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第17話「新たな事件」


◆◇◆◇


「……収穫はなし、か」


 城下街。


 外は曇り空だった。


 ニアはスメラギ侯爵とともに、ようやく意識を取り戻した10人目の被害者の元を訪れていた。


「他の被害者と同じ、『犯人の姿は見ておらず、突然全身が切り裂かれた』……ですね」

「突然出血する病気という可能性はないだろうか? 他国にはそういう症例もあると聞く」

「でも、それだと切り傷の説明が付きません」

「そうだな。やはり手詰まりか……」


 ニアとスメラギ侯爵は同時にため息をついた。


「何かひとつでも手がかりがあれば良いんですけど」

「グスタフに言って城下街の見回りは強化させている。事件現場付近に怪しい人物がいなかったかどうか、目撃情報も収集させているところだよ。今のところ成果は得られていないがね」

「見回りが強化されたから新たな被害者が出ていないのかもしれませんよ」

「かもしれないな。前向きに捉えよう」


 とはいえ、事件に進展がないことは変わりない。


 ニアは憂鬱な気持ちだった。


 ちょうどそこへ、ビグザが慌てた様子で戻って来た。


「スメラギ侯爵、ニア様。城から連絡がありました」

「連絡だと? 何かな」

「はい。切り裂き事件の調査を一時中断せよとのことです」

「中断? いったい誰がそんなことを」


 ビグザは言いづらそうに俯いた後、言葉を発した。


「それが……マリアンヌ第三王妃からのご命令です」

「第三王妃が?」


 スメラギ侯爵の表情が険しくなる。


「はい。調査を中断し、城へ戻れと」


 そうか、と侯爵が呟く。


「分かった。第三王妃の命令ならば、急いで城へ向かおう。馬車を手配してくれるかな、ビグザ君」

「ええ、既に準備が整っております。お二人とも、こちらへ」

「話が早くて助かるよ」


 ビグザに連れられ、二人は表通りに停めてあった馬車に乗り込んだ。


 馬車がゆっくりと動き出す。


「……どういうおつもりでしょう、マリアンヌ様は」

「今回の事件は我々の手に負えないという判断なのかもしれないね。『呪術対策室』の最初の仕事が失敗に終われば城内での評価も下がる。この辺りで手を引いておけば、そういったリスクを多少は回避できるだろうな」

「なるほど。マリアンヌ様のお気遣いということですか?」

「ああ、私はそう思うよ。我々が調査した結果はグスタフたちにも情報を共有している。現状のままならば彼らだけでも十分に調査を続けられる。中途半端なところで打ち切りというのが少々悔しくはあるけれどね」

「……私もです。申し訳ありません、侯爵。お役に立てなくて」

「そんなことはない。今回の件、君もよく調査に付き合ってくれた。呪印が見つからない限り呪術が使われたとは断言できない――それが我々の調査結果だ。呪術と事件の関連性を明らかにしたという意味では、我々は仕事を果たしたと言えるだろう」


 スメラギ侯爵は目を閉じ、馬車の座席に身体を預けた。


 外は小雨が降り始めていた。


 確かに、自分たちにできるのはここまでかもしれない。


 呪印が見つからず呪術が使用された痕跡が残されていない以上、サマイルが言っていたように高度な魔術によって行われた犯行だという可能性の方が高いのだ。


 ニアは馬車の窓に映る自分の顔を見た。


 ひどい隈が出来ていて、病人のようだった。


 ここ数日は事件の調査に罹りきりだったのだ。自分もスメラギ侯爵も体力的に限界なのかもしれない。


 ニアもまたスメラギ侯爵に倣って、目を瞑って座席に身を預けた。



◆◇◆◇



「ご苦労様、二人とも」


 城へ戻ったニアとスメラギ侯爵を迎えてくれたのは、マリアンヌ第三王妃その人だった。


 スメラギ侯爵が膝をついて首を垂れる。


 慌ててニアも侯爵の真似をした。


 侯爵は言う。


「申し訳ありません、妃殿下。ご期待に沿えず、事件の手がかりさえも掴めず――」

「何を言っているの。あなたたちは十分にやってくれたわ。あなたたちの報告を受け、私が今回の事件と呪術は関係が無いと判断し、切り裂き事件からは手を引いた。それだけのことよ。何も問題はないわ」

「ありがたいお言葉です、殿下」


 スメラギ侯爵は顔を上げないまま言った。


「……というわけで、あなたたちに次の任務を言い渡します」

「はっ、なんなりと」

「探し物をして欲しいの。王子にかかわる重要な物品よ」

「重要な物品ですか。それはいけません」


 そういえば王子の姿が見えないな、とニアは思った。


 とはいえ王妃にも執務があるのだからいつも王子にかかりきりというわけにもいかない。きっとその間は乳母や侍女が面倒を見ているのだろう。


「つい昨日から行方が分からなくなっているの。侍女たちと探したけれど見つからなくてね」

「……一体それは如何様なものでしょうか」


 ごほん、と王妃は咳払いをする。


「木製の――積み木よ」

「積み木? 積み木というと、あの……子供が遊ぶ、積み木でございますか?」

「ええ、あの積み木よ。ニアさんは見たことがあるわよね?」


 急に名前を呼ばれ、ニアは思わず顔を上げる。


「はっ!? え、ええと……もしかして王子が遊んでらした丸い積み木ですか?」

「そう、それよ。昨日の午後から無くなっていて、王子の機嫌が直らないの。全く同じおもちゃを与えても、違いが分かるのでしょうね、全然ダメで」


 たしかに中庭で会ったとき、王子はずっとあの積み木で遊んでいた。


 投げたときにどこか分かりづらいところに転がってしまったのかもしれない。


「承知いたしました、殿下。私とニアで必ずやその積み木を見つけてみせましょう」

「ありがとう、スメラギ侯爵。頼りになるわね」

「もったいないお言葉です」

「ここ最近はずっと切り裂き事件で忙しかったでしょう? 休憩がてらゆっくり探してくれれば良いから」

「お心遣い、痛みいります。では早速、王子の大切な積み木の捜索に当たりましょう。ニア、行くよ」


 スメラギ侯爵は立ち上がり、王妃に深くお辞儀をすると部屋を出ていった。


 ニアも慌ててその後ろを追いかける。



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