第19話「王子を愚弄し宮廷を混乱させた罪」
◆◇◆◇
「……何か用? 私忙しいんだけど」
翌日。
ベンチに座るニアの前に現れたのは、ロザリーだった。
不機嫌そうな顰め面をしている。
「下女長さんには話をしてあるから安心して。時間のことを気にする必要はないわ」
ニアが言うと、ロザリーはうんざりしたように鼻を鳴らした。
「そうやって自分の立場をアピールしたいわけ? 今の自分なら下女のひとりくらい自由に使えるって言いたいの?」
「……まず最初にきちんと謝りたくて。あなたの想像通り、あなたの家を燃やしたのは私」
ニアがそう告げた瞬間、ロザリーの表情が一変した。
「やっぱりそうだったのね! この人でなし! 私たちがどんな思いで暮らしてきたのか、あなたには分からないんだわ! 呪術なんて気味の悪い術を使う女なんて人間じゃないのよ!」
ロザリーはまくしたてるように怒鳴った。
一方で、ニアは黙ってその言葉を聞いていた。
「……………」
「大体あんたは昔からグズで使えない女だったわよね。パパもすごく困っていたわ。身寄りのないあんたを預かってあげた私たちに対する仕打ちがこれってわけ!?」
ほんと信じられない、とロザリーは吐き捨てるように言う。
なるほど、そっちの視点から考えるとそんな風に思われるのか、とニアはどこか他人事のように感じた。
だけど、まあ、いい。
「とにかく座って。時間には余裕があるのだから」
「なんであんたの隣に私が座らなきゃいけないのよ。大体、なんで私が立っておかなきゃならないの? あんたがそこを退いて私に席を譲りなさいよ」
ニアは、どこまでも図々しいロザリーの態度にある種の尊敬を感じつつも、彼女の言う通りに席を譲った。
当たり前みたいな顔をしてロザリーはベンチに座り、
「で、私に何の用? 偉大なる呪術師様がこんな下女に用事なんて想像もつきませんわねえ」
侮蔑するような笑みを浮かべるロザリー。
「質問があるの」
「質問? 何よ」
「確かあなたには魔術の心得があったわよね。ねえ、あの魔法を見せてくれないかしら」
ニアの言葉を、ロザリーは鼻で笑う。
「そうよねえ、あんたって初歩的な魔法も使えないんだったわよね。そんな才能のない女があのスメラギ侯爵様の部下だなんて信じられないわ。どんな手を使ったのかしら。ああ、いやらしいわ」
「……お願い、一度だけでいいの。あの、物を見えなくする魔法を」
「ふん。呪術師様がどうしてもというのなら仕方ないわね。あなたの服でも見えなくして、その貧相な身体を衆目に晒してあげようかしら。一部の変態には喜ばれるかもねぇ」
くっくっく、とロザリーが笑う。
ニアはもはや気にしなかった。
「消して欲しいのは、これなの」
そう言ってニアは木で作られた丸いおもちゃを取り出した。
ロザリーの表情が再び変わる。
「な、何よこれ、なんであんたがこれを持ってるのよ」
「いいから消して」
動じないニアの様子が気に入らなかったのか、ロザリーは声を荒げた。
「答えなさいよ! なんであんたが王子のおもちゃを持ってるのよ!」
あーあ、とニアは思った。
せめて黙って知らないふりをしていれば救いようはあったのに。
「……自分から喋ってしまったら終わりだわ」
「はあ? 何わけわかんないこと言ってんのよ。それよりさっさと私の質問に答えなさい!」
「誰もこれを、王子のおもちゃだなんて言っていないのよ」
「……!?」
さっきまで怒りで赤くなっていたロザリーの顔色が瞬時に青くなる。
「ねえロザリー。これが王子のおもちゃだってことを、どうしてあなたが知っているの?」
「そ、それは、えーと、そうよ。中庭で王子が遊んでいるのを見たわ。だから、そのおもちゃを隠したのは私じゃない―――」
言いかけてロザリーが両手で口を押える。
「……このおもちゃが隠されていたなんてことも、私は言っていないはずだわ」
「そんなの――宮廷で働いている人間なら誰だって知ってるわよ! 侍女たちが慌てて探していたもの、王子が大切にしているおもちゃが無くなったって!」
