第21話「黒いフードの人物」
「……あの人、本当に犯人なんでしょうか」
ニアは侯爵に尋ねた。
「状況的にはそうだ。しかし、どうかな。彼が犯人であるためには二つ条件があると考えているよ」
「条件?」
「まず、彼が隠ぺいの魔術を使えること。それから、呪術師である犯人から依頼を受けていることだ」
「あの人が呪術を使える可能性は?」
「ないだろうね。彼の身辺を調査したが、呪術師の家系ではなかった。だから彼が犯人だとすれば、真犯人がいるはずなんだ――けどね」
隣室から聞こえるグスタフとフウンの会話は平行線だった。
事件について情報を引き出そうとするグスタフと、何も知らない関係ないの一点張りのフウン。
「やっぱりあの人、事件とは関係ないんでしょうか」
「事実はどうあれ今の我々にとって手がかりは彼しかいない。犯行に直接かかわっていないにせよ、何らかの情報が得られれば良いんだけどね……」
スメラギ侯爵は意味深にニアを見た。
ニアは、以前フウンに聞き取りを行ったときのことを思い出した。
「期待はできないってことですか?」
「私はそう思っているよ。まあ、気長に待とう。どちらにせよ、我々に出来ることはそれ以外にないのだからね」
「……なんだと? もう一度言え!」
グスタフの大声が響き、不意に隣室が騒がしくなった。
何があったのだろうと、ニアは聞き耳を立てた。
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ! 大きな声出さないでくださいって。びっくりするなあ」
怯えたようなフウンの声。
スメラギ侯爵はニアに囁く。
「ニア、我々も聞き取りに立ち会わせてもらおうか。グスタフもずいぶん熱くなっているようだ。せっかくの手がかりをまた傷物にされてはかなわない」
「ええ。そうしましょう」
侯爵は立ち上がり、ノックした後で隣室へ続くドアを開けた。
「グスタフ、取り込み中すまない。我々も立ち会わせてもらえないか」
「こ、侯爵殿」
狭い机を挟んで向かい合って座っていたグスタフとフウンは、同時にこちらを見た。
「助かるなあ。申し訳ないですけど、僕、こういう武闘派って感じの人は苦手で……」
饒舌に喋りだしたフウンに、スメラギ侯爵は冷たい声音で言う。
「フウンさん、余計なことは言わなくて結構です」
「は、はあ、すみません」
身を縮めるフウン。
侯爵とニアは部屋の隅に寄せてあった椅子を引っ張り出し、そこに並んで座った。
「で、何があったか教えてくれるかな、グスタフ」
「ええ……この男が妙なことを言い始めまして」
「妙な事だって?」
「はい。自分以外に現場を訪れていた人物がいた、とか……」
グスタフがフウンの方を見る。
フウンは気まずそうに視線を逸らした。
「現場を訪れていた人物ですか。気になるな。フウンさん、もう一度教えてもらえますか?」
「ああ、はい……。そもそも僕は散歩が趣味で、夜な夜な城下町を歩いて回るのを日課にしているんです。最初に言っておきますけど、切り裂き事件の現場それぞれに行っていたというのも本当に偶然なんですからね!」
話がかみ合ってないな、とニアは思った。
スメラギ侯爵は誰が見てもわざとと分かるような微笑みを浮かべ、フウンに語り掛ける。
「あなたの気持ちは分かりました。留意しましょう。それで、自分以外に現場を訪れていた人物というのは?」
侯爵の芝居が効いたのか、フウンは落ち着きを取り戻したように話し出す。
「そうですね……あれは、そう、黒いフードを被った人物でした」
「黒いフード?」
「はい。夜だったということもあって顔は見えませんでしたが、小柄な感じでしたね」
「小柄ですか……。ということは、女性ですか?」
「そこまでは分かりません。あ、でも、ちょうどそちらのニアさんと同じくらいの背格好だったような気がします」
「ニアと同じくらい、か。犯人は女性の可能性が出て来たな。それで、他には何か気づきは?」
「フードの人物を見たのが一か所くらいなら自分も気にならなかったんでしょうけれど、そうじゃなかったんですよ。事件の現場になった十か所のうち――そうですね、5,6か所で見たような気がします」
「そんなに頻繁にですか?」
侯爵に言われ、フウンの目が泳ぐ。
「え? いやあ……でも少なくとも、2回は見ましたよ。ちょうど東の城門の辺りと、中心街の路地裏の辺りでしたね。あっ、そうだ。もしかしたら僕が被害に遭った場所の近くにもいたかもしれない。三か所です、三か所」
フウンが言った場所は、確かにどれも事件の現場となった場所だった。
嘘ではなさそうだ、とニアは感じた。
「フードの人物か……。小柄であること以外に特徴は?」
「いや、他には何も。でも、今にして思えば変でしたね。地面に屈んで何か作業をしていたようだったんですよ」
地面で行っていた作業。
呪印を描き魔術で隠ぺいしていたと考えれば、辻褄は合う。
少し考えこんだ後、侯爵はニアに尋ねた。
「呪術を発動するための呪印だが、呪術師本人が描く必要はあるのかな?」
「いえ、誰が描いても術は発動します。あくまでもその模様があればいいわけですから」
「そうか。……今のところ断定はできないが、もしかするとそのフードの人物はただ呪印を準備させられただけとも考えられるね」
「呪術師はまた別に存在すると?」
「これだけ調べても正体に辿り着けない相手だ。わざわざ自ら人目につくような場所に姿を現すとは思えない」
「なるほど……」
「しかし、その黒いフードの人物が怪しいらしいということは分かったね。フウンさん、貴重な証言をありがとう」
「いえいえ、僕もギリギリで思い出せて良かったですよ。このままじゃ僕が犯人にされてしまうところでしたからね。さて、これで僕も家に帰るとしましょう」
立ち上がるフウンを、グスタフが留める。
「いや、まだ事件が解決したわけじゃない。フウン殿にはもうしばらくここで過ごしてもらう」
「ええーっ!? 家にいたって別に逃げたりしませんって!」
愕然とするフウン。
スメラギ侯爵はグスタフと顔を見合わせた。
「……グスタフ、見回りの兵士を彼につけて監視下においておけば問題ないだろう。事件の傷も治りきっていないのだから、自宅に戻してやれ」
「承知しました、スメラギ侯爵殿のご命令とあれば」
「さすがスメラギ侯爵様! 一般市民の味方!」
フウンが調子よく言う。
侯爵はそんな彼に釘を刺すように、
「しかし我々が協力を求めたときには早急に応じてもらう。まだあなたの疑いが完全に晴れたわけではないのですから。よろしいか?」
「は……はい……」
完全に気圧されたように、フウンは返事をした。
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