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第13話「マリアンヌ」


「……王子、どうされたのですか?」


 通じるとは思わなかったが、ニアは一応尋ねてみた。


 王子は人懐っこい笑みを浮かべたまま、ニアの持っていた木のおもちゃを指さした。


「もしかして、これは王子のものでしたか?」


 そう言ってニアが木のおもちゃを差し出すと、王子は両手を叩いて喜び、おもちゃを受け取った。


 そしてすぐにおもちゃを放り投げるようにして転がし始めた。


 おもちゃが勢いよく転がっていくのを、王子は楽しそうに追いかけていく。


 その先には第三王妃がいて、王妃はおもちゃを拾い上げると、走って来た王子をそのまま抱き上げた。


 それからニアの方を見ると、嬉しそうに顔を輝かせ、手を振った。


「お久しぶりね、ニア・カッツェさん!」

「王妃……」


 第三王妃――マリアンヌ王妃は王子を抱いたままニアの方へ歩み寄って来た。


「改めて、この間はありがとう。あなたのおかげで私たちは命を救われたわ」

「い、いえ。偶然そうなっただけです」

「そんなことはないわ。あなたが呪術に詳しくなければ、この宮廷で誰も対処することができなかった。この子の命も守られた。いくら感謝しても足りないわね」

「もったいないお言葉です……」


 太陽のような笑顔を浮かべる王妃から、ニアは視線を外すように俯いた。


「あら、大丈夫? 顔色が優れないようね」


 王妃がニアの額に手を当てる。


 突然のことでニアは驚いた。


 というかそもそも、王妃などという雲の上の存在がニアのような平々凡々な民に触れること自体がとんでもないことなのだ。


「お、王妃!」

「熱はないみたい。疲れが取れていないのかしら。無理していない?」

「いえ、無理なんて……」


 ニアが言うと、王妃は何かに気が付いたような顔をした。


「ああ、城下街の事件ね。なかなか難航していると聞いているわ」

「申し訳ありません。私の力不足で」

「何を言っているのよ。あなたは一生懸命やってくれているわ。大体、悪いのは人を傷つけようとする犯人の方じゃない。あなたは何も悩む必要なんてないのよ」


 王妃は、ニアの額に当てた手で、そのままニアの髪を撫でた。


 まるで我が子にするように。


「お、王妃……」

「不安なことがあったら相談してちょうだい。あなたとスメラギ侯爵は私の命令で動いているのだから」

「……はい」


 ニアはこのまま、王妃に抱きしめられたいような欲求にかられた。


 王妃なら自分のすべてを受け入れてくれそうな気がした。


 が、ギリギリのところで踏みとどまった。


「綺麗な髪をしているわね、ニアさん」

「……えっ?」


 予想外の言葉にニアは顔を上げた。


「艶もあって、まっすぐな髪。黒色の髪は、この国じゃ珍しいわね」


 ニアの髪に触れながら王妃は言う。


 一方で、ニアは恐縮しきってしまっていた。


「こ、光栄です」


 そのとき、さっきまでおもちゃを片手に上機嫌だった王子がぐずり始めた。


 あらら、と王妃が呟く。


「いけないわ。お腹が空いたのかしら」


 よしよしと王子をあやす様子は、とても自然だった。


 王妃は、子育てはほとんど乳母や侍女に任せるものと思っていたニアからすれば、それは意外な光景だった。


「……慣れていらっしゃるのですか、お子様の扱いに?」


 失礼な質問かもと思ったが、ニアはつい口に出していた。


 王妃が微笑む。


「私は庶民の生まれなのよ」

「え?」

「実の両親は村で農民をやっていたのよ。それが辺境伯の養子になって、いろいろあって王妃ってことになったの。昔はよく、幼い弟や妹の面倒をみていたものだわ」

「そうだったのですね……」

「だから、そんなに畏まらなくていいのよ。パーティーの作法よりも作物の育て方の方が詳しいくらいなんだから」


 そう言って笑う王妃は、ニアにはとても魅力的に見えた。


 美しさと、健康さに満ちているように感じた。


「王妃……」

「マリアンヌと呼んでちょうだい、ニアさん」

「い、いえいえ、いけません。私のような者が」


 ニアと王妃が話している間も、王子はぐずるのを止めなかった。


「あらら、どうしたのかしら。ごめんなさいニアさん、またね」

「は、はい、王妃……」

「マリアンヌよ」

「あ、ええ、マリアンヌ様」


 太陽のような笑顔を残して、マリアンヌ王妃は王子と共に中庭から去っていた。


 ニアは茫然としてしまった。


 そういえば、母からはほとんど触れられたことがなかったなと思いながら。


 とにかく眠気はなくなったので、ニアは執務室へ戻ることにした。


 

◆◇◆◇



 執務室に戻ると、スメラギ侯爵は自分の机で報告書を眺めていた。


「……おお、戻ったかい、ニア」

「ええ。偶然第三王妃とお会いして……」

「そうか。王妃は何か仰っていたか?」

「いえ。無理せず仕事に努めよとだけ……」

「なるほど、無理せずにか……」


 侯爵は読んでいた報告書を机の上に置くと、突然立ち上がった。


「ど、どうされたのですか侯爵?」

「私は城下街へ行く。今回の切り裂き事件以外についても報告をいくつか受けていてね。グスタフに状況を教えてもらうことにするよ。ニア、君は城内の見回りをしておいてくれ」

「見回り?」


 今までそんな命令は出されたことが無かった。



 見回りと言っても、何をすれば良いのか分からない。


 戸惑っているニアに、スメラギ侯爵は肩を竦めてみせた。


「そう身構える必要はない。つまり、城内を好きに回って良いということだ。もちろん、自室の監視をしてもいい。ベッドで横になりながらね」

「それってつまり―――」

「ああ、そういうことさ。では、よろしく頼むよ」


 スメラギ侯爵は上着を羽織り、颯爽と執務室から出ていった。


 城内の見回り。


 要するにそれは、適当に城内で休憩していて良いということだった。


 ニアはとりあえず机の前に座り、どうするかを考えた。


 侯爵の言う通り部屋で休むのも良いだろうけれど、さっき中庭で休憩したばかりで特に眠たいわけでもない。


 手持ち無沙汰になってしまったが……適当に散歩でもして時間を潰すことにしようかな。


 そう思ってニアが席を立った時、タイミングよく執務室の扉が開いた。


 スメラギ侯爵が戻って来たのかと思ったら、そこに立っていたのは意外な人物だった。


「やあ、ニアさん。仕事は順調?」


 細身な金髪の青年――魔術院のサマイルだ。


「お久しぶりですね」

「そうかな? いやいや、事件が難航しているみたいだね」

「ええ。困ったものです」

「スメラギ君はどこかな? 姿が見えないが」

「今は留守です。街へ事件の聞き込みに」

「ああ、そう……」


 そう言うと、サマイルは怪しい笑みを浮かべた。


 ニアの背筋に冷たい汗が流れる。


「……ええと、私は城内の見回りをしなければなりませんので、この辺りで」

「へー、城内の見回りねえ。聞いたよ、君、まだこっちに来て長くないんだろう? 僕が案内してあげよう」

「い、いえ、結構です。サマイル様も魔術院のお仕事でお忙しいでしょうから」

「何を言ってるのさ。呪術師たる君と交流を深めておくのも僕の仕事の一部だよ。さあ、遠慮することはない。さっそく城内の見回りへ向かおうじゃないか」


 サマイルの押しに負け、ニアは流れのまま城内の見回りをすることになった。


 面倒なことになったなあと、ニアはサマイルに気づかれないようため息をついた。



◆◇◆◇


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