第30話「崩壊」
ニアは荒くなった息をなんとか落ち着かせながら、言った。
「罪を認める気はないんですか?」
「この期に及んで何を。僕は特別な存在なんだよ。愚かな人間を何人か殺したとして、それが罪になるのかい?」
「……あなたはただ、復讐をしたいだけなんじゃないですか?」
「何だって?」
「あなたは魔石という素晴らしい発明をした。だけどその成果は他人に奪われてしまった。あなたがやっているのはその復讐じゃないんですか?」
「……愚かな人間たちは自分の利益や出世のことしか考えていないんだ。魔石の一件はそれがよく分かる出来事だったよ」
「だからと言って、それで復讐をするのではあなたも只の人間と同じなのではないですか?」
「分かったような口をきくなよ、呪術師さん」サマイルは少しずつニアに近づいてくる。「結局、僕の孤独は僕にしか理解できない。あんたには僕の気持ちなんか分からないんだ」
「殺人者の気持ちなんて分かりたくもありませんから」
「そうか。じゃあ、死ねよ」
サマイルが片手をニアに向ける。
「――次はもっと準備をしておけ」
「何?」
「あなたはそう仰っていましたね」
ニアの言葉に、サマイルが眉を顰める。
「確かに言ったけど、それがどうかしたの?」
「だから――準備をしておきました」
ニアは両手を開き、サマイルの方へ顔を向けたまま背後の壁に触れた。
そのときだった。
訓練場全体が淡く光り始めた。
「―――呪印か!」
その淡い光に照らされた訓練場の壁や床には、びっしりと呪印が刻まれていた。
「仰る通りです」
次の瞬間、サマイルの全身が裂けた。
ニアが訓練場に仕掛けていた呪術が発動したのだ。
「かっ……!?」
サマイルが膝をつき、自らの血だまりの中に倒れこむ。
「……人殺しなんて気分の良いものじゃないですよ、サマイル様」
ニアは壁を支えにしながら立ち上がり、倒れたままのサマイルを見下ろした。
さて。
サマイルの身柄を引き渡さなければならないだろうが、この状況をどう説明しよう――そんな風にニアが考えた、瞬間。
全身が引き裂かれるような痛みとともに、ニアは壁に叩きつけられた。
それだけではない。
訓練場の壁や床、天井までもがずたずたに引き裂かれ、その破片が縦横無尽に舞った。
巻き起こった土煙がようやく治まったとき、ニアは自分を見下ろすように立つサマイルの姿を見た。
「やってくれるねえ、呪術師さん」
「……お褒めにあずかり光栄です」
ニアは掠れた声で言った。
「本当に危なかったよ。ギリギリのところで僕の魔法が間に合った。あのままじゃ死ぬところだったよ。まあ、呪術っていうのはそういう術だから当たり前だろうけど」
ニアはもう一度術を発動しようとした。
しかし、先ほどのサマイルの攻撃で訓練場中の呪印が消されおり、発動できなかった。
全身が重たい。
衣服がズタズタになっている。
恐らくは、以前サマイルが言っていた風魔法の応用とかいう魔術だろう。魔術院の廊下を粉々に砕いたのもきっと同じ魔術だ。
「……えーと、ここから見逃してもらう方法って……あるんですか?」
ぼやける視界でサマイルを見上げながら、ニアは言った。
サマイルは口の端から流れる血を拭い、答える。
「いや、ないね。君は殺すことに決めてる」
「そうですか……」
仕方ないか、とニアは諦めた。
呪術師である自分がロクな死に方をしないだろうとは、前から思っていたことだ。
むしろ宮廷でそれなりの地位を得ることもできたのだから満足だ。
悪くない人生だった。
体中から力が抜けていく。
微睡みに身を任せ、ニアは目を瞑った。
そのとき、訓練場の入り口で物音がした。
「……私の助手を探しているのだけれど、まさかこんなところにはいないだろうね?」
サマイルはぎょっとして声のした方を振り向いた。
「スメラギ――!?」
「悪い子だね、ニア。どこかへ行くときは行き先を伝えておくよう言ったはずだけど」
「侯爵、どうしてここに……!?」
最後の力を振り絞り、ニアは声を発した。
スメラギ侯爵がいつもの微笑みを浮かべるのが見えた。
「直感というやつだよ。案外当たるものだね」
侯爵は片手に細身の剣を握っていた。よく素振りをしていたあの剣と同型のものだ。
しかし素振りのときと違い、その剣には人を殺すことが出来る刃が備わっていた。
「……こうなっちゃあ言い訳もつかないな。スメラギ君、お前もこの呪術師と一緒にここで殺すよ。呪術師の血を引く者を二人も減らすのは勿体ない気もするけど、仕方ない」
「サマイル、私は君のことを大切な存在だと思っていたが……残念だ」
スメラギ侯爵がサマイルに向かって剣を構える。
「侯爵……逃げてください……!」
魔術と呪術の両方を操るサマイルに、剣だけで敵うはずもない。
しかしスメラギはニアの方を見て笑顔を見せると、すぐに真剣な表情を浮かべてサマイルと対峙した。
サマイルが言う。
「僕はね、お前も憎かったんだよ、スメラギ」
「ほう、意外だな。私は魔術に優れた君のことが羨ましかったが」
「誰もがお前のことを認めていた。王妃たちや、国王までにも。僕はそうじゃなかった。僕はただ、僕の才能を魔術院のバカ共や腐った貴族の連中に利用されるだけだった。誰も僕のことを認めようとさえしなかったんだ」
「そうか。君のそうした苦しみに気づいてやれなかったのは申し訳なく思うよ。だが――だからといって王妃たちや罪のない市民を傷つけて良いわけではないだろう?」
「いや、僕には許されるのさ。僕は特別な人間だから」
「……どうやら変わってしまったようだね、君は」
「違うな、自分が特別であるということに気が付いたのさ」
スメラギ侯爵は剣を構えなおした。
一撃で勝負を決めるつもりなのだ。
サマイルが右手を挙げた瞬間、スメラギは大きく一歩踏み込んだ。
「―――ッ!」
剣を振りぬくスメラギ。
サマイルの左肩からわき腹にかけて大きな傷が開き、血が噴き出した。
「やるね、スメラギ君――っ!」
サマイルは振り絞るような声でそう呟くと同時に、自分を中心として全方向に風魔法で形成した刃を放った。
「……ニア!」
叫びながら、スメラギはニアに覆いかぶさる。
サマイルが放った一撃で、訓練場はついに崩壊した。
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