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靴を買おう

 相変わらずジェイドの左腕に腰かけるように抱えられながら、ルクフィールは草原の道を進んでいた。

 恐怖の移動に震える足は完全に回復していないが、どのみち靴が無いため自力で歩くことも難しい。それに普通に歩いているだけなのにジェイドの速度はルクフィールの数倍速いため、たとえ一緒に歩いたとしても迷惑をかけたことだろう。

「この先にルゴラって町があるから、そこで靴と馬を買って、ちょっとギルドに顔出して、そっから二日くらいかな」

 この後の予定を聞きながらルクフィールはコトリと首を傾げた。

「随分と遠くまで来たのに馬に乗ってなかったんですか?」

 ジェイドは確かに歩くのも走るのも早いが、それにしても来るときに馬は使わなかったのだろうか。話を聞く限りなら、来るときも同じように馬で二日の距離を移動してきたはずだ。

「ん-、そこは企業秘密な。人には言えない裏ワザの一つや二つ、冒険者なら持ってるもんだよ」

「そういうもの、ですか」

 冒険者とはそういうものなのだろうか。だが人に言えない、もしくは話さない方がいい能力は確かにあるだろう。話すことで自分が不利になるのなら当然隠してしまう。現にルクフィールだって自分の能力については母親意外に知る者はいない。

 しかしどういった裏ワザを使えば馬で二日以上の距離を移動したのだろう。まさか徒歩のみで歩いてきたわけではないだろうし、もしかしてガルムに乗って移動したのだろうか。そんなことをルクフィールが悩んでいると、それを見たジェイドが面白そうに口の端で笑った。

「嬢ちゃんだってそのうち秘密の一つや二つ持つだろうよ。女は秘密が多いほうがいいってウチの姐さんが言ってたぜ」

 その言葉に、嬢ちゃんではないんだけどな、と内心で呟きながらルクフィールは大人しく頷いておいた。

 ちなみに今朝からずっと姿を見ていないガルムはと言えば、ジェイド曰く「散歩に出ている」そうだ。

 ルクフィールはその言葉を疑うほどテイマーのことを知らないが、知っているものからみれば非常識だと驚くことだろう。テイマーが従える魔獣は基本的に主人から離れることはない。もちろん何らかの作戦や指示があれば話すことも可能だが、散歩と称して傍から離れることはまずありえないのだった。




 高い壁で囲われたルゴラの町へ入る門では軽く身元確認がされたが、ジェイドの冒険者カードで問題なく通ることができた。ルクフィールに関しては、森で保護した子供だとそのままの説明だった。

 迷子か移動中の不幸があっての生き残りか、子供の保護はそれほど珍しくもないのだろう。少しばかり悲しそうな顔をされて見送られたのは門番たちの優しさなのだと思いたい。ちょっとだけ子供のふりをして小さく手を振っておいた。


「まずは靴かー?」

 そう言って周囲を見回して歩くジェイドは、すぐに目的の店を見つけたらしい。

 通りに面した扉を開けると、所狭しと靴が並べてあった。見やすいように棚の上に揃えておかれたいくつもの靴にルクフィールの視線が釘付けになる。

 村にも靴を作る職人はいたが、いくつかある決まった形が大きさを変えて作られているだけだった。そのため村人はほとんど全員が似たような靴を履いていたのだ。

 しかしこの店では多種多様なデザインとカラフルな皮で作られているため、並べてある靴を見ているだけでもとても楽しい。靴ってこんなに種類があったのか、とルクフィールは新たな世界を知った。

「店主、この子に合う靴が欲しい。軽くて丈夫なのを見せてくれ」

 ルクフィールがきょろきょろと見回して感動している間に、ジェイドは店主を見つけていたらしい。さっさと希望を伝える様子に慌てて視線を戻した。

「いらっしゃい。まずは足を見せてくださいな」

 店の奥から出てきたのだろう、入口から少し入ったところに置いてある背もたれのない椅子を手で示されて、ジェイドがそちらに移動した。

 椅子に下ろされたルクフィールだが、マントに隠された足を出すのには躊躇する。ここまでは抱き上げられていたとはいえ靴を失くしてからずっと裸足だったのだ。きっと汚れているし、そもそも見知らぬ人に素足を晒すという習慣がなかったためかなりの羞恥心もあった。

 椅子の上で足を引っ込めてもぞもぞしていると、早くしろと言わんばかりにジェイドが頭をポスポスと叩いてくる。痛くはないのだが急かされる気配にルクフィールは覚悟を決めてマントをめくった。

 そんな二人の様子をどこか微笑ましそうに見ていた主人はおおよその予想があったのだろう。特に驚くこともなく、エプロンのポケットから布巾を取り出すと「失礼しますね」と告げてさっとルクフィールの足を拭き、手早く足の形を確認した。

