泥になっても縋るしかないだろ、これしかねぇもん
「君は凡人です。まぁ少し周りの人よりはそつなくこなせるかもしれないけど、天性の才能があるわけではないので勘違いしないように」
生まれてくる前に神様が釘を刺してくれていたら良かったのにな。
いや忠告してくれていたはずだ。君が考えている以上にこの世は厳しいし、だからこそ“才能”っていう不確かな輝きが光るんだと。
説教じみたまっとうな正論なんざ、俺のような“人間”は生まれる前でも聞く耳を持たない。
だから己の限界、才能すらなかった現実に直面した時、どう人生を明らかにして折り合いをつけるべきか分からなくなる。
「キリがいいんじゃねぇの。文学賞に応募しつづけて十年。八年前の二次選考通過が最大値。そこからはよくて一次選考、あとは箸にも棒にも掛からない。ネットで毎日更新していても出版から声も掛からないし、SNSでもフォロワーが増える気配がない。終わるには充分すぎるほどの理由がありすぎる」
衛士はけだるげながらも、的確な分析で俺の作家としての終幕を提示した。
そんなことは俺がよく分かっている。ありきたりな反論はしない。何故なら口にする奴は全員己のことなど冷静に見れちゃいないからだ。
「田辺のお袋さんも心配してんだろ。いつまで夢追い人やってんだって。今年で二十代ラストイヤーなんだし、どこでもいいから就活でもしたらどうなんだ?」
何者になれないのが普通なんだし。
衛士の言葉に唇を噛む。膝の上で作られた拳の中の爪が、心の叫びを代弁する形で手の内に食い込んでいく。
そうだよ。俺は特別な人間になりたい、ただの凡人だよ。
自分が才能だと信じたもんは、九割の夢を信じるやつが持ってるもんで、一割の特別なもんでもなかったし。
だからこそ泥になっても縋るしかないだろ。俺には“これ”しかねぇって。
俺が俺自身を天才だって鼓舞しなきゃやってられねぇよ。
「まだこっからだろ。俺ぁ神様がつけた凡人の烙印が間違っていたって証明するまで諦めねぇから」