第31話「決着」
屋根が音を立てて崩れ落ちて来て、壁が粉々に砕けていく。
そして訓練場が瓦礫の山に変わった頃、スメラギ侯爵はニアに向かって呟いた。
「大丈夫か?」
「……はい。無事です。侯爵は?」
「私も無事だよ。何とかね」
スメラギ侯爵は瓦礫を押しのけながら身体を起こした。
周囲には半壊した訓練場とその破片が散乱している。
そのときになってようやく、ニアはスメラギが身体中から出血していることに気が付いた。
「本当に無事なんですか、侯爵?」
「無事だよ。君に比べればね。……なぜ私に何も言わずサマイルのところへ向かったんだ?」
「……サマイル様は侯爵のご友人です。侯爵が友人を告発しなければならないようなことは、避けたかったんです」
「その気持ちだけは受け取っておこう。しかし、私は王妃から命令を受けている身だ。たとえ友人だろうと、討たなければならないときは討つ。このようなことは二度とするな」
珍しく厳しい口調で、スメラギ侯爵は言った。
「……はい」
ニアはそう言って頷くしかなかった。
次の瞬間、ニアの身体が宙に浮いた。
スメラギ侯爵がニアを抱きかかえたのだ。
「な、何をするんですか、侯爵!?」
「重傷だ。すぐに手当てをしてもらおう」
「で、ですが、自分で歩けます!」
「そうは見えないな。私は君の上司として、君に治療を受けさせる義務がある」
ニアを抱き上げたまま、侯爵は王城へと歩いていく。
まるで小さな子供みたいな扱いにニアは恥ずかしくなって、照れ隠しに頬を膨らませた。
「侯爵……!」
「それにしても、サマイルを犯人だと突き止めたのは大手柄だよ。訓練場は無くなってしまったけれどね」
手を放す気はないらしいと悟ったニアは、諦めて話題を変えることにした。
「サマイル様が犯人だと、侯爵も気づいてらっしゃったんですか?」
「いくつもヒントはあったからね。むしろ、あれだけ的確に我々へヒントを出せる存在なんてサマイルくらいしかいなかっただろう? 君が解決してくれた第三王妃と王子の呪い事件を思い出してごらん。王妃の部屋にわざわざ呪印を残しておくなど、自己顕示欲の塊のようなサマイルに相応しいやり方じゃないか。……もちろん間違いであって欲しいとは思ったけれどね」
「サマイル様は……?」
ニアの言葉に、スメラギ侯爵は瓦礫の方へ顔を向けた。
瓦礫の山と化した訓練場の中央辺りに、上半身を起こしたまま項垂れるように倒れるサマイルの姿があった。
血まみれになった彼は、指先一つ動かす素振りを見せなかった。
「我々の役目はここまでのようだね」
訓練場が崩壊した音を聞きつけてか、兵舎から出てきた兵士たちが次々と集まってくる。
「事情を説明した方が良いでしょうか?」
「いずれはね。だが、今はこっちの方が優先だ」
侯爵は突然ニアの腕を握ると、その袖を捲った。
「……!」
「不思議には思っていたが、やっぱりこういうことだったんだね」
露になったのは傷ついたニアの腕。
その表面には禍々しい模様――つまり、呪印が浮かび上がっていた。
「気づいていたんですか」
「呪術には代償が必要だとしきりに言っていたのは君の方だろう? ……まさか、自分自身を代償に呪術を発動していたとは」
「どうやら、侯爵の前では隠し事ができないみたいですね」
「当たり前だ。私は君の上司なんだからな」
「侯爵が来てくれなければ、私は今頃殺されていましたよ」
「間に合って良かったよ。もう二度と――私から離れるな」
「……は? 今、何と?」
思わずニアは訊き返していた。
スメラギ侯爵は我に返ったような顔をすると、ニアから顔を背けた。
「何でもない。それ以上喋るな。傷口に障るぞ」
「え? でも本当によく聞こえなくて」
「うるさいな。自力で歩かせるぞ」
「おかしいですね、私が歩けそうにないとおっしゃったのは侯爵の方だったはずですが」
「……それ以上喋るようなら、傷と一緒に君の口も縫ってもらおうか」
侯爵が不機嫌になってしまったので、ニアは話すのをやめた。
そして、優しく自分を抱きかかえている侯爵に、そっと身体を預けた。
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読んでいただきありがとうございます!
いよいよ次回が最終回です!!!