「ええ、そうかもしれないわね。ところでロザリー、一昨日の洗濯物の当番はあなただったそうね」
「それが何よ」
「あなたは夕方ごろ、中庭に干してあった洗濯物を取り込んだ。合っているかしら」
「ふん。あんたと違って私は優秀なのよ。決められた時間通りに洗濯物の仕事を終わらせたわ」
「そう。夕方――ちょうど王子が中庭で遊んでいた時間に、あなたもこの中庭にいたというのね」
「……!」
「ちなみに、王子のおもちゃが無くなったのは一昨日の夕方からだと聞いているわ。偶然にもね」
ニアはロザリーを見下ろした。
ロザリーの目はさっきから焦点が定まっていなかった。
「……だって、仕方ないじゃない」
「仕方ない?」
「あのガキがいたせいで、私はあんたに復讐できなかったのよ! あんたを牛の糞まみれにしてやろうと思ったのに!」
ロザリーの言葉で、ニアは先日のことを思い出した。
いつのまにか堆肥の桶を持ったロザリーが背後にいたあの出来事だ。
王子がロザリーの存在に気づいてくれたから、ニアは無事で済んだのだった。
「そんなことを根に持って……?」
ニアは驚いたというか、むしろ呆れてしまった。
完全に自業自得のはずなのに、よくそれを他人のせいに出来たものだ。
「だからあのガキを困らせてやろうと思ったのよ! 何がいけないの!?」
「相手はまだ子供で、王子様よ?」
「それがどうかしたの? それだけじゃないわ。あんた、サマイル様にも色目を使っているんでしょう?」
「……サマイル様に色目?」
ニアにそんな記憶は無かった。
むしろ向こうから絡んできて少々鬱陶しいとさえ思っていた。
そんなニアとは対照的に、ロザリーはなぜか勝ち誇ったような顔をしていた。
「あんたはそれで私に勝ったつもりでいるんでしょうけれど、残念ね。サマイル様が本当に愛しているのは私よ。思い上がりも甚だしいわ。恥ずかしい女よね、あんたって」
ニアは、ロザリーが何の話をしているのか分からなかった。
どうしてサマイルの名前が出てくるのだろうか。王子のおもちゃと何か関係があったっけ……?
ロザリーは一方的に話を続ける。
「パパはいつも私に言っていたわ、私が正しいって。今はあんたが良い気になっているかもしれないけれど、最後に笑うのは私。だから、王子だろうがガキだろうが、正しいことをした私が正しいはずだわ」
「……ああ、そう。それがあなたの答えね」
「ええ。何か文句ある?」
「――だそうです、侯爵」
「ご苦労、ニア」
ニアの背後には、何処からともなく現れたスメラギ侯爵がいた。
ロザリーが表情を引き攣らせる。
「な、なんで……」
「ニアから聞いていたんだよ。王子の所有物を隠匿した人物がいるとね」
「あんた――」
ロザリーの目が吊り上がり、すさまじい形相でニアを睨みつける。
ニアは努めて無視するようにした。
「すべては彼女が自分で語った通りです、スメラギ侯爵」
「分かった。あとはすべて私が処理しよう。グスタフ」
スメラギ侯爵に呼ばれ、グスタフと彼が率いる兵士が数名中庭へ駆け込んできた。
兵士たちがロザリーの両脇を抱え立ち上がらせる。
「な、何するのよあんたたち! パパに言いつけてやるんだから! パパだけじゃないわ、サマイル様にだって――ちょっと、離しなさいよ! 私の方が正しいに決まってるわ!」
喚くのを止めないロザリーは、引きずられるようにして兵士たちに連行されていった。
「あなたが正しいかどうかは司法が判断することです。どうぞ、こちらへ」
「これで私に勝ったつもりかしら、ニア! 魔術も使えないクズ女が!」
ロザリーの捨て台詞が中庭に響き渡る。
まいったな、とニアは肩を竦めた。
数日後、ニアはロザリーの死罪が正式に決定したという知らせを聞いた。
王子を愚弄し宮廷を混乱させた罪、ということだった。
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