第23話「久しぶりの再会」
◆◇◆◇
宮廷に新しく作られたカフェテリア。
流行りのデザインが取り入れられたお洒落な空間は宮廷で働く女性たちに大人気で、休日になると大勢の客で賑わうのだった。
そしてスメラギ侯爵から一日の休暇を言い渡されたニアもまた、今日はそうした客のひとりになっていた。
手入れの行き届いた庭を眺めながら窓際の席で紅茶を啜っていると、ぱたぱたと軽快な足音とともにファレが現れた。
「ごめんねー、ニア。遅れちゃって」
ファレはいつもと違う、華やかなワンピースを着ていた。
「気にしないで。急に誘ったのは私の方だから。そのお洋服、素敵ね」
ニアが言うと、ファレは分かりやすく照れた。
「そうでしょう? お金を貯めてやっと買えたのよ。せっかくだから着てみようと思って」
「とてもよく似合っているわ」
えへへ、と相好を崩しながら、ファレはニアの正面の席に座った。
「ニアもお洋服とか買ったら良いのに」
「田舎暮らしが長かったから、そういうのあまり分からないの」
「あら、だったら私が選んであげるわ。ニアによく似合うお洋服をね」
「本当? 助かるわ。飲み物は何にする?」
「ありがとう、お茶にしようかな」
「分かったわ」
ニアはそばを通りかかった給仕係にファレの分の紅茶を注文した。
給仕係が去っていくのを見送って、ファレは満を持したようにニアの方へ顔を寄せた。
「……で、わざわざ私を呼び出したってことは何か用事があるんでしょう?」
ファレが声を潜める。
彼女の察しの良さに、ニアは思わず苦笑いを浮かべた。
「さすがね、ファレ」
「宮廷に来たばかりのあなたの面倒を見ていたのは私よ。考えていることくらい分かるわよ」
「だったら、お言葉に甘えて訊かせてもらうわね。ええと、どれから尋ねようかな」
「そんなにたくさん? あまり多いと情報料がかかるわ」
「え?」
「冗談よ」
ファレがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「……最初は、そうね。宮廷で黒いフードを被った人物を見たことはないかしら」
「黒いフード? フードっていうと、頭に被るあれのことよね?」
ニアが頷くと、ファレはううん、と唸った。
「基本的に宮廷内では制服を着ているじゃない。下女なら下女、役人なら役人のね。そんな目立つ格好をしているならすぐに分かるはずなのだけれど……黒いフードの人物なんて話は、聞いたことないわね。もし居たら噂になっていると思うけど」
それはそうか、とニアは思った。
わざわざ宮廷内でそんな怪しい恰好をする必要はない。
我ながらバカな質問をしてしまったものだ、とニアは反省した。
「ありがとう。次なんだけど、ロザリーとサマイル様は何か関係があったのかしら」
ニアがサマイルの名前を出した瞬間、ファレの目が光った。
「ほほう、そこに目をつけたのね」
「もったいぶらずに教えてちょうだいよ」
「良いわ、教えてあげる。その前に、そもそもサマイル様は女癖が悪いことで有名なのよ。まあ、あのルックスじゃ侍女や下女どころか有名貴族の令嬢さえ簡単に落とせるでしょうけど」
「見た目は良いものね、あの人」
「ニアがサマイル様と二人きりで研究室に入っていったところを見たって話も聞いたわよ」
げ、とニアは露骨に嫌な顔をした。
「なんでそんな話が……。研究成果を見せてくれるって話だったからついて行っただけよ」
「よほど好かれてるのねえ。あの人、何があっても研究室に他人は入れないことでも有名なのに」
「え、そうなの?」
「……無自覚というのは恐ろしいわね。ま、良いわ。本題に戻りましょう。ロザリーとサマイル様の関係だったわね?」
「ええ」
「端的に言えば、関係があったのよ。夜な夜な部屋を抜け出してサマイル様と会っているところを何人もの下女から目撃されているわ」
「そうだったの……」
サマイル様が愛しているのは私だとロザリーが言っていた意味が分かった。
「と言っても、あの子も世間知らずよね。サマイル様にとっては他に何人――いえ、下手したら何十人といるお相手の一人ってだけだったのに、いずれ自分はサマイル様と結ばれる運命だなんてことを言っていたのよ。私も直接聞いたことがあるわ」
「遊ばれていたというわけ?」
「そんなところよ。それをあの子、本気にしちゃってたみたい。それで下女たちからも嫌われてて……王子のおもちゃの件も知ってるでしょう? ロザリーが捕まっちゃった事件」
「ええ、そうね」
ニアは、ロザリーが捕まるよう仕組んだのは自分だとは敢えて口にしなかった。
「留置場に両親が乗り込んできて大暴れしたそうなのよ。兵士たちに取り押さえられて追い返されたって話だけど」
「ああ、ありえそうな話だわ」
「……え? どういう意味?」
「あ、いえ、何でもないの。続けて」
「えーと、それでね、捕まった後のロザリーはずっと放心状態らしいのよ。何を言っても反応が返ってこないんですって。下女として働いていたころはあんなに口うるさかったのに」
「……そうなの」
放心状態か。
その言葉が、不思議とニアの中に引っかかった。
「死罪なのだから、そうなってもおかしくはないのだろうけれどね」
ニアは何も言わなかった。
いうべき言葉が見つからなかった。
だから黙ったまま、カップに残っていた紅茶を啜った。
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