第20話「目撃者」
王子のおもちゃが見つかったことで、『呪術対策室』にはつかの間の休息が訪れた。
マリアンヌ王妃から直々に、休めという命令が下ったのだ。
が、プライベートだからといって特にすることもないニアは、いつものように執務室で時間を潰していた。
相変わらず切り裂き事件の犯人は見つかっていない。しかし、あれから犠牲者も出ていなかった。
いったい犯人はどういう方法で事件を起こしたのだろうか。
調査書の束を眺めながらニアは思案した。
魔法でもない。呪術でもない。
せめて呪印を見えなくする方法でもあれば――。
「あ」
思わずニアは声を上げていた。
今までは魔法と呪術は別物として考えていた。
しかし、もしその両方を使うことができるとすれば?
大きな見落としをしていたのかもしれない。
ニアは慌てて席を立つと、書類の山が崩れるのもお構いなしに執務室から飛び出した。
そしてそのまま宮廷中を駆け回り、スメラギ侯爵を探した。
宮廷の周囲をぐるりと回った頃、もしかすると訓練場かもしれないと思って、ニアは兵舎の方へと走
った。
「スメラギ侯爵! 切り裂き事件の謎が分かったかもしれません!」
訓練場に飛び込むなりニアは大きな声で言った。
剣の素振りをしていたスメラギ侯爵はその手を止め、ニアのいる方を振り返った。
「どうしたんだニア、そんなに慌てて」
侯爵は訓練用の軽装に着替えていた。
そんな彼にニアは駆け寄り、言う。
「今まで私は、犯人は呪術か魔術の片方しか使えないと考えていました。でも、もしその両方を使うことができたとすれば、今回の事件も説明がつくんです」
「ほう、面白い意見だ。詳しく聞かせてくれ」
ニアは息を切らしながら、一息に説明した。
「切り裂き事件が呪術で起こされたものだとして、呪印が見つからないことが謎でした。でも、この間の積み木がなくなった事件を思い出してください。魔術が使えればああいう風に、隠したいものを隠すことだってできるんです。犯人は呪術を使って切り裂き事件を起こし、呪印を魔術で見えないようにしたのではないでしょうか」
なるほどね、とスメラギ侯爵が呟く。
「確かにその可能性はあるだろうな。よし、グスタフに頼んでもう一度現場を確認することにしよう」
「はい!」
「……しかし、思いのほか休日が短くなってしまったな」
額に汗を浮かべたまま、侯爵は苦笑いを浮かべた。
◆◇◆◇
ニアたちがやって来たのは、浄水設備付近の事件現場――つまり、切り裂き事件最初の被害者が出た
場所だった。
そして、犠牲者であるフウンが倒れていたという場所にニアたちは立っていた。
「さて、ニアの仮説が正しければここに呪印が残されているはずだが……」
スメラギ侯爵が地面に手をかざす。
ニアだけでなく、グスタフやビグザもその様子を見守っていた。
スメラギ侯爵が手を左右に動かす。
その瞬間、表面の塗装が剥がれるように模様らしきものが姿を現した。
「これは――!」
グスタフが呻いた。
「……どうやらニアの予感は正しかったみたいだね」
侯爵が立ち上がった。
フウンが倒れていた場所――そこに描かれていたのは、間違いなく呪印だった。
「この呪印は」ニアは地面の模様と記憶の中の呪印を照合する。「全身の皮膚に裂傷を引き起こす呪印です」
「つまり、犯人が残したものだと?」
スメラギ侯爵の問いかけにニアは頷いた。
「はい。その通りだと思います」
「分かった。グスタフ、魔術院に依頼して魔術の心得のある者を派遣してもらってくれ。彼らと協力し、ここ以外の事件現場も同様に呪印が見つかるかどうかを検証して欲しい」
「承知いたしました、スメラギ侯爵殿」
グスタフは踵を返すと、ビグザを連れて小走りで駆けて行った。
「まさかこんな仕掛けになっていたとは思わなかった。よく気が付いたね、ニア」
「いえ、偶然ですよ。でもこれで事件も解決に近づきますね!」
「そうだな。そうだと良いが……うまくいきすぎている気もする」
「え?」
スメラギ侯爵の言葉に首を傾げるニア。
そんなニアに侯爵は笑いかけた。
「いや、ひとりごとだよ。気にしないでくれ。それよりも、ようやく犯人につながる糸口が見えたな。また忙しくなるぞ」
「もちろん、覚悟の上です」
「よく言ってくれた」
◆◇◆◇
それから事件は急展開を迎えた。
現場から呪印が見つかり、この事件が呪術によって引き起こされたと判明したことで、ニアとスメラギ侯爵は再び事件の担当をすることになった。
そして、グスタフら見回りの兵士たちが行った調査を集計し、事件が起こる数日前に10か所の現場周辺を訪れていたとして、ある人物の存在が浮かび上がったのだった。
「いや、あの……僕じゃないです」
城下街の留置場。
その取調室の一室には、体のあちこちに絆創膏を貼った男が拘留されていた。
「しかし10か所すべてで目撃情報があったのはあんたしかいないんだよ―――フウンさん」
グスタフが男に向かって告げる。
男――フウンは両手で頭を抱えた。
「そんな馬鹿な! 僕はただ散歩が趣味なだけですよ!」
「たまたま事件現場を散歩していたとでもいうつもりか? そんな偶然、あるわけないだろう」
「偶然ですって! 僕っていつもそうなんですよ! なんて不運なんだ……! 大体、僕が犯人ならどうしてこんな目に遭うんですか! 自分で自分を大怪我させたっていうんですか!?」
「しかしね、被害者の中じゃあんたが一番軽傷なんだ。あんたが犯人ならそれも説明がつく」
「そんな……! でも僕、呪術なんて使えないですよ?」
「だから、あんたに隠ぺい魔法をかけるよう依頼した呪術師がいるはずなんだ! それをさっさと言えば罪も軽くしてやる」
「軽くするも何も、僕は無関係なんですってば!」
グスタフとフウンのやり取りを、ニアとスメラギ侯爵は隣室で聞いていた。
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