主獣は似た者同士
主人公が寝ているので別視点です。
ジェイドがこの森に来たのはギルドからの依頼を受けてのことだった。
依頼の品である紅羽根コウモリを首尾よく捕まえたジェイドは、切り取った羽根を保存効果のかかった袋にどんどん詰め込んでいく。
特殊な超音波で周囲を欺くために捕まえにくいとされる紅羽根コウモリだが、風を操る天狼のガレムの前には造作もないことだった。
むしろ紅羽根コウモリの超音波を乱し、逆に混乱させて捕まえるという芸当までして見せたほどだ。
間違いなく依頼数があることを確認すると、残った胴体部分を集め火炎石の欠片を放り投げて燃やして処分した。残しておけば血の臭いによくないものが集まってくるため、面倒であっても死体の処理はかかせない。
ちなみにこの紅羽根コウモリはガレム曰くとても不味いらしく、食べて処分をするという方法はとれなかった。
「さてっと。予定より早く集まったし、ついでに霧咲きキノコでも採っていくか」
霧咲きキノコは特定の森の奥の決まった場所にしか生えない希少なキノコだ。どういう理屈か不明だが、常に霧を周囲に吐き出しているためその名がついた。ちなみに霧には幻覚作用があるため、特殊な防具が無ければまず見つけられないという珍種でもある。
このベルフィルグの森も生息地の一つで、確か川上の湿地の奥に生えていたはずだと記憶している。
慣れた足取りで進むジェイドの周囲に生き物の気配はほとんどない。ジェイドとガレムの気配を察して、小物である獣や魔物は遠ざかったのだろう。
霧咲きキノコの周囲の霧もガレムがあっさりと散らし難なく目的のキノコも採取して、さて帰ろうとした時だった。
ジェイドはガレムがある一点に意識を向けていることに気が付いた。
「どうした。何かいたのか」
《何か、気になる気配がしたのだが》
そう告げてくる間にも、その気になる気配とやらは移動しているらしく、ガレムの視線が徐々に動き耳は忙しなく周囲の音を探っている。よく見てみればどこかそわそわと落ち着かない雰囲気も感じられて、滅多に見ない相棒の反応にジェイドは少なからず驚いた。
《暫し、離れる》
そうしてついには我慢しきれなくなったのか、一度身を沈めると短く言い置いて駆けだしていったのだった。
ジェイドとガレムは契約で結ばれているため、ある程度離れていても互いの位置がわかるし指示も出せる。
滅多にない行動によほどのことがあったのだと判断したジェイドは、手早く荷物をまとめると急いで後を追いかけた。
そうしてしばらく走った先に見つけたのが一台の倒れた荷馬車と、その周囲に転がる人間と馬の姿だった。
獣に襲われている最中らしく、一匹の獣は馬の腹にかぶりつき、別の一匹が少し離れた場所で何やら暴れていた。特徴的な縞模様はフォレストタイガーで間違いない。比較的どこの森にも生息しているが、どうやらこの辺りも奴らの縄張りだったのだろう。
「あそこに何があるんだ?」
フォレストタイガーによる襲撃の現場から少し手前にガレムはいた。てっきり現場に飛び込んでいるのかと思ったが、まだ何か気にしているようだ。
《わからぬ。ただ、我に近い存在を感じるのだ》
「近い存在っていうと精霊的な?」
《どうであろうな。存在自体が弱く判断しづらい》
天狼は狼の姿に似ているが、その存在の仕方は動物とは全く異なる。精霊界に近く、存在の大半を魔力により形作っているため、どちらかと言えば精霊や妖精と同じ分類にされるのだ。
その天狼であるガレムが近い存在だというのだから、あの荷馬車の中に妖精でも捕まえているということになる。
いつの世でも、希少な存在は狙われやすい。
おおかた捕まえた妖精をどこかに売るために運んでいる途中だったのだろう。小さな妖精でも商人に持ち込めば数カ月は遊んで暮らせる額で売れるはずだ。
「胸糞悪ぃな」
たとえ希少種であってもその自由は本人だけのもので、他人が好き勝手にしていいものではない。
まして弱っているとなれば、杜撰な扱いをしているということだ。もしかしたら捕まえる際にケガをしたのかもしれない。特定の妖精に至っては食事にも気を使うが、そのような対応ができているとも思えない。
それを知るガレムならば、ただの獣がいようとも気にせずに飛び込んでいくはずだ。それなのに何を躊躇しているのか。
その時視界の端で暴れていたフォレストタイガーが動きを変えるのが見えた。
何かを狙うように身をかがめるその視線の先に何があるのか。確かめようとしたジェイドの傍を風が吹き抜けた。
「ガレム!?」
戸惑ったのは一瞬。いつにない様子の相棒を追い、ジェイドは元凶であろうフォレストタイガーへと力を向ける。
声にならぬ呟きとほぼ同時にフォレストタイガー自身の影から突き出たのは漆黒の槍。その切っ先が飛び掛かる暗い縞模様を横薙ぎに貫くと同時に、ガレムが操る風の塊がフォレストタイガーを吹っ飛ばした。
そうして実にあっけなく、森を住処とする野生の獣はその命を終えたのだった。
ガレムに遅れること数瞬。ジェイドは大木の傍で前足を出しかけて引っこめるという挙動不審なガレムを若干引いた目で見ながらその傍に降り立った。
「おい、お前思いっきり怪しすぎるぞ」
「ガウッ!《主! 早くせんか!》」
「は? お前、何をそんなに慌て、て……!?」
いつもならば念話のみで話すのに獣らしい声まで出すほど何を慌てているのか。不審に思いながらもガレムの視線の先を見れば、そこには子供が一人倒れていた。
「あー、フォレストタイガーにでもやられたのか。ご愁傷様」
《まだ死んでおらんわ! 早く助けんか!!》
「は? なにお前、いつから人助けが趣味になったの」
《いいからとにかく手当を頼む。ただの子供ではないかもしれん》
普段ならば誰が倒れてようと気にもかけないガレムなのだが、ただ事で無い慌てようにようやくジェイドも子供を気にかけた。
見た目から恐らく十にも満たないだろう小柄な少女は、くたりと倒れて全く動かない。あまりに動かないものだからやはり死んでいるのかと勘違いをして再びガレムに怒られた。
フォレストタイガーに襲われたのだろう。左腕からの出血、これは折れているかもしれない。手首に縛られた痕、全身に擦過傷、もしかしたら頭も打っているかもしれない。内臓に関しては全く判断が付かないため無事を祈るしかない。
「まずは水とポーションか」
まずは傷口を洗い流さなければポーションも使えない。外傷治療薬とはいえ傷に付着する異物の排除まではできないのだ。
確か手持ちにあったはず、と久しく使っていないポーションを自身の領域である影の中から探し出す。
そうして慌てるガレムの意思に引きずられて、いつの間にかジェイドも慌てて子供の手当てをし始めるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
今後は週1~2回のペースで投稿できたらと考えています。