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1 Quartet―overture―

Mystery Circle投稿作品。

お題は以下のとおり


起の文:物語が進行中である、というこの瞬間が楽しい。

結の文:闇の中から引きずり出してみたら、色あせてしまうものなのかもしれない

 私は最近、物語を書くことにはまっている。

 何が楽しいかって、物語が進行中である、というその瞬間が楽しい。

 一体どのように物語が進んでいくのか、書いている本人にもわからない。

 よく、キャラクターが勝手に歩き出したという表現を耳にしていたけど、たぶん、こういうことなんだろうなって思う。

「アリス、何しているの?」

 ノートに何やら書いている私のことが気になったのか、美空みくちゃんが話しかけてきた。

 私の名前は有栖川有彩ありすがわありさ

 小学校、中学校ではアリスって呼ばれてたんだけど、高校に入ってからアリスって呼んでくれるのは美空ちゃんだけ。

 美空ちゃんはちゃん付けで呼ばれるのに慣れていないのか、初めは嫌がっていたんだけど、ずっとそう呼んでいるとそう呼ぶのを止められなくなった。

「ちょっと……ね」

 うっ、今がお昼休みというのを忘れてたよ。

 書いている手を止めて誤魔化すようにそう返す。

 私が物語を書いているのは誰にも教えていない。

 だって、恥ずかしいから……

「ふ~ん」

 そう言うと私を見ている視線をふと横に逸らした。

「?」

「どれどれ……」

 思わず釣られて横を向いてしまった隙に、机の上に置いていたノートを取られてしまった。

「はぅ、見ないで~」

 取り返そうとしても、美空ちゃんの腕が邪魔でどうしようもない。

 身長差があるから、額を押さええ腕を伸ばされると手が届かないんだよ。

 それでも手をぶんぶん振っているから、傍から見ると可笑しく見えるかもしれない。

 ……又、じゃれ合っているよ。というような生暖かい視線がクラスメートから送られているので、間違いなく可笑しく見えているよ。

 うう……恥ずかしくて顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「はい、返すね」

「うーうぅー」

 返されたノートを抱きかかえながら小さな犬のように呻る私。

「アリス、小説も書いてたんだ」

 美空ちゃんはそんな私を何時ものことと無視して、そう言った。

「うん、下手の横好きだけどね」

 呻るのを止めてそう返した。

 まだ書き始めて数ヶ月だし、下手なのは当たり前だと思う。

「ただ書いているだけ?」

「ううん、ネットで公開しているよ」

「え? ネット? 本当に?」

 私がそう返すと美空ちゃんは凄く驚いたようだ。

「あるサイトに投稿しているだけだよ」

 美空ちゃんが驚いている理由はすぐにわかったのでそう返した。

 私は機械やらデジタル関係に凄く疎いんだよね。

 インターネットもただお気に入りのサイトを見ているだけ。

 パソコンもインターネットを見ることにしか使っていない。

「それなら納得ね。何と言うサイトに投稿しているの?」

「Mystery Circleだけど……あっ!」

 しまった思わず、サイト名言っちゃった。

「そう、Mystery Circleね。家に帰ったら探してみるわ」

「あぅぅ……」

 微笑みながらそう言う美空ちゃんに対し私は肩を落とすしかなかった。

 絶対にサイトに辿り着いて、私の今までの作品が見られるよ。

「それにしても、作曲の他に小説も……よく、そんな時間あるわね」

 美空ちゃんがそう呆れたようにそう言った。

 他にするべき事があるでしょ。

 口には出していないけど、暗にそう言っている。

「両方とも下手の横好きだし……それにちゃんと練習はしているもん」

「そう? それならいいけど?」

 少し拗ねながら返した言葉に微笑みを浮かべながらそう返されると、何も言い返せず口ごもってしまった。


 私の通っている高校は「フォニ」という楽器の専門高。

 不思議な楽器で弾く人によって音が違い、人が一人一人声が違うように弾く人によって音色が違うからフォニと名づけられた。

 弾くことができる人が少ないというのも特徴の一つかな。

 毎年12月24日――クリスマスイブに開催される音楽祭が有名で、練習はその音楽祭に向けての練習のこと。

 音楽祭は最低でも二人でグループを組むことになっていて、基本的に1年生は同じ学年の人とグループを組むことは許されていない。

 私のパートナーは『はぎ原先輩』……実は一緒に音楽祭に出ることが決まって一ヶ月が経つのにアンサンブルをしたことがない。

 初めてはぎ原先輩の演奏を聞いたとき、すごくはぎ原先輩の音が気に入って、アンサンブルをしたいと申し出たら……アンサンブルをするのは私の技術が最低限身についてからとおあずけを受けた。

