第10話「聞き込み」
「聞いたわよ、侯爵様の部下として雇われているそうね。ずいぶん良い生活をしているらしいって話を
聞いたわ」
ロザリーはそう言って、卑屈に口元を歪めた。
しかしその表情とは反対に、その目はニアを小ばかにするような色が浮かんでいた。
「おかげさまでね」
「呪術とかいう力を使えるんですって? 呪術って呪いのことでしょう? やだわ、気持ちが悪い。近寄るのも恐ろしいわ」
わざとらしく体を震わせるロザリー。
話しかけてきたのはそっちじゃなかったか? とニアの心の中に疑問符が浮かんだ。
「そろそろ私、仕事に戻るわ。あなたが元気そうで何より」
「……元気?」
ロザリーの顔つきが変わる。
目が吊り上がり、どう猛な獣のような表情になった。
あー、しまった。地雷だったか。そりゃまあ、家燃やしちゃったもんな。元気なわけないよな、とニアは反省した。
ちょっと嫌味が過ぎたかもしれない。
「あ、ご、ごめんなさい。宮廷へ働きに出ているんだもの、何か事情があるのよね」
「まさかあんたなの? 私たち家族を不幸にしたのは」
「……………」
その辺りはお互い様だろうと思いつつ、ニアは曖昧に笑ってごまかそうとした。
しかし、ロザリーの目はますます鋭くなるばかりだった。
「全部燃えたのよ、全部。家も、財産も、私のお気に入りのお洋服も、全部!」
「そ、それは……残念だったわね」
待て待て、今言ったもののうちいくつかは私を売った金で手に入れたものだろうが。一方的に被害者ヅラされても困る。
「残念だった、じゃないのよ! なんで私が下女なんかにならなきゃならないの? 全部あんたのせいだわ! この疫病神!」
やれやれ、こうなっては何を言っても仕方ないだろう。
ニアは肩を竦め、そそくさと中庭から退散した。
背中からロザリーが何かを怒鳴っているのが聞こえたが、気にしなかった。
あまりかかわらないでおこう。しばらくはあの中庭へ行くのもやめておこう。
せっかくお気に入りの場所だったのに、残念だ。
執務室に戻ると、スメラギ侯爵がいつもと変わらぬ穏やかな笑顔でニアを待っていた。
「やあニア、ずいぶん疲れた顔をしているね。何かあったのかな?」
「……いえ特に何も。変な人に会っただけです」
「変な人? サマイルか?」
「あ、いえ、個人的な知り合いで―――スメラギ侯爵は気になさらないでください」
「そうか。君がそういうなら深くは聞かないでおこう。だが、いつでも相談してくれ」
「優しいんですね」
「いや、唯一の呪術師である君が余計な悩みでミスを犯すようなことがあれば、そちらの被害の方が大きいからね。特に城下町の切り裂き事件のようなことが起こっている今は」
「……さようでございますか」
別に何かを期待していたわけではなかったが、少し脱力するニアなのだった。
そんなニアに、スメラギ侯爵は思い出したように言った。
「午後はまた街へ出かけるよ」
「え? 現場の確認は昨日終わったのでは?」
「いや、今度は別の手がかりを集めようと思ってね」
「と言いますと?」
「事件の被害者に直接話を聞く。被害者のうち比較的軽傷なものから話が聞けそうだと、グスタフが教えてくれた」
「軽傷で済んだ方もいたんですね……」
ニアは安心した反面、ある意味で残酷かもしれない、とも思った。
何せ全身を切り裂かれているのだ。ショックで気を失うことが出来た方が、本人にとっては幸せだったのかもしれない。
「事件の当事者だ。何か犯人につながるヒントを握っているかもしれない」
「だといいんですけど……犯人の姿はまだ誰も見ていないって話でしたよね?」
「その通りだよ。まあ、その辺りも含めて詳しく話を聞いてみようじゃないか」
言いつつ、スメラギ侯爵は外套を羽織った。
ニアも上着を準備していこうかと思ったが、外が暖かかったことを思い出し、やめた。
◆◇◆◇
スメラギ侯爵に連れられて訪れたのは、町はずれの一軒家だった。
「被害者が襲われたのは、ここからすぐの川岸だ」
「川岸……」
確かに道のすぐ隣には若が流れていて、その向こうには浄水設備の建屋が見えた。魔力を動力に稼働しているものだ。
「ちょうどあの浄水設備の前あたりだな」
「そうなんですね」
「報告書に、書いてあったよ」
「え……」
しまった。
ちゃんと報告書を読んでいないのがバレた。
ニアは己の迂闊さに下唇を噛んだ。
「スメラギ侯爵、ニア様。お待ちしていました」
一軒家の前には見覚えのある兵士が立っていた。
ビグザだ。
「出迎えご苦労、ビグザ君。被害に遭われた方の容態は?」
「落ち着いています。怪我も見た目ほどではありません」
「見た目ほど……?」
どういうことだろう、とニアは思った。
「まずは話を聞いてみることにしよう。ビグザ君、中へ入ってもいいかな?」
「どうぞ。既に準備はできています」
ビグザが家のドアをノックし、開けた。
薄暗い家だった。
中へ入ると、暖炉のすぐ奥にベッドがあって、布団にくるまるようにして身体を起こしている人影があった。
その人影の詳細が見えた瞬間、ニアは悲鳴を上げそうになった。
「……!」
人影は全身を包帯で包まれていて、まるで人間とは思えない出で立ちをしていた。
「……初めまして。私はスメラギと申します。第三王妃の命で動く呪術対策室として、あなたが傷つけられたこの事件の犯人を追っているのです」
包帯の人物は顔をわずかに動かしこちらを見た。
白い包帯の隙間から、ぎょろりとした両目が覗いていた。
「……ああ、どうも。話は聞いてます。僕に答えられることならなんでも答えます。気軽に質問してください」
思いのほかフランクな言葉が返って来て、ニアとスメラギ侯爵は顔を見合わせた。
「もっと物々しい感じと思ったが」
「でも確かに、ビグロさんも見た目ほどひどくないって言ってましたよね」
「なるほどな。……では、名前から教えてもらえますか?」
包帯の人物が頷く。
「はい。僕の名前はフウン・アンラキです」
「傷の具合は?」
「確かに痛みはありますが、動けないほどじゃありません。そっちの兵士さんから聞きましたよ、僕の他に何人も同じような目に遭ってるんですって? 中には失血のショックで気を失ったまま目覚めない人もいるんだとか。大変ですよねえ」
大変なのはあんたの見た目だよ、とニアは内心ツッコんだ。
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