留守番中の物盗り
「う、わぁ……」
門の先へと続くのは、この街のメイン通りらしい。
石畳で整えられた幅の広い通りと、その両側に並ぶ建物もほとんどが三階建てで美しく整っていた。
二階の手すりには鉢植えが置かれている窓が多く、通年常緑草なのか寒い時期だというのに緑色が明るさを添えている。建物の多くは煉瓦で造られていて、そこに木材でアクセントが加わっていた。
通りに面した建物の一階は店になっているものがほとんどで、村では貴重だったガラス窓の奥に様々な商品が見えたし、店先まで並べられたものも種類が豊富にあった。
前に寄ったルゴラの町よりもはるかに賑やかで栄えた街の様子は、ルクフィールに口と閉じることを忘れさせるくらいに衝撃的だった。
「いい加減に口を閉じないと虫でも入るぞ」
呆れたような指摘に慌てて口を閉じたルクフィールは、横に立つジェイドを見下ろした。
北門前で馬から降りたジェイドは、今も手綱を引いたまま歩いているため、ルクフィールからは彼の頭のてっぺんが良く見える。自分も降りようとしたのだが、邪魔になると言われて未だに馬上のままだ。
確かに人通りは多く珍しいもので溢れる場所なので、不慣れな子供が歩いていては邪魔かもしれない。そう思って一人馬に乗ったまま引かれている最中だった。
このトルティクスの街にジェイドの言っていた『家』というものがあるらしい。
てっきりこのままそこに向かうのかと思っていたが、先に冒険者ギルドに寄らなければいけないと聞かされた。
「予想よりも移動に時間がかかったからな。納期がギリギリなんだ」
ギルドで受けた依頼の達成報告のために急がなければいけないらしい。
もちろんルクフィールに否やはない。邪魔にしかならない子どもを拾って保護して世話もして、さらにまともに走れない馬まで受け入れることになってしまったのだから。
そんなわけでメイン通りを進んだ先にある冒険者ギルドに着き、現在ルクフィールはギルド内の飲食スペースでお留守番である。
ギルドの一階にある飲食スペースの奥には簡単な料理を出してくれる調理場がある。そこで注文してもいいし、持ち込んで食べてもいいそうだ。
いくつかあるテーブルのうち窓際にある席に座ると、ジェイドがパンとスープを買ってきてくれた。
「ちょっとここで待ってろ。納品してくるわ」
若干嫌そうに頭をかきつつ離れていくジェイドを見ながら、ルクフィールはやはり先ほど鳴ったお腹の音を聞かれていたかとちょっぴり恥ずかしくなったのだった。
丸く焼かれたパンをちぎりながら受付カウンターの方を見てみると、ジェイドが受付嬢と話しているのが見える。やり取りまでは聞こえないが、何やら揉めている雰囲気は感じられた。
(怒られてないといいけど……)
なにせジェイド一人ならばもっと早く帰ってこられると聞いていたので、ギルドとしてもそれを基準に依頼をしていた可能性はある。自分が原因だと分かっているけど、ここで待てと言われたからにはあちら側に行くのはきっと邪魔になる。
あとできちんと謝ろうと心に決めて、ルクフィールは肉と野菜がたっぷり入ったスープを美味しく飲み干した。
食べ終わって食器を返しに行って。それでもまだジェイドは帰ってこない。
何やら難しい話になったらしく、一度戻ってきたジェイドが「別室に行くけどここにいろ」と言いに来たのだ。
手持無沙汰に周囲を見回していると、逆に周囲からの視線を感じてしまった。
理由を知らない冒険者にしてみれば、子供が一人でいることが奇妙で目立っているのだが、それを知らないルクフィールは何か悪いことをしたのかと俯く原因になるのだ。
(まだ戻ってこないけど、ここにいていいのかな……)
なんだか居心地が悪くなって窓の外に視線を動かしたとき、目の前を黒い馬が通り過ぎていくのが見えた。
「え」
思わず立ち上がって窓に張り付いて見えたのは、嫌がる馬の手綱を引く男の姿だった。
「どうしてっ」
