第25話「留置場」
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突然見回りの兵士たちの詰め所を訪れたニアに、グスタフは親切に対応してくれた。
ニアがロザリーの聞き取りを行いたいと告げると、すぐにグスタフは段取りをつけてくれた。
そして今、グスタフに連れられたニアは城下街の留置場の階段を地下へと降りていた。
「死刑になった者は地下の特別牢に入れられることになっているのです」
前を歩くグスタフが言う。
「……死刑が執行されるまでずっとここから出られないんですか?」
「折を見て、ここから収容所へ送られます。むしろここにいるうちは死刑の執行はまだ先、ということですな」
あまり気持ちの良い話ではないな、とニアは思った。
階段を降りると薄暗い通路につながっていた。
不気味な雰囲気の通路を、グスタフは躊躇なく歩いていく。
そしてとある扉の前で立ち止ると、持っていた鍵でその扉を開けた。
「申し訳ありませんが、長時間の面会許可は取れませんでした。手短にお願いしますぞ」
「分かっています」
「もっとも、話が通じればという前提はありますが……」
「そんなに具合が悪いのですか?」
「ほとんど言葉を発さず、一日中天井を眺めているそうです」
「……そうですか」
扉の向こうには鉄格子で覆われた部屋があって、その中心には人形が置かれていた―――いや、人形ではない。人間だ。
全く生気を感じられないその顔はひどくやつれていて、ニアはそれがロザリーだと気づくまで少々の時間を要した。
ロザリーは膝を抱えて座ったままぴくりとも動かない。
「ごらんのとおりです、ニア殿」
グスタフが言う。
ニアは覚悟を決めて、織の中のロザリーに声をかけた。
「私よ、ロザリー。教えて欲しいことがあるの」
その瞬間、ロザリーの顔が僅かに動いた。
「……に、あ……?」
掠れた声がわずかに響く。
その様子に、グスタフは驚愕の表情を浮かべた。
「まさか。ここへ運ばれて以来、一言も発さなかったのです。彼女の両親が怒鳴りこんできたときでさえ――!」
「ロザリー、呪印を消して回ったのはあなた?」
「…………」
ニアの方へ顔を向けたまま、ロザリーの動きが固まる。
その瞳は虚ろで、何処を見ているのかさえも分からなかった。
「城下街の切り裂き事件、聞いたことがあるでしょう? あの現場で、魔術によって隠された呪印が見つかったの。それから、これも」
ニアは畳んで持って来ていた黒のローブを開き、ロザリーに見せた。
「……それ、は、私の……」
「事件現場では黒いローブ姿の人物が目撃されているのよ。もう一度聞くわ、ロザリー。呪印を魔術で消したのはあなた? もしそうなら、あなたにそうするよう命じたのは誰?」
「……またあんたはッ!」
「!?」
突然ロザリーは声を荒げ、跳ねるように立ち上がると鉄格子に掴みかかった。
がしゃん、と大きな音を上げて鉄格子が揺れた。
「お下がりください、ニア殿」
「教えて、ロザリー。一体誰が――」
「またあんたは!! 私のモノを奪うつもりなのッ!? アンタはッ! アンタはッ! アンタはぁぁぁぁああああああああッッ!」
がしゃん。
がしゃんがしゃん。
がしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃん。
ロザリーは叫びながら何度も鉄格子を揺らす。
そのたびに大きな音が鳴った。
不意にニアの頬に液体のようなものが付着した。
血だ。
見れば、ロザリーの両手からは出血していた。鉄格子を強く握りしめたせいで、爪が肉に食い込んだのだろう。
「ロザリー……」
「ニア殿、これ以上は」
グスタフがニアの腕を引く。
どうみてもロザリーは正常な状態ではなかった。
やはり話は聞けないか、とニアが諦めかけたとき、ロザリーの首元に黒ずんでいる箇所があることに気が付いた。
「あれは……」
「あああああああああああああっっっ!!!」
ロザリーは自分の頭を勢いよく鉄格子にぶつけ始めた。
骨と鉄がぶつかる鈍い音が響き渡る。
「ニア殿!」
異常に気が付いてか兵士たちが駆け込んできた。
ニアは彼らとすれ違うように、グスタフに腕を引かれロザリーの牢から出た。
「…………」
不快な汗が全身に滲んでいるのを感じ、ニアは苦渋の表情を浮かべた。
「残念ながら有益な情報は得られませんでしたな、ニア殿。お力になれず申し訳ない」
「……いえ、そんなことはありません。これで切り裂き事件の真相に近づきました」
ニアは額の汗を袖で拭いながら答えた。
「何ですと!? 事件の真相に?」
「はい」
あの独特な紋様をニアが見間違えるはずがなかった。
ロザリーの首元にあった黒い痣のようなもの――それは呪印だった。
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