだといわれている魔石たちだ。ぜひ再利用したいから、呪いを解いてくれと魔術院から依頼があったんだよ」
「さ、再利用……」
さすがにニアも絶句した。
今回の事件の元凶である魔石を、まだ使おうとしているのか……。
サマイルが魔術院や貴族たちに絶望した気持ちが少しだけわかったような気がした。
「魔石だけじゃない。呪術に関連すると思われる事件も次々に起こっているんだ」
「この書類の山を見れば分かりますよ……」
「たとえば、こういうのだね」侯爵は書類の山に目を向けながら言う。「城下街の外に流れる川から水を引き込む設備のパイプが、いつのまにか切断されていた。丸太よりも太い鉄製のパイプがだよ」
「……普通じゃありえませんね。まさか、城下街にまだ別の呪術師がいるんですか?」
「もしくはサマイルが残した負の遺産か」
「どういう意味ですか?」
「あの男が発動した呪術、何を代償にしたかはまだ分かっていなかっただろう?」
「あっ……」
ニアは小さく声を上げた。
呪術には代償が必要だとさんざん言っていたのは自分だったのに。
「あの水道設備の整備は、サマイルが魔術院の魔術師として初めてかかわった仕事だったんだ。自らの手で自らの成果を台無しにする――あいつらしいよ。まあ、今は仕事の話はやめておこうじゃないか」
「でもこの書類と魔石を持ってきたのは侯爵……」
ニアの言葉を遮るように、侯爵は皿に盛った林檎を差し出す。
「ほら、食べなさい。君の友人を名乗る子が持って来てくれた果物だ」
「私の友人ですか?」
「そうだよ。下女の……ファレさんとか言ったかな」
「ああ……」
ファレの顔を思い出しながら、ニアは侯爵が剥いてくれた林檎を一切れ摘まんで口に入れた。
みずみずしくてとても甘かった。
「どうかな?」
「……美味しいです。侯爵はなんでもできるんですね」
「慣れているからね、果物を剝くのは」
「え?」
意外に思ったニアは、侯爵の顔を見た。
侯爵はどこか遠くを見るような目をしながら答える。
「いや……なんでもないよ」
「そうですか?」
そんな侯爵の様子がきっかけになったのか、ニアはふと思いついたことがあった。
一瞬だけ迷ったが、気が付いたときにはその思い付きを口に出していた。
「妹さんですか?」
「何だって?」
「妹さんに、林檎の皮を剝いてあげていたんですか?」
侯爵は虚を突かれたように目を見開くと、ああ、と声を上げた。
「私に妹がいることは、君には以前話していたね。……そうだよ、こうして妹の傍にいてやったこともあった」
「あの、侯爵。間違っていても気を悪くしないでください。ひとつ確かめたいことがあるのです」
「なんだろう? 聞かせてくれ」
「侯爵の妹さんって――もしかして、第四王妃だったんじゃないですか?」
侯爵の動きが止まった。
医務室の外で小鳥が鳴いている声が聞こえた。
ニアは侯爵の表情をじっと見つめていた。
そして、ようやく侯爵は口を開いた。
「……妹はまだ幼い頃に養子に出され、我が家ではない別の貴族の娘として育てられた。長い月日が経ち、私も妹のことは遠い思い出のようになっていた。しかし宮廷に勤めるようになり第四王妃と出会った瞬間、お互いに理解したんだ。兄と妹だと。だがそれから間もなく第四王妃――私の妹は病に倒れて、そして死んでしまった。……こうして果物の皮を剥いていると思い出すよ、妹がまだ生きていた頃を。あの子の部屋で私と二人きりでいるときだけ、私たちは元の兄と妹に戻れたんだ。第四王妃とその護衛ではなく――ね」
侯爵は昔を思い出すように目を瞑る。
「愛されていたんですね、妹さんのことを」
「今にして思えば最期を看取ることが出来て幸せだったのかもしれない」
「……だから、友人であってもサマイル様を斬ることが出来たんですか? 妹さんの仇だったから」
ニアが言うと、侯爵はゆっくりと首を横に振った。
「妹が呪いに冒されたことで、私たちは二人だけの時間を手に入れることが出来た。そう思うと一概にサマイルを恨めはしないよ。私はただ、部下の命を守るために剣を振るっただけのことだ」
「そうですか……」
ニアはそれ以上、スメラギ侯爵に問いかけることはできなかった。
侯爵の瞳がとても寂しそうに見えたからだ。
だから、ニアは黙って侯爵が剥いてくれた果実を齧った。
果汁が溢れ、ニアの唇の端を伝う。
その様子を見て、やっとスメラギ侯爵は微笑んだ。
「もうひとつ、どうかな?」
そう言って侯爵は林檎を一切れ摘まむとニアの口に押し込んだ。
少しだけ驚いたニアだったが、抵抗することなくそれを口の中に含み、咀嚼した。
同じ林檎のはずなのに、さっき食べたものよりも甘い気がした。
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