第18話「おもちゃ」
廊下に出た瞬間、スメラギ侯爵はふう、とため息をついた。
「王子のおもちゃの探し物か。確かに、今の我々にはそのくらいが精いっぱいかもしれないね」
スメラギ侯爵は、どこか気落ちしているようにも見えた。
ニアはそんな侯爵を励まそうと、努めて明るい声音で言った。
「大丈夫ですよ、侯爵。きっとすぐに見つかります。どんなおもちゃだったかは私が良く知っていますから、任せてください」
「呪術は探し物にも役立つのかな?」
「いえ……そういうわけではありませんけど……」
残念ながら、無くした物を探知できるような術は呪術には存在しなかった。
「私を励ましたいという君の気持ちは伝わったよ。ありがとう、ニア」
侯爵が力なく微笑む。
やはり気落ちしているのだ。
全力で調査した事件を解決することもできず、挙句その担当から外されたのだから仕方ないと言えば仕方のないことだろう。
侯爵のためにも頑張って王子のおもちゃを見つけなければ、とニアは決心した。
◆◇◆◇
ニアは、あの積み木のおもちゃを失くすなら中庭だろうと踏んでいた。
王子はおもちゃを投げて遊んでいた。もし何かの拍子で中庭の植え込みの中に紛れてしまえば見つけるのも困難だ。
というわけでニアは中庭の植え込みを片っ端からかき分け、積み木のおもちゃを探していた。
が。
ニアの予想に反して、なかなかおもちゃは見つからなかった。
おかしい。
妙だ。
一体どこに行ってしまったんだろう。
中庭ではないのだろうか。
そのとき、スメラギ侯爵が戻って来た。
侯爵は、積み木の捜索に当たっていた侍女たちの話を聞きに行っていたのだった。
「進捗はどうかな、ニア?」
ニアは首を横に振る。
「ダメですね。きっと中庭だと思ったんですけど……」
「侍女たちの話では、王妃や王子の部屋はもう隙間なく探したということだよ。だとしたらやはり、君の言うように中庭で無くした可能性が高いように感じるけれどね」
「そうですか……」
ニアはううん、と考え込んだ。
この中庭のどこかにあるはずなのだが……。
「おや、ニア。頬に泥がついているよ」
ふと気づけばスメラギ侯爵の顔が目の前にあった。
突然のことでニアは驚いた。
「あっ、ご、ごめんなさい!?」
「じっとしているんだ、ニア」
侯爵はニアの顎に手を添えると、もう片方の手で彼女の頬を拭った。
ニアは心臓がどきどきと音を立てるように高鳴って、声が出せなくなった。
「――――!」
「ああ、取れたよ。一生懸命になりすぎるのも考えものだね。妃殿下も休憩がてら探してくれればいいと仰っていたのだから、気楽にやろうじゃないか」
「は、はい……」
スメラギ侯爵がじっとニアを見つめる。
「ん? どうした、風邪かな? 顔が赤いようだが」
「いっ、いえ! なんでもありませんっ!」
ニアは耐えられず、侯爵から目を逸らした。
顔どころか、体中が熱くなっているような気がした。
「大丈夫か、ニア?」
「だ、大丈夫ですから! ご心配なく!」
侯爵から逃げるように、ニアは再び植木へ身体を向けた。
その瞬間足元の何かに躓き、ニアは身体が宙に浮かぶような感覚に陥った。
転んでしまう――そう思った瞬間、背後から強い力で抱き留められた。
「ほら、危ないじゃないか。やはり具合が優れないようだね。私が君に無理をさせすぎたせいだろう。すまないね、ニア」
「あ……」
スメラギ侯爵の声が耳元で聞こえる。
侯爵の両腕が力強くニアの身体を抱きしめている。
ニアは全身が熱くなるどころか、溶けてしまいそうだった。
何も考えられなくなって、声も出ずに口をぱくぱくさせるニア――の視線が、地面のある一点に集中した。
「土が浮いてる……?」
「何だって?」
「あそこ、土が空中に浮いています」
後ろからスメラギ侯爵に抱かれたような状態で、ニアは地面を指さした。
確かにそこにはニアの言う通り、地面からわずか上の辺りに、本来地面にあるはずの土の欠片が宙に浮いていた。
「なんだろうな、これは?」
スメラギ侯爵は地面に屈み、その土を手に取ろうとして――おや、と呟いた。
「どうされたんですか、侯爵?」
「妙なんだよ。見てくれ」
侯爵は地面から何かを拾い上げた。
その手のひらの上で、やはり土が浮遊していた――というより、それは侯爵の掌に見えない土台が置かれているようだった。
「変ですね? 透明な……球体?」
「そうだな。これはおそらく、魔術だろう」
「魔術?」
「ああ」
侯爵がもう一方の手を、透明な何かの上にかざす。
そうすると、透明な何かの表面を覆っていたモノが剝がれはじめ、その下から木で作られた球体のおもちゃが現れた。
「侯爵、これは!?」
「恐らく不可視化の魔術がかけられていたんだ。誰がそんなことをしたのかは知らないが……これが王子の探していたものかな?」
「はい、間違いないと思います」
「ならば良いだろう。休息を取る間もなく見つけてしまったね」
侯爵は少し残念そうな笑顔を浮かべた。
「さっそくマリアンヌ様にお届けしましょう」
「そうだな。中庭が怪しいと感じたニアの手柄だよ」
「いえ、侯爵の魔術があったからですよ。侯爵は魔術もお使いになるんですね」
「基本的な部分だけはね。私にはあまり魔術の才能がなかったんだ」
「そんなことはありません。私は全く魔術が使えませんから……」
「意外だな。呪術が使えるのだから魔術も得意なものと思っていたが」
「仕組みが全く違いますから」
「そうか。サマイルが興味を持ちそうな話だな……。とにかく王妃の元へ行こうか」
「はい!」
ニアとスメラギ侯爵は積み木のおもちゃ片手に第三王妃の部屋へ向かった。
しかし、一体誰が王子のおもちゃを隠すような真似をしたのだろうと、ニアは不思議に思うのだった。
◆◇◆◇
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