第24話「手がかり」
「どうしたの、ニア? 少し様子が変よ?」
「いえ、なんでもないのよ」
ニアがロザリーの家族に引き取られていたことをファレは知らない。
もちろん、ファレが知る必要すらないことだ。
「そう? ああ、そうだわ。ロザリーといえばひとつお願いがあるの」
「お願い?」
「あのね、ロザリーの荷物を引き取ってくれる人がいなくて……」
「え? でも、あの子の両親は留置場に乗り込んでくるほどなんでしょう? 彼らに預けるわけにはいかないの?」
「それが……兵士たちに追い返されて以来、姿を見せていないそうなの。担当の下女が話をしに行ったときも、もう娘とは縁を切ったとか言われて取り合ってもらえなかったらしいし」
なるほど、自分の損になりそうな人間は切り捨てるということか、とニアは納得した。
「じゃあ、私が彼女の荷物を引き取れば良いのかしら?」
「頼んでも良い? いつまでも片付けられなくて」
「……良いわよ。今日中にでも取りに行くわ」
ニアの返事を聞いて、ファレが胸を撫でおろす。
「ありがとう。処分に困ってたのよ。捨ててしまうのもなんだか気が引けるじゃない?」
「そうよね」
答えつつも、ニアは受け取った荷物をそのまま捨てるつもりでいた。
ファレの代わりに捨ててあげるのだと思えば、別に嫌な気持ちはしなかった。
「それで、質問はもうおしまい?」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい、あと一つだけ教えて欲しいの。……スメラギ侯爵の妹さんのことなのだけれど」
「侯爵の妹?」
「ええ。いらっしゃるらしいという話を聞いたことがあって」
そうねえ、とファレが呟く。
ちょうどそのとき、紅茶が運ばれてきた。
「知らない?」
「いえ、私も聞いたことあるわ」
カップに息を吹きかけて紅茶を冷ましながら、ファレが答える。
「ということは、妹さんがいらっしゃるの?」
「それがね……これ、あくまでも噂よ」
と、ファレがニアに顔を寄せる。
ニアもファレの方へと顔を近づけた。
「教えてちょうだい、ファレ」
「……あのね、妾の子だったらしいのよ」
「え?」
「それで、まだ赤子くらいの頃に別の家に引き取られたんですって。だから正式には、侯爵に妹は居ないことになっているの」
「そうだったの?」
「噂よ、噂。一説によるとある名門の貴族がスメラギ家に借りがあって、子にも恵まれなかったから、妹にあたるその娘を引き取ったという話よ」
「へえー。複雑ねえ」
「すごい話よね。貴族の世界じゃ裏でどんなことが起こっていてもおかしくないのよ」
「ほんとね、怖いわね」
ファレに答えながら、ニアは考える。
その噂の通りなら、サマイルがスメラギ侯爵に妹がいないと言っていたことも矛盾しない。正式には存在しない妹なのだから。
しかし侯爵はニアを見て、妹を思い出したと言っていた。
いくらニアが幼く見られる方だからと言って、さすがに赤子に見られるということはない。
なんとなく腑に落ちない点はあるが、些細なことだろう。
ニアは無理やり自分を納得させた。
「それで、質問はおしまい?」
「ええ。ありがとう。解決したわ」
「それは良かった。だけど、あくまでも噂だから鵜呑みにしないことね」
「ええ、分かってるわよ。それよりファレ、お茶が冷めてしまうわよ。それと、お菓子は注文しなくていいかしら?」
ニアが言うと、ファレは瞳を輝かせた。
「実はね、ここのシフォンケーキがとても甘くて美味しいらしいのよ!」
そんな風にして、ニアのつかの間の休息の時間は過ぎていったのだった。
◆◇◆◇
「これなの。預かってくれるかしら」
夕日が差し込む、下女の宿舎前。
ニアの前には大きな鞄を抱えたファレの姿があった。
「……ええ。私が引き取るわ」
そう言ってニアはファレから鞄を受け取る。
ロザリーの鞄だ。中には、彼女が使っていた日用品や着替えが入っているのだという。
「ありがとう、ニア。これで文字通り肩の荷が下りたわ」
「いいのよ、これくらい。気にしないで」
「……ところで、大事なことを訊いていなかったわね」
「大事なこと?」
なんだろう、心当たりは全くないけど……。ニアはファレの次の言葉を待った。
「スメラギ侯爵とのことよ」
「こ、侯爵!?」
「まだ若い男女が同じ部屋に一日中二人きりでいて、何も起こらないわけがないわよねえ?」
にやにやと笑いながら、ファレは言った。
「な、何も起こらないわよ! 仕事なんだから。私はただ、侯爵の助手ってだけ!」
「そう? 二人きりで街を歩いたり、馬車でいろんなところに行ってるって話だけど」
「だから仕事だってば。調査よ、調査。忙しいんだから」
「じゃあ夜中、中庭のベンチに二人で座ってたのは?」
「!?」
「別に私はニアが超絶テクニックで侯爵をたらしこんだとか侯爵が実はすさまじい年下好きだとかいう噂は信じていないけれど、ま、お幸せにね」
ファレはそのまま宿舎の方へ回れ右して、逃げるように帰っていった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 誤解だわ、誤解!」
ニアが怒鳴っても誰は振り返らない。
まったく、とニアは呟いた。そんなに気温も高くないはずなのに、身体中に変な汗をかいていた。
ロザリーのバックは案外重たかった。
ニアはバッグを両手で抱え、ふらつきながら自室まで戻った。
さて、とニアはベッドの上に置いたバッグを前にして考える。
いくら捨てるからといって、さすがにこのバッグごと捨てるのは忍びないか。
他人の持ち物を漁る趣味はないけれど、小分けにしてから捨てる必要はあるだろう。
ニアはバッグを開けた。
替えの下着や化粧品、その他のこまごまとしたものが所狭しと詰め込まれていた。
中には、ニアがかつてロザリー達と暮していた頃に見た覚えのあるものもあった。
まだ使えそうな物品もあるけれど……誰かが使っていたものを勝手に自分のものにするのにも抵抗がある。
とりあえず、衣類は衣類で分けて少しずつ処分していくことにしよう。
ニアはバッグの中からスカートやブラウスを引っ張り出し始めた。
だが、作業が少し進んだ頃、ニアの手が止まった。
「これって……」
ロザリーのバッグから出てきたのは、黒い衣服だった。
その衣服にはフードがついていた。
フウンが言っていた、黒いフードの人物―――。
まさか。偶然だろう。しかし、仮にロザリーがそうだとすれば辻褄は合う。ロザリーは物を見えなくする魔術が使えるのだから、呪印の隠ぺいは可能だ。
でも万が一そうだとしたら、彼女にそれを指示したのは――。
いや、今は事実を確認することが先だ。
ニアは黒いローブを片手に部屋を飛び出した。
◆◇◆◇
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