「お嬢さんの足の大きさだと、今すぐ履けるのはこれくらいですかね」

 そう言って店内に飾られている靴の中から3足を持ってきて目の前に並べてくれた。丈夫なものという注文と旅装束に、初めから町中で履くような簡易的なものは省かれたようだ。

 濃いグレーの厚手の布製のショートブーツ。

 緑がかった薄茶色の革のハーフブーツ。

 赤みの強い茶色の革のショートブーツ。

 職人の手がいいのだろう、置かれたときの形の良さにどれもしっかりと作られているのが分かる。

 しかしルクフィールはそのことよりも、すでに一つの靴に視線が釘付けになっていた。

(かわいい……お姫様の靴だ)

 赤茶のショートブーツは女児用なのだろう。全体的に丸みが強いが子供っぽくはなく、むしろ女の子らしい優しいデザインだ。つま先と踵には一段濃い色の革が使われているし、縫いとりの縁糸は鮮やかな赤だ。くるぶしのあたりにはさり気なく小花の刺繡までされている。

 村にはこんなに可愛い靴はなかった。安価で丈夫なことと多少の履きやすさがあればそれでよかったのだ。それに刺繍するための染め糸は贅沢品で滅多に使われることはない。

 だからこそすぐに履けなくなるだろう子供用の靴に刺繍がされていることが、ルクフィールにはとても贅沢なことに見えたのだった。

(でもきっと、この靴はすごく高いわ……)

 手の込んだ作りはそれだけ高価になる。

 失くした靴の代わりを買ってもらうことも最初は遠慮をしたのだが、実際問題として靴が無ければ満足に歩けない。そのことを指摘され、でも買うための金がないと告げれば、それくらい問題はないと一蹴された。

 ならば必要最低限の靴を選び、後できちんとお金を返そう。そう決意したルクフィールが、出された中でも安価であろう布靴に手を伸ばして選ぼうとした瞬間、後ろに立っていたジェイドから声がかかった。

「店主。その赤いのにしてくれ」

「えっ」

 驚いて振り返れば、ジェイドが何だという顔で見下ろしている。

「え、なんで、赤いの。私、布の方で」

「その赤いのが気に入ったんだろ? せっかく買うんだから好きなやつにしとけ」

「で、でも。私こんな高価なの返せな」

「はあ? なにお前、俺が靴一つで子供に金を(たか)るような男に見えるの?」

 ルクフィールの言葉を遮る不機嫌そうな声に、思わず続けようとした言葉が凍り付く。

 言ってはダメだ。相手を不機嫌にさせてしまう。そうしたら次に来るのは罵倒と暴力だ。

 体に染みついた反応は一瞬で、咄嗟に体を固くして次の行動を待つルクフィールの緊張はしかし長くは続かなかった。

「お嬢さん、ここは素直に買ってもらうのがレディーの嗜みですぞ。あなたが大きくなってからお茶の一杯でもご馳走してあげれば十分割に合いますって」

 穏やかな中にどこか笑いを含む声は、靴屋の主人のものだ。未だにルクフィール前で膝をついたままの主人は、どこからか小さな靴下を取り出してルクフィールに履かせると、そのまま赤いブーツも履かせてしまった。

「素足のままでは足も靴も傷みますからな。これはサービスしておきますから、あとで気に入ったものを買えばいいでしょう」

 そうして履かせた後の指や踵の位置を確かめると、主人はルクフィールをそっと立たせて全体の具合を確認させた。

「すごい……しっかりしてるのに履きやすい」

 しっかりと鞣された革は柔らかいし、つま先には十分なゆとりがある。足首で絞められた紐もきつ過ぎずしっかりと支えてくれるし、何より靴底に適度な厚みがあって歩きやすい。

 今までルクフィールが履いていた靴は履き心地など考えたこともない、足を怪我しないために履くというレベルのものだった。しかも何度も破れたのを補強したせいで見た目は悪いし、小指のあたりは皮が重なって少し痛かったのだ。

 こんなに素敵な靴があるなんて、と感動しているルクフィールを横目に、ジェイドと店主はさっさと会計を終わらせていた。

 その身なりから金に困ってはいないのだろうとの予想通り、示した金額に上乗せして支払うジェイドは店主にとって上客だ。きっと少女に対する接客と靴下の分だろうと予想して、店主もありがたく頂いておく。靴の代金を気にする少女に気づかれてしまうほうが損なのだと、長く商売をする店主には察せられた。

 そうして「いつのまにお金を!?」と慌てる少女を連れて店を後にした青年を見送り、店主は新しい靴を空いた棚に並べるのだった。








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