第28話「呪術師の国」
◆◇◆◇
その日の夜遅く。
ニアはサマイルの研究室を訪れた。
サマイルは夕方に会ったときと同じように、机に設置した僅かな照明の下、分厚い書物を眺めていた。
「……サマイル様」
ニアが声をかけると、サマイルは薄く笑いながら顔を上げた。
「やあ。第三王妃の体調はどうかな?」
「良くはありません。強い呪術ですから」
「そうか。まあ、そうだよな。ここ数日で死ぬように設定してある。ほら、前のときは時間をかけてじわじわ苦しめたせいで思わぬ横槍が入っちゃったからさ」
「第二王妃や第四王妃の死から立て続けに起こった一連の事件、犯人はあなたなんですね?」
ニアの言葉を、サマイルは否定も肯定もしなかった。
しばらく時間を置いた後で、彼は一言だけを口にした。
「そう言い切るだけの根拠を聞かせてよ」
研究室を静寂が包んだ。
重たい空気が辺りに立ち込める。
ニアは短く息を吐いた後、覚悟を決めて言った。
「魔石です」
「……へえ」
「あなたは、魔石に呪印を仕込んだんです」
ニアが言い終わるのと同時に、サマイルは項垂れた。
直後、彼は肩を震わせ始めた。
「……ふふ」
なんだろうとニアが疑問に思った瞬間、サマイルの大きな笑い声が研究室中に響き渡った。
「あははははははははははははっ! やっと気づいてくれたんだね!」
「……!?」
「いやあ、ちょっと遅すぎたんじゃない? 僕、かなりヒントを出してあげたつもりだったんだけど。初めて会ったときに魔石の研究所と設置先の地図も見せてあげたし」
「その地図が最後の鍵でした。あなたは呪印を刻んだ魔石を城下街全体に設置することで、城下街そのものに巨大な呪印を描いた―――」
「おおむね正解だよ。でも、本当はもっとすごいんだ。今はまだ不特定多数の人間を切り刻むだけの呪印を描いたに過ぎない。だけど、魔石に刻んだ呪印は、魔石の製造時期ごとに少しずつ性質を変えていてね」
「……性質?」
「そうさ。時期ごとに別の呪印を刻んであるんだ。他人を病に冒す呪印や発火する呪印、様々な呪印の性質を持った魔石が城下街に設置されることで、僕はいつでも好きな呪術を発動できるようになるのさ。城下街という真っ白なキャンバスが無数の呪印で埋め尽くされる。城下街にいる人間なら誰でも好きな人間を対象に呪術を発動できるようになる。人の生き死にすら僕の意のままに操れるようになるというわけだよ」
「王妃たちにも同じように呪術を?」
「この宮廷にも既に無数の魔石が使われているからねえ。廊下の照明や部屋に水を引くためのポンプなんかもそうだろう? 簡単な作業だったよ。もちろん、現在進行中で第三王妃を苦しめている呪術も同様の方法で発動しているわけさ」
「どうしてそんなことを」
「動機が知りたいのかな? うん、良いよ。教えてあげよう。というか、これも君には少し話したつもりだったけどね」
「……?」
どこか陶酔したような様子で、サマイルは饒舌に話を続ける。
「人間が愚かだからさ。この魔石だって急激に広まったんだ。みんな便利だからって使いたがるんだよ。その裏で僕がどんなことを考えているかなんて疑いもせずにね」
「愚かな人々へを罰するため、ということですか?」
「そうそう、そういうこと。あいつら馬鹿なんだよ。特に、この魔石を使って出世したり儲けたりしている連中はね。だから分からせてやらなきゃ。誰のおかげでそうなったのかってことをさ」
「……つまり復讐?」
「よせよ、そんな安っぽい言い方。天罰さ、天罰。僕はこの国最高峰の魔術師でもあり、同時に選ばれし呪術師の末裔でもある。愚かな人間たちよりも優れた存在なんだ。……そして、君もそうだ」
「私が?」
「当たり前だろ。僕がやったことは君じゃなきゃ気づかなかった。呪術を扱える人間じゃなきゃね。もちろん、君に気づいてもらうためにずいぶん手を尽くしたけどね。君たちが切り裂き事件と呼んでるあの事件だけど、わざわざ現場に呪印を残す必要なんてなかったんだよ。黒いローブの人物なんて明らかに怪しい人間も用意してあげたし」
「……では、ロザリーは?」
「事件のヒントにするためだけの存在。あの子からは思ったより執着されて困ったけど、君が僕までたどり着くきっかけにはなってくれただろう?」
「彼女に施されていたのは強力な洗脳の呪術でした。そうする必要性があったんでしょうか?」
「誤解しないでくれよ。あの術に関しては、僕も望んでやったことじゃない。あの子、余計なことをして捕まっちゃっただろ? だから仕方なくやったんだ。君たち以外の人間にヒントを与える気はなかったからね」
「見回りの兵士には怪しまれたくなかったということですか?」
「当たり前だろ。動きづらくなるからね。なあに、ただの人間がひとり壊れただけの話だよ。気にするようなことじゃない」
「……私だってただの人間です」
「謙遜するなよ、呪術師じゃないか」
「サマイル様の狙いが分かりません。この城下街で自由に呪術を使えるようになったというのは理解できます。でも、どうしてそれを私に気づかせなければならないんですか?」
簡単だよ、とサマイルは言った。
「君も呪術師で、僕の同志だからだ」
「同志?」
ニアが訊き返すと、サマイルは照れたように自分の髪を撫でた。
「いやあ、改めて言うのは恥ずかしいな。僕らは同じ呪術師だろう? 普通の人間には出来ないことが出来るんだ。愚かな人間を統治するのは、僕らみたいな特別な人間の役目だと思わない?」
「……何が言いたいんですか?」
「えーと、だからさあ、僕らで国を作ろうよ。呪術師が治める国だよ」
「……は?」
ニアは絶句した。
予想もしていない言葉だった。
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