表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/33

第16話「悪女を返り討ち」


◆◇◆◇


 結局、今日も切り裂き事件の進展はなかった。


 事件の被害者が何人か意識を取り戻したが、見回りの兵士たちが聞き取りを行ったところ、みな一様に犯人の姿を見ていないという。


 完全に手詰まり。それが切り裂き事件の現状だった。


 国内の各地から新たに送られてきた報告書に目を通し、それぞれの事件が呪術絡みかどうかをチェックしたニアは、手持ち無沙汰になり中庭へ足を運んだ。


 切り裂き事件が呪術によって引き起こされたものとして、奇妙な点は大きく3つだ。


 一つが、犯人の姿を誰も見ていないこと。


 これは犯人が事前に仕掛けた呪術が発動したから、事件が起こったタイミングでは犯人の姿を確認できなかったということだとして。


 二つ目は、仕掛けられていたはずの呪術が確認できないことだ。


 本来ならば呪術の発動には呪印が必要だ。しかし、現場のどこにもそれは残されていなかった。


 三つ目は――これは喜ばしいことでもあるのだが、十人目の犠牲者が出て以降、あれだけ連続して起こっていた事件が起こらなくなってしまったことだ。


 何かそこに理由があるのか、もしくはただ犯人が飽きただけなのか。


 考えてもニアには分からなかった。


 呪印なしで呪術を行う方法なんて父親からは教わっていない。


 熟練の呪術師ならそういうことが出来る……ということでもないだろう。


 ニアはいつもの中庭のベンチで頭を抱えた。


 そんなときだった。


「やあ、呪術師さん」


 顔を上げると、さわやかな笑顔が目に入った。


「サマイル様……」

「深刻そうな顔をしてどうしたの。また事件のことで悩んでいるのかな?」


 サマイルは自然な振る舞いでニアの隣に座った。


 ニアは少し横の位置に座り直し、サマイルから距離を取った。


「研究は良いのですか?」

「良いよ。既に僕が開発した魔石は城下街に広まってる。今度は郊外に魔石の製造工場が建設される予定なんだ。0から1を生み出すのが僕のような天才の仕事で、1を2にしたり3にしたりするのは他の誰かに任せるよ」


 言いながらサマイルは脚を組み、どこか遠くを見つめた。


「そういうものですか?」

「そういうものだよ。今後、魔石は大規模に生産されて国中に広まるだろう。いずれ魔術師なんて存在は過去のものになるさ。呪術師みたいにね」


 呪術師は過去のもの、か。


 はっきりと言われ、ニアは思いの外ショックだった。


 別に自分が呪術師であることを誇りに思っているわけでもなかったのに。


 しかし一方で、サマイルの表情がいつものように偽りのものではなく、どことなく人間味のあるものであることにも気が付いた。


 ということは、今話していることはサマイルの本心ということか?


「魔術師が過去のものになる――サマイル様はそれが気に入らないんですか?」

「え?」


 サマイルが虚を突かれたような顔をする。


「さっきのお話を聞いていると、そうおっしゃっているように感じたのですが……」


 ふっ、とサマイルが笑い声を漏らす。


「君は本当に素直だね」

「あ……申し訳ございません。何か失礼なことを言ってしまったようで」

「いや、気にしないでよ。それよりさっきの質問に答えよう。僕は別に、魔術師がいなくなろうが知った事じゃあない。むしろ、魔術を使える人間が限られることは喜ばしいことだと思っているんだ。どんなに愚かな人間でも魔術を身に着けられるとなれば、どんな愚かな使い方をされるか分からないだろう? 魔術を用いて、君を悩ませている切り裂き事件みたいなことを起こされるかもしれない」

「は、はあ……」

「ただね、魔石は人を愚かにするよ。魔石を使えば、魔術を身に着ける努力をすることなく魔法を使えるようになるんだからね。何の代償もなしにメリットだけを享受するようになる。便利な生活が当たり前だと思うようになる」