一瞬だがはっきりと後ろ足の傷跡が見えたし、鞍も手綱も見覚えのあるものに間違いない。
誰かが黒妖種を連れて行った。
そう思った途端、ルクフィールはギルドを飛び出して馬の後を追いかけていた。
「チクショウ。さっさと歩きやがれっ」
抵抗する馬の手綱を引きながら怒鳴る男は、通りの端で注目を集めていた。
珍しく登録証のない馬を見つけて後をつけ、持ち主が離れたのを見計らってこれ幸いと盗んできたところだったのに、馬が暴れてなかなか進まないのだ。
まだ大通りから裏に繋がる道に入り込んでいないため、暴れる様子に周囲の視線が集まってしまった。
ここで騒ぎになれば憲兵が呼ばれてくるかもしれない。
そう思った男は懐から何やら取り出すと、暴れる馬の口にそれを放り込んだ。
「すいやせんねえ。こいつは普段から言うことを聞かなくて」
自分が持ち主なのだと主張するように周囲に声をかけ、薬が効くのを待ちながらも必死に手綱を引っ張る。そうしてやっと路地に入ろうかという頃、投げ入れた薬が効いたのか馬の抵抗が一気に弱くなった。
男はほくそ笑みながらこの後の馬の売値を想像して、そして少女の声に再び足を止めることになった。
「この馬は私のです! 返してください!」
ルクフィールがやっと追いついた時、男は馬を連れてどこかの路地に入ろうとするところだった。
(良かった、路地に入ったら見つけられないところだった……)
街に来たばかりのルクフィールでは、この大通りから入り込んだ場所は全く未知の場所だ。うっかり迷い込んだら冒険者ギルドにすら戻れるか分からない。
「なんだぁこのガキ。お前みたいなガキが持ち主なわけないだろう。ウソをつくんじゃねぇ」
睨みつける視線とドスの利いた低い声に、ルクフィールは伸ばした手を思わず引っ込めた。
だけどここで引くことはできない。
「嘘じゃありません。返してください」
「俺の馬を盗ろうってのか!」
小声になった再度の要求も、逆に大声で威嚇されてしまいルクフィールの勢いが一気に弱まった。
昔から大声で怒鳴られることが苦手だった。村では何かを訴えても常にルクフィール達が悪くて、様々なものを奪われてきたから、簡単に諦める癖がついてしまった。
(またそんなことになったらっ!?)
一気に不安になったルクフィールは、急いで取り戻そうと手綱に手を伸ばした。
「何しやがる!」
「きゃあっ」
ルクフィールの行動に怒った男が小さな手を振り払い、反動でよろめいたルクフィールが通りに倒れ込む。その騒動に本格的に周囲の目が集まってきた。
何しろ騒ぎの中にいるのは、馬を引く男と薄汚れた子供。しかも取り合っているのが上等な馬らしいとなれば、何があったかとうかがう声が広がるのも早かった。
憲兵を呼べと言う声。ルクフィールと男が誰なのかと誰何する声。興味だけで見下ろしてくる視線。邪魔だと言わんばかりの視線。
それらに囲まれてルクフィールが咄嗟に探したのは、見慣れた赤い髪だった。
出会って数日しか経っていないけど、今のルクフィールが頼れるのは彼だけなのだ。
(私ひとりじゃ取り返せない……)
ギルドからここまではそれほど離れていないと思うけど、夢中だったので正確な距離は覚えていない。仮にすぐジェイドを呼べたとしても、ルクフィールがここを離れれば黒馬はどこかに連れていかれてしまうだろう。
どうしようどうしようと思考だけが空回りして、きょろきょろと辺りを見回す様子は、事実を知らない人からすると逃げ出そうとしているように見えたのかもしれない。
悪さをした子供を捕まえておこうと伸ばされた手に腕を掴まれて、ルクフィールは絶望し、馬を盗んだ男はこれ幸いとその場を離れていった。
(もうダメ……)
また奪われてしまうのだと諦めた時。
「その馬はあなたのものではないでしょう?」
涼やかな声がその場に落とされた。
仕事が変わったら忙しくなりました・・・(泣)
次回はイケメンエルフが出てくるよ!(たぶんきっと)