第29話「決戦」
サマイルはらしくもなく、女々しい仕草でニアの様子を伺うようにしながら言葉を続けた。
「ずっと思ってたんだよ。人間は優れた存在に統治されるべきだって。君と僕ならきっとできる。まずは王を殺すんだ。そして僕が王になる。君は新しい国の母――国母とでも呼ぼうかな。それになるんだ」
「え」
ニアの反応が芳しくないのを見てか、サマイルは誤魔化すように両手を振った。
「あ、いやいや、今すぐってわけじゃない。これから王妃たちをみんな殺して最後に王を殺すんだ。あー、でも同時に殺しちゃってもいいな。で、混乱した国を乗っ取ろう。二人で幸せな世界を作ろうじゃないか」
「えっと、嫌です」
「……え?」
「別に私は国なんて欲しくないですし、自分が誰かより優れた存在だなんて思ったこともありません」
「謙遜するなよぉ、君じゃなきゃ事件の犯人が僕だってことに気づけなかったんだよ。十分優れた存在だよ」
へらへらと笑うサマイルをまっすぐに見据え、ニアは口を開く。
「私の母は病で死にました」
「……え、何の話?」
「呪術には代償が必要です。私の父はかつて呪術師でした。彼が代償として選んでいたのは母だったんです。母の命を犠牲に呪術を使っていたんです。父が、その代償が取り返しのつかないものだと気づいたときには既に、母の容態は手遅れになっていました。母は全身を呪印に蝕まれ、その呪いで苦しみながら死んだんです。……呪術は他人を呪い不幸にする術です。そんな力で国を治めることはできないし、もちろん誰かを幸せにすることだってできません」
はあ、とサマイルは不機嫌そうに息を吐いた。
「つまり僕の提案には賛成できないってこと?」
「というかむしろ反対です」
「口説き方が下手だったかな?」
「私を口説く前に、自首して罪を償ってください。私、犯罪者とはお付き合いしたくありません」
「あ、そう……じゃあ仕方ない。この話は決裂だね」
「魔術と呪術の両方を操るあなたの優秀さは認めます。ですが、その使い方は認めたくありません。一刻も早く宮廷や城下街から呪印を取り除いてください」
「ニアさん、悪いけど僕は誰かから指示を受けるのが大嫌いなんだ。そして、自分の能力に気づけない愚か者もね」
サマイルは開いたままになっていた書物を閉じて立ち上がった。
空気が変わる。
ニアは、サマイルから発せられる殺気のようなものを肌で感じていた。
「サマイル様……」
「僕に協力してくれないのなら、君の存在は邪魔なだけだ。死んでもらおう」
サマイルの手元の机には呪印が描かれていた。
殴り書きのようなそれにサマイルが触れた瞬間、ニアの全身に無数の切り傷が出来た。
「――――!」
血が舞う。
ニアの衣服が赤く染まる。
が、驚いていたのはむしろサマイルの方だった。
「死なないのか……?」
「……まあ、こういうことになるだろうと思ってはいましたが」
ニアが両手を開く。
ばらばらと床に落ちたのは、何かの破片だった。
ちっ、とサマイルが舌打ちをした。
「魔石――の、破片か」
「この魔術院の廊下にあったものです。いくつか事前に破壊しておきました。これであなたの呪印は不完全なものになってしまいましたね。……不完全ながら、多少は発動してしまったみたいですが」
ニアは額の傷から流れる血を袖で拭いながら言った。
「呪術師として呪術で葬ってあげようと思ったんだけど、仕方ない。次はこっちだ」
サマイルが両手をニアに向けた。
魔術を発動するつもりだ。
ニアは咄嗟に右手の甲を相手に向けた。
その瞬間ニアが右手に描いていた呪印が淡く発光し、サマイルのすぐ傍の机を中心に炎が広がり始めた。
「――発火の呪術か!? いつの間に!?」
「前にお邪魔した時に、少し」
ニアはサマイルに背を向け部屋を飛び出した。
出血は派手だが傷は浅い。
まだ十分に動ける――ニアは全速力で廊下を駆け抜けながらそう考えた。
そのときだった。
彼女の頭上を何かが掠め、前方の壁が粉々に砕け散った。
「……!」
「あーあ、ここまでやる気はなかったんだよ、僕も」
サマイルはけだるそうに言いながら、研究室の中から姿を現した。
このままでは本当に殺されるだろうと思い、ニアは背後も見ずに走った。
「仕方ないな。追いかけっこに付き合ってあげるよ」
廊下の長さを恨みながら魔術院を駆け抜け、外へ。
夜の暗闇の中、ニアは何度も転びそうになりながら走った。
そして兵舎の辺りに差し掛かったとき、右の太腿に刺すような痛みが走り、ニアはそのまま地面を転がった。
「痛いっ……!」
これまで感じたことのないような痛みだった。
スカートを捲り上げ太腿を見ると、金貨くらいのサイズの穴が空いていて、とめどなく血が溢れ出していた。
「ほら、そんな風に逃げるから。次は確実にとどめを刺してあげるから動かないで」
暗闇からサマイルの声がする。
何らかの魔術を受けてしまったのだろう。
ニアは痛みをこらえて立ち上がり再び走り出すと、訓練場の中に転がり込んだ。
そして這うようにして壁際までたどり着き、ようやく背後を振り返った。
「よりによって逃げ場のない部屋の中に逃げ込むなんて。やっぱり君は愚かな人間たちと同レベルの存在だったのかな?」
ゆっくりと訓練場の入り口をくぐるサマイル。
月明りだけが訓練場を照らしていた。
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