「……悪いことでしょうか?」

「良いことかな?」

「一概にそうは言えませんけど……」

「さて」サマイルが手を叩く。「こんな話はもうやめよう。もっと明るい話をしようよ。そうだ、城下街に美味しいランチのお店があるんだ。これから一緒にどうかな?」

「ごめんなさい、勤務中ですので」

「あらそう、残念だ」


 じゃあ僕は研究室に戻ろうかな、とサマイルは立ち上がる。


「そういえば」


 思わずニアは呟いていた。


「どうしたのかな? まさか気が変わった? ランチに行くかい?」

「いえ、あの……質問が」

「僕に?」

「はい。スメラギ侯爵のことなんですが」


 サマイルがあからさまにがっかりした表情を浮かべる。


「あいつのことかよ。何?」

「侯爵に妹がいらっしゃるというのは本当ですか?」

「妹?」


 サマイルは腕を組み、その視線は記憶をたどるように宙を舞った。


 少しして、彼は口を開く。


「いや? 僕は知らないよ、そんな人」

「え、そうなんですか?」

「なんで意外そうな顔してるの……? 知らないって」

「分かりました。すみません、呼び止めてしまって」

「いったい何を質問されるのかと思ったよ。じゃあね、ニアさん」

そう言い残し、サマイルは幻だったかのように気配なくどこかへ立ち去って行った。


 そう言えば、彼は何をしに来たんだろう。もしかして食事に誘うためだけに? いやそんなまさか。


 とにかく、勤務中ですと言った手前いつまでもここで時間を潰しているわけにもいかない。そもそも、ほんの少し休憩するだけだったはずがサマイルとの会話で思ったよりも時間が経っていた。


 ニアは一度伸びをして、執務室に戻ろうと立ち上がった――ときだった。


「あうーっ!」


 木のおもちゃがニアの足元に転がってくる。


 続いて、よちよち歩きの子供が一人走って来た。


 シャルル王子だ。


 王子はニアの目の前までやって来て、そして地面に躓いたのかその場で転びそうになった。


 ニアは咄嗟に手を伸ばし、王子が倒れないように支えた。


「危ないですよ、王子」

「あぅ?」


 何のことか分かっていないような表情で、王子が首を傾げる。


「よくここでお会いしますね、王子様」


 というか侍女が目を離しすぎじゃないのか、とニアは内心思った。


「あー」


 今度は意味が通じたのか、王子が頷いた。


「マリアンヌ様がお待ちですよ。お部屋に戻りましょう」


 ニアは木のおもちゃを拾い、王子を抱き上げた。


 そのときふと、子供を抱きかかえたのは初めてだと気づいた。


 王子の柔らかさにニアは感動した。


 ほっぺとか触っても怒られないだろうか。


「うー」

「え!?」


 しまった勝手に触ろうとしていたのがバレたかとニアが焦ったのつかの間、ニアは王子が何かを指さしているのに気が付いた。


 その指が示している方――つまりニアたちの後方を振り向くと、背後に立っていた少女と目が合った。


 ロザリーだ。


 両手で木の桶を抱えている。


 その瞬間、ロザリーは慌てたように後ずさり、そして植え込みに足を取られて後ろ向きに転んだ。


「きゃあっ!」


 ロザリーが悲鳴を上げる。


 直後、桶の中身が宙を舞い、ロザリーはそれを頭から被る羽目になった。


 饐えたにおいが辺りに漂った。


 ロザリーが桶の中に入れていたそれは、中庭の植物に与えるための堆肥――すなわち、動物の糞を発酵させたものだった。


「お――覚えていなさいっ!」


 まるで台本に書かれていたかのような捨て台詞を残し、堆肥まみれになったロザリーは逃げるように去っていった。


 いったい何をする気だったのだろう、とニアは思う。


 ロザリーは桶に入った堆肥を持って私の背後に立っていた。


 まさか――それを私にかけるつもりだったのだろうか。


 幼稚な、しかし彼女が考えそうなことでもあった。


「あう?」


 王子が声を上げる。


 ニアは王子の澄んだ青い瞳を見た。


「なんでもありませんよ、王子。あなたのおかげで助かりました。さあ、マリアンヌ様のところへ戻りましょうね」


 王子はにこにこと笑ったまま何も言わない。


 ニアはそんな王子を抱いたまま、マリアンヌ王妃の元へ向かうのだった。



◆◇◆◇



読んでいただきありがとうございます!


「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、ブックマーク登録や後書き下部の評価欄の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