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トラウマものの高速移動

(ひいぃぃぃぃぃぃぃっ)

 声にならない悲鳴を心の中で叫びつつ、ルクフィールはしがみつく手にさらに力を込める。

 自分が役に立たない荷物だという自覚があるからこそ、無駄に声を出してこれ以上邪魔にならないようにという必死の決意に他ならない。だけどさすがにそろそろ泣いてもいいかなとは思っている。

 だってまさか、一緒に来ないかと誘われた後で恐怖の高速移動になるなんて誰が想像できるというのだ。

(返事、早まったかも、しれないっ)

 今もまた視界の端を赤い何かが過ぎ去っていくのを見かけて、反射的に閉じた瞼から涙が一粒飛び散った。




 ジェイドに連れていってほしいと答えた後の行動は早かった。

 すぐに迎えた夜明けと共にジェイドは野営の後始末を始め、ルクフィールは彼から一枚のマントを渡された。

「着替えた方がいいとは思うんだけど、さすがに子供服なんて持ってないからな。どこかで服を買うまではそれを被っててくれないか?」

 そう言われて改めて自身を見下ろしてみれば、着ていた服は土と血で汚れている上になぜか片袖がちぎられたように無くなっていた。

「え、袖、なんで??」

 いつの間に破れたのだろう。そういえば獣に襲われたような気もするなと記憶にないことを不思議に思っていると、ジェイドが簡単に説明してくれた。

 どうやら助けてくれた後で治療の邪魔になるからと破いてしまったらしい。肩からひじにかけての傷ならば、確かにポーションを使う時に汚れて破れた袖は邪魔になったはずだ。

 あの時は痛みを感じることもなかったけれど、それは色々なことで感覚が麻痺していただけだったのだろう。

 ルクフィールだって薬師のはしくれなので、低級のポーションは良く作っていたし、その効能を確認するために何度か使ったこともある。

 ポーションは外傷治癒薬だが万能ではない。低級や中級ポーションの場合は、傷を治す時に不純物があってもそのまま取り込むように傷を塞いでしまうから、できる限り綺麗にしてから使うのが常識だ。極端な話だが、傷口に砂や枝を付けたままポーションを使うと皮膚の中にそれらが取り込まれてしまうため、再び取り出すために傷を開かなければいけなくなる。最悪の場合は体内で異物が腐り死に至ることもあると教えられた。

 逆に正しく使えば、ポーションの等級に合わせた外傷は綺麗に治るため重宝されている。もっとも薬師の腕前によって治癒力に差が出るため、特に低級のものは治り方に差が出やすいとされている。

 まあ袖が破かれなかったとしても、腕と一緒に服も切り裂かれていたのだから修復できたか怪しいところだろう。

 ならば破れた服についてとやかく言うのはわがままというもので、むしろ適切に処置をしてくれたのだから感謝しかない。


 そんなわけでルクフィールは素直に渡されたマントを身に着けた。ただ大人用のため当然ながら大きすぎてずるずると裾を引きずってしまう。どうにかならないかと持ち上げたり折り込んだりしていたら、ジェイドがやってきてぐるぐると巻かれてしまった。なんだこれ。

「あの、動けないです」

 手も出なければ足元まですっぽりぐるぐるだ。立ったままならいいがこれでは歩くこともできないではないか。

「それでじゅーぶん。下手に足とか出てるとケガするでしょ」

「なにを……ふぁっ!?」

 その言葉に疑問符が浮かんだ瞬間、ルクフィールはジェイドによって抱えられていた。

「さっさと移動しちゃうから大人しくしててな」

 ジェイドの左腕に腰かけるように位置を直されて、頭をグッと肩に押し付けられる。何をすると文句を言う前に走り出した衝撃に思わず出かかった悲鳴が喉につっかえた。

 肩越しに過ぎ去る景色は信じられないほど早く、時折上下に揺れる衝撃もしっかりと抱えられているために不安定さを感じることもない。強いて言うならば、後方しか見えないために予測できない動きと体感したことのないスピードに体の強張りが取れないことだろうか。

(早く移動するためだし、我慢すれば……)

 だがそう考えていたのは最初の数分だけだった。

 突然何かの唸り声と何かを切る鈍い音、それとほぼ同時にぐちゃりとした水音がすぐ傍で聞こえた。

「なに、が……ひぅっ」

 疑問と同時に自分のすぐ横を真っ二つになった巨大な狐らしい魔物の体が通り過ぎていく。すぐに見えなくなったが、一瞬のうちに目に焼き付いた姿はルクフィールに恐怖を抱かせるのに十分だった。

 そんなことが一度ではなく何度も繰り返されるのだ。さすがにルクフィールも、この森が危険な場所だと認識するほかない。

 だけど認識して理解するのと恐怖を感じないのは別問題だ。

 何度も襲ってくる獣の唸り声と、それらを何の苦もなく切り捨てるジェイドのおかげで、ルクフィールの視界は常に無残な残像でいっぱいになった。

 恐怖のあまりにぐるぐるの布の中から必死に腕を出してしがみつくようになったのは、少しでも落とされないようにという必死の行動の成果だろう。何しろ怖いのだ。耳元で叫ばないという理性を必死で守っているのだからそれくらいは許してもらいたいと叫びながら、渾身の力でジェイドの服を握り締めていた。


 そうして恐怖の「森の獣のお出迎え・問答無用ご退場編」が終わった時には、ルクフィールはボロボロと涙を流して草むらに座り込むことになった。はっきり言ってトラウマものだったし腰が抜けて立っていられない。

「いや、説明しなくてスマン……この森は魔獣が多くてな、さっさと抜けた方が安全だと思ったんだ、が……」

 しどろもどろに言い訳を述べるジェイドもさすがに自分が悪かったと思っているようだ。本人にとっては当たり前すぎて話をする必要性を思いつかなかったのだが、考えてみれば相手はそんなことを知らぬ子供だ。涙を流しながら怖かったのだと告げられれば少しばかりの罪悪感が湧き上がる。

 手足をケガしないようにマントで覆ったし、早く森を抜けた方が安全性も高くなる。そう考えた結果の行動だったのだが、そのことを知らせなかったのは確かにジェイドが悪いだろう。

 自分一人ならば森を抜ける必要はないため、どうにもその辺りの常識が時折抜け落ちると注意を受けるのは何度目だろうか。

(まあ、次は説明すればいいか)

 どちらにしろ今回は子供の保護を優先するべきなので、自分の行動はそれほど間違ってなかったのだと自己完結したジェイドは、それ以上反省することはなくルクフィールが泣き止むのをしばらく待つのだった。












ジェイドは結構お気楽能天気な事なかれ主義。

反省はするけどなかなか活かされない。

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