 音楽祭で弾く曲もまだ教えてもらっていない。

 だから練習といっても、音楽祭で演奏する曲を弾いているわけでなく、ただただ技術的な練習をしている。

 私はこの学校の中で一番下手なのはわかっている。最初のフォニの授業の時に皆の技術の高さに唖然とした。

 でも……でも、ずっとずっと技術的な練習だけ、アンサンブルもしてくれないし……ストレスがたまって、作曲をしたり、小説を書いてしまうのは仕方のないことだと思う。


 ……あれ? 作曲……美空ちゃん……何か忘れているような……


 お、思い出したよ。何故、忘れていたんだろう。

 昨日、完成したんだった。

「美空ちゃん、昼から授業、入ってる?」

「今日は昼からは全く入ってないから、パートナー探しをしようと思っていたけど?」

 この高校は少し変わっていて、大学のように自分で取る授業を決める事ができ、一日六コマ授業があるんだけど、一日全部入れている人は滅多にいない。

 と言っても、1コマ目の前と6コマ目の後にホームルームがあって、それに出ないといけないことになっているんだけどね。

 美空ちゃんはパートナー探し……か。

 美空ちゃんはまだパートナーが決まっていない。早く決まるといいなぁ。

 美空ちゃんに申し出を断られた先輩方が、是非、美空ちゃんと組みたいと生徒会に引き合いを求めているという噂を耳にした事があるけど、本当かな?

「じゃあ、少しだけ時間いい?」

「いいわよ。何番の練習室に予約入れてるの?」

「えっと、10番……だね」

「10番ね、先に行ってるわ」

「え?」

 美空ちゃんがそう言うとチャイムが鳴った。

 う……まだ移動する準備、してないよ。

 美空ちゃんは何時の間にしていたんだろう……

 私が慌てて移動する準備をするのを横目に、美空ちゃんは教室から出て行った。



「お、お待たせ」

 フォニを持っての移動だから思ったよりも移動に時間がかかってしまったよ。

「……5コマ目に練習室の予約を入れたのなら、フォニは昼休み中に練習室に置いておくのが普通だと思うけど……」

 私がフォニを持って練習室に入ったのを見て、美空ちゃんはじと目で私を見ながらそう言った。

「す、すっかり忘れてたんだよ」

 フォニを置いておくのを忘れてたのではなく、練習室の予約を入れたのを忘れていたのは内緒の話。

「まぁ、いいわ……それでどんな用なの?」

「うん、美空ちゃんに聞いて欲しい曲があって」

 美空ちゃんの質問にフォニを組み立てながらそう返した。

「聞いて欲しい曲? 又、新しく曲、作ったの?」

「えへへ……じゃあ、弾くね」


 一音一音、丁寧に思いを込めて弾く……技術が乏しい私にできることはそれぐらいだ。

 音と一つになるような感覚……うん、調子いいね。

 この曲に込められた思い、美空ちゃんに伝わるかな。


「らしくない曲ね」

 曲を弾き終わると美空ちゃんは開口一番、そう言った。

「そ、そうかな?」

「だって、アリス、この曲ちゃんと弾けないでしょ?」

 う、見破られた……技術的に弾けない箇所があって、その部分は誤魔化してしいたんだけどなぁ。

「どうして自分で弾けない曲を作ったの? 今までそんな曲、作ったことなかったでしょ?」

 美空ちゃんと友達になってから、私が作曲した曲は全部、聞いてもらった。

 もしかして、全部どんな曲だったのか覚えてるのかな? 凄いなぁ……

「うん。だってこの曲は美空ちゃんにプレゼントするものだから」

 私はそう言うと、スコアを渡した。

「私に?」

 美空ちゃんはスコアを受け取ると小首を傾げた。

 普段は凛としていてカッコいいけど、偶に見せるこういう仕草が凄く可愛い。

「うん。美空ちゃんをイメージして作った曲だから」

「だから、曲名が『klarer blauer Herbsthimmel』なのね」

「はぁ……美空ちゃん、ドイツ語もわかるんだ」

 悩んでつけたんだけどなぁ。

 『klarer blauer Herbsthimmel』はドイツ語で秋空という意味。

 美空ちゃんのフルネームは『秋月美空あきづきみく

 そこからつけた曲名だったんだよね。


 美空ちゃんは一通りスコアに目を通すと弾き始めた。

 美空ちゃん、フォニこの部屋に持ってきてたんだ。


 上手だ……私が弾く事ができない部分も何ともなく弾いている。

 曲に思いを込めることも、私より上手……

 そして何より、音が優しい……ここまで優しい音が出せる人は他に知らない。

 美空ちゃんは、有名なフォニストの子どもで、しかも凛としている態度のせいか、近づき辛い雰囲気を出していた。

 でも、そんな雰囲気は初めて美空ちゃんのフォニの音を聞いて私の中では吹き飛んだ。

 その授業が終わるやいなや、美空ちゃんに友達になってと詰め寄ってしまった。

 その時の会話の内容は覚えていない。

 でも、美空ちゃんはそのときのことを後に

「目がきらきらしていて……子犬に懐かれた気分だったわ」

 と語った。


「それにしても、この曲、本当に難しいわね」

 美空ちゃんは弾き終わると今の演奏が納得がいかない、というようにそう言った。

「そうかな?」

「技術的にも難しいけど、それ以外の部分もね」

 私の言葉に納得がいかないからか、弾き終わってからじっと見つめていたスコアを片付けながらそう返した。

「曲の完成度からすると、この曲が今までの中で一番出来がいいわね」

「本当?」

「ええ。今までの曲はよくあそこまで低い技術しか使わない曲であれだけの曲が作れるものだと感心していたけれど……」

「はぅ」

 持ち上げられて一瞬で落とされた感じがするよ。

「今までのはアリスが弾けることが前提で作っていたのね。今回はその枷をなくしてみた、と……アリスがこれを弾けるようになるのは何時かしらね」

「う~いじわる……」

「そうだ。アリスとアンサンブルする曲はこの曲に決定ね」

「え?」

 美空ちゃんに今度アンサンブルしようと話を持ちかけていた。

 その曲選びは美空ちゃんに任せていたんだけど……

「勿論、さっきアリスが弾いたような誤魔化しの演奏は駄目よ」

「はぅぅ~」

 美空ちゃんの言葉に落ち込む私。

 ちゃんと弾けるようになるまでおあづけ……ですか?

「アンサンブルできるのは何時になるかしらね」

「う~はぎ原先輩とのアンサンブルもおあづけになってるし、美空ちゃんとのアンサンブルもあおづけ……」

「あら、はぎ原先輩ともおあづけになってるの」

 恨めしそうに呟く私を見て、微笑みながらそう返した。

「う~もっと練習頑張らないと」

「頑張りなさい。今のままだと音楽祭に出ても恥をかくだけだからね。注目されるのに、あれでは……ね」

「注目されるって、どうして?」

「どうしてって……え?まさか、知らないの?」

「知らないのって、何が?」

 美空ちゃんの言葉の意味がわからない。

 そんな私を美空ちゃんは信じられないという感じで見ている。

「アリス、はぎ原先輩のフルネームは?」

「え……『はぎわらともよ』」

「じゃあ、去年の音楽祭の優勝者の名前は」

「男性? 女性?」

「女性」

「『おぎ原知世おぎわらちよ』」

 私の返答に唖然とする美空ちゃん。

「そんな……な間……をするなんて」

 何かを呟いているけど声が小さすぎて聞き取れない。

「まぁ、知らないのならその方がいいかもね」

「気になるんだけど……」

「気にしない、気にしない」

 気になるけど、教えてくれそうにないので諦めるしかなさそう。


「じゃあ、そろそろ行くわね」

「あ、ごめんね時間、大分使っちゃったね」

「気にしてないわ。いい物も貰ったしね」

 私の言葉に鞄を撫でながらそう返す美空ちゃん。

 その言葉は凄く嬉しい。

「でも、よくこれだけ頻繁に曲が作れるなんてね」

「下手の横好きだから……それに私の中にある物を引きずりだしているだけだから」

 美空ちゃんは私の言葉に肩を竦めると練習室から出て行った。



 美空ちゃんにも言ったけど、作曲も小説を書くことも私の中にある物を引きずりだしているだけ。

 私の中心に闇があってその中から引きずり出す……

 そこにある物は闇の中から引きずり出してみたら、色あせてしまうものなのかもしれない。

 でも、それでも、闇の中から引きずり出したいと思うのは、私の我侭かな?


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